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異世界人喰らい  作者: 稲荷竜
ユージーンという男
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エピローグ ある農村からの依頼・終幕

「ありがとうございます。村は救われました」



 暮れゆく日差しの下。

 依頼完遂を告げた彼へ、少女は深く礼を述べた。

 彼はちょっとだけ拍子抜けする。……どうやら『倒した証拠』として持ってきた山賊頭目の剣は、見せるまでもないらしい。


 ここの村人はなんというか、素直で人を信じすぎるところがあるようだ。

 たとえば素直に『異世界人が敵です』と明かすあたりに、そういう素直さがうかがえる。


 ……もっとも、境界都市の兵隊に助力を請うたり、傭兵を雇うのに『相手が異世界人だ』と明かすのは、悪いことではない。

 あとあと発覚して、途中で助力をやめられる方が被害が大きい。

 問題は、そこまで計算して『相手は異世界人だ』ということを明かしている様子が見られないところだ。



「……まあ、またなにかあったら呼んでください。今度は最初に、僕ら『不死の傭兵団』を雇っていたければと思いますよ。今回ギリギリで間に合ったのは幸運なんですから」



 通常の傭兵団を雇うならば、街に――このあたりだと『境界都市』に――傭兵ギルドがあって、そこに依頼をすれば事足りる。

 しかし彼の傭兵団は『境界都市』などにある傭兵ギルドに参加しておらず、連絡をとる手段が限られるのだ。

 ……まあ、全国に息のかかった『旅人』を配しているので、他の『ギルドに参加していない傭兵団』と比べれば格段に連絡がとりやすいのだろうけれど。



「あの、傭兵さん、それで、代金の方なんですけど」

「あ、払えませんか? だったら別に……」



 彼らは食べないし、住居も必要ないし、あまり買い物もしない。

 傭兵の体裁をとっているので、依頼を受ける際に代金を請求するが――『無料で引き受ける』というのは逆に怪しく見えるらしいので――本当はいらない。

『境界都市以外の場所で活動している異世界人』のことを教えてもらっているだけで、充分に彼らにとっての代金たり得るのだ。

 だが、どうにもお金が足りないというわけではないらしい。



「いえ、傭兵さんがよろしければ、契約を結んでいただきたいなって、村のみんなで……」

「……」



 契約。

 農村が傭兵に持ちかける『契約』は、一種類だけだ。


 警備契約。

 つまるところ――『村を住み込みで守ってくれ』と、そういう話である。


 通常の傭兵団であれば、喜ばしい話である。

 なにせ『定給』をもたない、出来高制フリーランスであるところの武装集団に、『住処』と『定まった給料』が発生するということなのだから。

 だけれど――



「すみません。僕らは定まった場所に居続けるのが苦手でして……」



 彼の傭兵団は死体でできている。

 まっとうに生きている人と共存はできない。

 ……不自然な存在なのだから、軋轢は必ず起きる。


 それに、彼には目的があった。

 そのために世界中をまわって、異世界人の魂を集め続けなければならない。


 ……夕暮れに染まる世界に影を落とす、巨大な建造物群を見上げる。

『境界都市』。

 異世界人たちの作った、彼らのための街。

 あそこをつぶすためには、まだまだ力が――異世界人の魂が必要だ。



「……そうですか。残念です」



 本当に残念そうに言われると、彼の胸もチクリと痛む。

 父を失った少女。よりどころを失った村人。

 彼女たちがこれからどう生きていくのか、見守りたい気持ちもあったけれど――それよりもやるべきことがある。

 ただ、一つだけ、村のために言えることがあるとすれば、それは――



「異世界人をあまり恨まない方がいいですよ」

「……え?」

「お父様を殺した異世界人を憎む気持ちがもしあなたにあるなら、それは捨ててしまった方がいい。『異世界人』というくくりで連中を見て、その全部に憎しみを抱いたって、いいことなんかなんにもないです。だって今、世界は異世界人のものなんだから」

「……」

「あなたたちは生きているんだから、利用できるものは利用して、きちんと生きていった方がいい。……復讐心なんか死者に任せてしまって、あなたたちは、懸命に生きてください」



 復讐は悪いことか?

