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異世界人喰らい  作者: 稲荷竜
僕の大切な友達
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友達の話・昔日

「今まで黙ってたけどさ、俺、異世界から転生してきたんだ」



 声をひそめてそっとささやかれたその言葉には、真実味があった。

 だってそいつときたら変わり者だったのだ。


 行動原理は意味不明。

 冗談なのか本当なのかわからないことをよく口にするし、冒険が好きで、僕らを引っ張り回しては村のはずれの大きな岩のてっぺんとか、流れの速い川とかに連れ出した。


 危ないこともあった。

 どうしてそんなことをしたのか、大人に問い詰められることもあった。


 そんな時、黙り込んでしまう僕らの横で、そいつは平気な顔をしてこう言うのだ。

『だって、楽しいと思ったから』。


 ……愚かなことに、僕はそんな、そいつの提供してくれる『冒険』が大好きだったんだ。

 僕は――

 僕と、彼女は。



「最近多いだろ、異世界から来たっていうの……アレ、俺もなんだ」



 夕闇の中を吹き抜ける一陣の風が、短い草の生い茂った丘を撫でていく。

 ザザァという音をたてて丘全体がそよぐ光景は、ずっと記憶に残り続け、いつまでもいつまでも褪せてはくれない。


 幼いころの思い出。

 まだ小さな三人の少年少女が、頭を寄せ合い、寝そべって、空を見ながら語り合う。


 村にはもっと多くの子供がいたけれど、そいつと友達だったのは、僕と彼女だけだった。

 変わったやつだから。大人からも、遊ぶのをやめなさいと言われていた気がする。


 ……僕の親は、なんと言っていたっけ。

 そんな記憶は薄れていくのに、そいつのことだけが、鮮明に頭に残っている。



「お前たちだけに話すんだ。秘密にしてくれよ。頼むぜ」



 違和感。

 その当時、異世界転生者はずいぶん色々な場所で活躍をしていた。


 まだ『ダンジョン』に潜る価値があった時代だ。

 冒険者という職業はおおいに盛り上がり、冒険者たちがダンジョンより持ち帰ったモンスターの素材や宝物が市場に流れることであらゆる技術がさかんに発展した。


 中でも『異世界出身』という出自を持つ冒険者たちの活躍はすさまじい。

 彼らは『ずるい(チート)』としか表現しようのない――この当時はもっと世界中の人々が好意的に彼らの力について捉えていたから、『ずるい』と表現されることは希だったけれど――特殊な力を奮って、ありえないほどの成果を挙げた。


 だから、異世界出身であることを秘密にする意味なんか、ない。

 ……振り返ればそう思うのに、この当時の僕は、そいつの頼みに真剣にうなずいた。


 三人だけの秘密。

 幼い僕にとってそいつは間違いなくヒーローで、そいつと一緒にいることが誇らしかった。

 ヒーローから、秘密を打ち明けられる特別な関係というのは、ただの子供でしかない僕にとって、とてもワクワクするものだったんだ。



「お前らがさ――お前らと、俺がさ、十五歳になって独り立ちできるようになったら、一緒に冒険しようぜ。村の外れで大岩にのぼるような、そんなもんじゃない、本物の冒険を。……予想もつかないことを、したいんだ。お前たちと一緒に」



 僕はうなずいた。

 ヒーローからの仲間のお誘いだ。断ろうなんていう選択肢はない。

 でも、幼いころの彼女は――



「アーサーはいつもそうね」



 ――幼いころから、どこかませたところがあった彼女は、ため息まじりに言った。

 同じ年齢のはずなのに、どこかお姉さんみたいな態度で話すところがある少女だったのを覚えている。



「まったく、私がついてないと、二人ともダメなんだから。いいわ、私が二人の面倒をみてあげる。この中で一人でも生きていけそうなの、私しかいないし」



 今にして思えば、それはきっと、彼女が親のいない子だったからだと思う。

 彼女は『しっかり』しようといつも一生懸命だった。

 背伸びして大人ぶって、規律を大事にした。


 ……同い年の子供たちにとっては、さぞかし煙たい存在だっただろう。

 彼女は気が強くて、いつも正しい。

 でも、正しさは面白くないから、みんなは彼女から離れていった。


 そんな彼女を煙たがらなかったのは、異世界出身という出自のせいか、無茶ばかりして、怒られても平気な顔をしているアーサーと――

 ――僕。



「なあ、ジル」



 ヒーローが僕に問いかける。

 僕は急速に暗くなっていく空を見ていた。


 ……ああ、今日も一日が終わっていく。

 明るかった世界が闇に飲み込まれ、吹き抜ける風が強くなるのを耳で感じていた。

 雲が流れて、空に蓋をする。

 月明かりさえないほんとうの闇の中。



「お前の意見を聞かせてくれよ。うなずくばっかりじゃなくって、お前がどう思うかを知りたいんだ」



 ガサリ、と隣でアーサーが起き上がる音がした。

 僕はそちらを見るのだけれど、彼の顔がよくわからない。

 ただ、闇の中に、目と口のようなかたちの裂け目だけが浮かんでいるイメージ。



「僕は、二人と一緒に行くよ。アーサーとも、――――とも、一緒にいたいんだ」



 記憶の中にノイズが走る。

 すべて遠い昔のこと。もう忘れても無理のない過ぎ去りし平和な日々。

 薄れていくのは全部平等でいいはずなのに、なぜだろう、忘れたくないことほど、先に忘れていく。



「よし、決まりだ!」



 闇の中で裂け目が笑う。

 僕はその裂け目に好意的な感情を抱いていた。



「この中で一番生まれが遅いのはジルだったな? じゃあ、ジルが十五歳になった次の朝、村を出て都会に行こうぜ。もっともっとダンジョンで栄えた大きな街に行って、冒険者になるんだ! そんで――まあ、その後のことはあとで考えるとして、とにかく活躍しようぜ!」



 幼い子供たちは誓い合う。

 純粋に、無垢に――幸せで刺激のある未来を思い描いて、冒険の約束をする。


 ……なぜ今さらこんなことを思い出したのか、なんとなくわかった。

 きっと、もうすぐ夢が叶うのだ。


 ……アーサー。

 僕のヒーロー。大切な友達。

 きっと、もうすぐ、お前を殺してやれる。

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