ユージーンという男4
「お、親分ッ! 後ろに誰か……こっちを攻撃してくる!」
子分の声に、つい、振り返る。
瞬間、ユージーンは己の失敗を悟った。
敵の頭目から視線を切ってしまった。
なにをしてくるかもわからない相手に、背を見せてしまった。
すぐに少年へと視線を戻すべきなのは、行動をした瞬間にわかった。
だけれどユージーンは、振り返ることができなかった。
「……なんだ、ありゃァ……」
目に映った光景が、あまりにもおかしすぎて。
岩でできた巨人がいた。
大きな杖を持った、まだ幼い少女がいた。
ほかにも様々な見た目の、様々な連中がいた。
そいつらは剣を、槍を、杖を、あるいは素手で、ユージーンの仲間たちを襲っている。
仲間たちは抵抗をするのだけれど、それらはすべて徒労に終わって、次々と仲間だった者どもは、『先ほどまで生きていた肉の塊』へと変貌していった。
その光景は『掃除』と呼ばれるべきものだ。
あまりにも一方的に、戦い慣れているはずの仲間たちが蹂躙されていく。
……それは、そうだろう。
だって、襲ってきている連中は――
「……あれが、全部、『異世界人』だっていうのか」
乾いた笑いが漏れる。
ひどい光景だ。たった一人でも脅威となるはずの異世界人が、ダース単位で襲いかかってくるのだから。
しかも――
どれほど『スキル』を発動しようとしたって、体はちっとも動いてくれない。
そればかりか、ステータスを見ようとしたって、いつも嫌気が差すほど見ているはずの、あの数字と文字の羅列は、ちっとも視界に映ってくれなかった。
「俺に、なにをした」
ユージーンはようやく少年の方を振り返る。
彼は、変わらぬ姿勢、変わらぬ位置で、女騎士に守られるように、立っていた。
背を見せたユージーンを討つことはできたはずなのに、なにもせずに。
「あなたのアカウントを停止しました」
「……なんだと?」
「『ゲーム系異世界人』には三種類いるようですよ」
「あ?」
「『プレイヤー』、バグや裏技と呼ばれる技能を使う『ハッカー』、そしてゲーム世界のルールを司る『ゲームマスター』」
「……」
「とりあえずあなたがプレイヤーだと仮定して、ゲームマスター属性を持つ異世界人をぶつけてみたんです。ゲームにも色々あるみたいですが――一発目で正解を引けてよかった。どうやら彼女は、あなたのゲームのマスター属性を持っていたみたいですよ」
「……テメェは、当て勘で俺の能力を封じやがったのか?」
「山を張ったわけじゃないです。網羅ですよ。別に、彼女がダメなら他で試せばいいし、力押しでもよかった。……まあ、綺麗に勝ちたかったので、力押しは避けたかったんですけどね」
「……」
「僕がたとえ体から五体を切り離されたって、死なない限り呼び出しは続けられるし。言ったでしょう? 『とりあえず』って」
「……!」
ユージーンは少年の言葉の意味を察する。
それは、少年が『ゲーム系』と定義する異世界人だけで、何種類も『ストック』があるということで――
少年の言葉を信じるならば、『ストック』とはすなわち、『死体』。
「……死体を漁ったのか?」
「漁るより楽な方法で入手しました」
「それは、どういう……」
「殺したんですよ。他にないでしょう?」
ジリッ、という音が足下から聞こえた。
ユージーンは知る。それは、己が思わずあとずさった音だと。
……そうだ、足音が、やけに大きい。
あたりは、静まりかえっている。
ユージーンは振り返った。
背後には、山賊仲間たちがいたはずだった。
だけれど蹂躙はとっくに終わっていて――
あのうるさいギドすら、物言わぬ屍となって、そこらに転がっていた。
「……ハ」
ひどい吐き気がする。
ガタガタと体が震えてくる。
――ようやく知った。
今、自分は『どうしようもない巡り合わせ』の最中で――
『こいつとさえ出会わなければ』という相手が、目の前に立つ少年なのだと。
「……なんで」
「どうしました?」
「……なんで、俺が、こんな目に遭わなきゃならねェんだ……」
「…………?」
「お、俺なんか、ちっとも『特別』じゃねェんだ……だから『境界都市』からも追い出されて……山賊稼業だって、仕方なくやってただけなんだよ……なのに、なんで、こんな……生まれてから今まで、どうしてここまで、報われない人生を歩まなきゃならねェんだ……!」
「……」
「俺はただ生きてただけだろ? 細々と、怖い連中に見つからないように、自分にできることをしてただけだ。なのにどうしてこんなひどい仕打ちを受けなきゃなんねェんだ……どうして俺の人生は、都合よく進まねェんだ……!」
「勘違いしています。あなたはちゃんと、特別な存在です」
「……」
「だってそうでしょう? 前世の記憶を引き継いで、特殊な能力まで身につけて、それで特別じゃないなんて言うなら、色んな人から文句を言われますよ」
「……」
「異世界人の時点で、あなたはもう、特別なんです。恵まれた人生を送っているんです」
「……でも、俺より特別な連中はたくさんいた。そんな中で、『ゲームシステム上で生きている』だけの俺が、なにができる? なんにもできねェだろ?」
「大丈夫。あなたの魂は、きちんと僕の力になります。彼女たちのように」
「……」
じゃりっ、という足音を立てて正面の女騎士が近付いてくる。
ユージーンはあとずさるけれど、すぐに背中が壁にぶつかって、それ以上後退できなくなった。
壁?
こんな、だだっ広い草原で?
そう思って背後を振り返る。
そこには、岩石でできた巨人がいた。
周囲から、様々な足音が近付いてくる。
ユージーンは複数人の『異世界人の死体』に取り囲まれながら、
「お、俺なんかより、もっと殺すべきやつはいるだろ? 俺なんか見逃したって、なんにも脅威じゃねェだろ? ……お、お前、傭兵とか言ってたよな? 村に雇われたんだろ? 俺はもう、あの村に手は出さねェよ! 山賊もやめる。大人しく細々と生きる! 誓う。誓うから……!」
「それは困る」
「……え?」
「だってあなたには、『境界都市』を滅ぼす手伝いをお願いしたいんですから。大人しく細々と生きるぐらいなら、ここで死んでくれた方がよっぽどいい。死んでくれれば、あなたの魂を喰らって僕の傭兵団のメンバーにできるんですから」
「待っ――」
巨岩の手に頭をつかまれる。
目の前の女騎士が剣を振りかぶる。
弓を引き絞る音がして、うずまく魔力が旋風を起こす。
一人に対するには過剰な暴力が、ユージーンに向けられ――
「ようこそ『不死の傭兵団』へ。歓迎しますよ」
ぐしゃり。
ユージーンの幸運は、最初に頭をつぶされたことだろう。
だって、それ以降にふるわれる過剰な暴力にさらされることなく、痛覚を手放すことができたのだから。