 そんなことはない、と彼は思う。


 復讐することで救われる心はある。

 復讐を終えたあとむなしさと後悔が押し寄せるのかもしれないが、そんなものは終わったあとで考えればいい。


 ただ、復讐は、『生活』をしながら遂行するのが、途方もなく大変だというだけのことだ。

 それこそ、『生活』を完全に捨て去った死者でもなければ、成しえない。



「お父様を亡くされたのは悲しいことですが、カミサマは、きっといつか、あなたたちに世界を取り戻してくださいますから」

「……でも、神さまが異世界人をこの世界に連れて来てるんですよね?」

「そうですね。でも、カミサマだって一枚岩ではないかもしれない」

「……ええと、まだ私と同じぐらいの年齢でしょうに、難しいことを考えるんですね」

「え?」

「……違うんですか?」



 少女が不思議そうに首をかしげる。

 彼はちょっと考えてみたけれど、自分が何歳ぐらいだったのか、それは遠い昔のことのようで、よく思い出せなかった。

 だからごまかすように笑って――



「……まあ、雑談はこのぐらいにして、依頼の代金をいただいて、僕らはこれで」

「え? これから夜になりますけど……その、宿泊できる場所は、空けてありますよ? その、そちらが総勢何名いらっしゃるかわからないので、とにかく広い場所を……」

「団員は恥ずかしがり屋なんです」

「……そ、そうなんですか……」

「ええ。みんな無口で内気ですから、戦いの場以外には顔を見せないんですよ。戦いの時も、淡々と黙って戦うもので、なんていうか、つまらない人たちなんです」

「……物静かな傭兵さんなんですね」

「死体みたいに静かですよ」

「あ、あはは……」



 冗談を言ったつもりだが、困惑された。

 彼はどうにも、雰囲気をよくしようとして場を凍らせてしまうことがままある。

 おそらく発言を冗談だと理解されていない。



「あ、あの、傭兵さん、今、代金を持ってきてもらいますので……」

「まあ、慌てずに。僕らは夜目がききますし、多少遅くなっても大丈夫です」

「……だったら、村人に代金を用意してもらっているあいだに、質問、いいでしょうか?」

「なんですか?」

「あなたたちは、どうして、異世界人を相手にするんですか? あんな、わけのわからない、怖ろしい人たちを……」

「復讐です」

「……復讐は死者に任せた方がいいって、おっしゃっていませんでしたっけ……?」

「そうですね。まあ、だから僕は死者――の、ようなものなんですよ。だって、僕らの傭兵団は、一度異世界人に裏切られて、全滅させられていますから」

「……そうだったんですか」

「もう遠い昔の話ですけどね。……ああ、代金が来たみたいですね」

「……はい。あの、代金は本当に、これだけでいいんですか?」

「ええ。そんなわけで、僕らは行きます。また異世界人に困らされた時にはご一報を」

「……はい。どうか、お気を付けて」



 少女に見送られ、彼は村を出る。

 いつしか日は完全に暮れていたが、行く手をさえぎるような闇夜はない。

『境界都市』のビル群から発せられる明かりが、こんな場所まで照らしている。


 彼は光から遠ざかるように歩を進める。

 ……まだ、あの光には及ばない。

 もっと殺して、もっと喰らって、もっと力をつけなければ。


 ……完全に光のとどかぬ場所に入る前に、彼は一度『境界都市』を振り返る。

 繁栄を誇る異世界人の街。この世界の文明とは隔絶したレベルを持つビル群。



「……」



 少しだけ、昔日の思い出がよぎった気がした。

 かつて彼も、無邪気に異世界という光を受け入れようとしていた時期があった気がする。


 けれどそれも遠い思い出。

 視線を前に戻せばもはや迷いもなく――

 彼の姿は、野生の闇に融けて消えた。

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