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あ、これ終わったな。
はめ殺しの曇った窓から見える『奇跡』に、私は引きつった笑みをこぼす。
空と大地を闇に落としていた暗雲は、今やもうない。代わりに淡い金色のベールが、久しぶりの青空を透かし上空で輝く。そのベールから零れ落ちた金の粒子は、まるで粉雪のようにハラハラと舞い散っていた。
まさに『奇跡』である。むしろこれをそう呼ばずして、何を呼ぶのかというほどに。
だが私はこの光景を幾度となく目にしていた。もはや「しつこい」と呆れるくらいに。この景色と色濃く結びついている感情は、達成感と虚脱感である。断じて純粋な歓喜ではない。全てを思い出さなければ、あるいは喜べたのかもしれないが。
私はどうやら転生者のようだ。この『奇跡』で思い出した前世は日本に生まれ、普通の家庭で普通に生活していた女だった。特筆するような事は何もないが、敢えて言うのならばオタクだった事だろうか。漫画やアニメ、ラノベにゲーム。全て網羅した私だったが、特にRPGゲームには目がなかった。
そしてその私がやり込んだゲームの1つに『レジスタンス・ナイト』ー略して『レジナイ』ーというものがあった。思わず「ダサっ」と言ってしまうタイトルだが、内容自体はなかなか面白かったと記憶している。
世界の大多数である光華人と、彼らに迫害された歴史を持つ暗夜人。そして光華人至上主義を掲げる宗教、リュミエール教が全てを思いのままに支配している世界。しかしそれに反発する革命軍が世界を闇に包み、光の力を持つヒロインと彼女を守る主人公たちがそれを止めるのだ。
クリアしてもタイトルの意味が分からないという欠点があるものの、王道なストーリーと豊富なサブイベントのお陰で概ね好評な作品だった。特にサブイベントはあり過ぎるくらいで、全部見たい私のようなタイプには些か苦行じみた量である。そのために何度も何度もクリアした。やりながら「何してるんだろう?」なんて考えるほどに、エンディングムービーを見た。時間の無駄という言葉を何度振り払った事か。
それがまさかこんな風に役に立つとは。
私は文字通り頭を抱えて長いため息をついた。目の端に映る部屋も手首も、記憶の中の私が知るものではない。先程転生という単語を使ったが、そうなのだ。私は新しい人生を歩んでいるようだ。
そして窓から見える奇跡の光景は、私が嫌になる程見てきたエンディングムービーと同じもの。窓ガラスにうっすらと映る私の姿も『レジナイ』の中で見たことがある。輝く銀のストレートロングに、切れ長のアイスブルーの瞳。美人の前に「血も凍る」か「氷のような」がつく線の細い少女。
マリア・ラングフォード。
リュミエール教のトップであり腐敗の親玉であるヨゼフ教皇の娘で、父の権力で悪役令嬢道を突き進む徹底したキャラである。サブイベントのみの登場人物だが、そのイベントが主人公の武器強化のために必要だから大半の人が知っているはずだ。それにマリアの悪役っぷりは完璧すぎて忘れる事など出来ない。
そんなマリアという少女は、エンディング後どういった人生を送るのだろうか。その問いは簡単だ。送らない、それだけである。つまりリュミエール教の癌として処刑される。
「そんなの絶対イヤ。…何とかしなきゃ」
決心するために呟いた言葉は、思った以上に悲壮感溢れるものとなった。