ユージーンという男3
ユージーンは少年を無造作に殺害した。
自ら『敵だ』と名乗る者を生かしておく理由はない。
「……なんだァ、コイツは?」
あまりの不可解さに、目を細める。
だって、殺したら死んだのだ。
紙を裂くような抵抗のなさだった。
ユージーンの目の前には、パタリと倒れた少年の死体がある。
綺麗なものだ――左脇腹から右の胸にかけて、一条の切創がある以外は、本当に、抵抗のあとも外傷もなかった。
スキル『居合い術』。
ユージーンはこの世界をゲームだと認識し、ゲーム上のシステムに自分がいるかのように動いている。
それは条件さえ満たせば、現実の物理法則の一切を無視できるということだ。
たとえば今、少年を殺した時のように――
――『視認不可能な神速の斬撃』という設定のスキルを使用すれば、事実、その剣は光速すら超えて、相手は剣を抜かれたことさえ気付かず死んでいくのだ。
空気抵抗やら剣の耐久性やら、そういっためんどうくさいことを考える必要も一切なし。
世界のシステムに介入するのが、ユージーンのような『ゲーム系』異世界人の特徴である。
それにしたって、
「……堂々と待ちうけて、『殺す』とか言っておいて、こんなにアッサリ死ぬのかよ」
もちろん『戦い』を望んでいたわけではなかった。
ユージーンはものぐさだ。殺し合いなんてアッサリ終わってくれるにこしたことはない。
だから、ただただ、不自然だと感じているだけ。
「さっすが親分! やっぱり親分は最強だ!」
はしゃぐギドがわずらわしい。
ユージーンは舌打ちをして、じっくりと少年の死体をながめた。
倒れた少年のステータスを見れば、たしかに『HP』は『0』であり、『状態』は『死亡』だった。
筋力、耐久力、速度、それらを参照しても、『相手にもならない。一瞬で殺せて当たり前』という確信が強まるだけだった。
ただ一点、気になるところがあるとすれば――
「……スキルが、黒塗りで、見えねェ」
「なるほど、『ゲーム系』ですか」
死体から声がした。
HPは0。状態は死亡。そのままのステータスで、少年がむくりと起き上がる。
……そうだ、胸騒ぎの理由がわかった。
この死体からは、血が流れていなかったのだ。
あれだけ深く斬られて、血が流れていないというのが、不自然さを感じた理由。
「……ようするにテメェがぼんやり俺らの前に立ってたのは、『死なない能力』を持ってたからか。テメェも、異世界出身の『ずる』持ちってわけかよ」
「僕はこの世界生まれですよ。あなたたちの言うところの『現地人』です。……侵略者のように見られるのは、気に入らないですね」
「そうかよ。まァ、どうでもいい」
不自然さの理由さえわかればおそるるに足らなかった。
死なない能力者など、異世界人の中には掃いて捨てるほどいる。
そして――そういった手合いだとわかったあとに、気にすべきは点も、わかっている。
『自己回復をするタイプ』なのか、『死なないだけ』なのか。
ユージーンが少年にあたえた切創は、ふさがっていない。
血液こそ流れてはいないものの、自己再生はしていない。
ならば――
「死なねェなら、削ぐだけだ」
死なないだけなら、動けなくすればいい。
五体すべてを胴体から離されても死にはしないかもしれないが――
動けなくなれば、脅威ではなくなる。
そのあと胴体を川にでも流してしまえば、愉快なオブジェのできあがりだ。
決定と攻撃は同時に行われた。
『視認不可能な神速の』という設定を付与された斬撃で、今度は手足のつけ根を狙い――
「あー、まずはこの人でいいかな」
――少年のわけのわからぬつぶやき。
同時に、突如、剣の重みが腕にのしかかった。
ユージーンはガクリとバランスを崩す。
スキルを発動さえすれば、あとはオートで動いてくれるはずの体が、急に、マニュアル操作になった。
剣はまともに空気を切り裂く感触を覚え、その重さに、軌道がブレる。
ブレて、見る影もなく遅くなった剣は、誰かに止められる。
少年にではない。
誰かが――『今まで透明な状態でそこにいて、今姿を現しました』というぐらい唐突に出現していた者が、少年を守るように、ユージーンと少年のあいだにいた。
鎧をまとった若い女。
長い金髪と美しい碧眼を持つ、剣を手にした――誰か。
「テメェ、誰だ。なんで、俺の『スキル』の邪魔をしたのは、テメェか?」
「彼女は異世界人ですよ」
女ではなく、少年が答える。
……なぜだろう、重苦しい。
今まで、これほどの緊張感を覚えたことは、それほどない。
あるとすれば――『境界都市』。
そこで自分より明らかに『格上』の異世界人どもと対面した時のような、プレッシャー。
「……なんで、異世界人がテメェに味方するんだ」
異世界人は、異世界人と敵対しない。
なぜなら、異世界人という存在が、敵に回したときどれだけめんどうな存在なのか、知っているから。
もちろん例外はあるだろうが――
少年の語った『例外』の詳細は、
「味方はされていません。無理矢理、動かしているだけです」
「……どういうことだ」
「彼女はね、死体なんですよ」
「……」
「僕の傭兵団は、異世界人の死体だけで構成されているんです」