ユージーンという男1
自分がどうしようもない落ちこぼれであることは、きちんとわかっていた。
ユージーンは異世界転生者である。転生前の名前は忘れた。
年齢はすでに四十になる。
……四十年間もこの世界で生き続けていれば、記憶は薄れ、次第に前世の自分が何者であったのか、わからなくなってくる。
もちろん異世界転生者であることを忘れたわけではない。
『本当は異世界人ではないんじゃないか?』と疑うことも、できない。
だって他の者にはないような能力が、たしかにあるのだから。
「親分、そろそろ例の村に申し渡した期日がせまってますぜ」
子分の声を聞いて、のそりと体を起こす。
ワラを敷いただけの地面で寝ているせいで、節々が妙に痛い。
ユージーンは大柄な男だった。
威圧感もあるのだが、それ以上に、どこかぼやけた、無精な雰囲気が漂っている。
ボサボサの長い髪。
無精ヒゲの生えた口元。
垢じみた衣服を身につけ、誰かを殺して奪った大剣を使い続けている。
ねぐらにしている洞窟での生活はすでに十年を超え、今では山賊の頭目のような位置におさまり、そこそこの生活をしている。
そこそこの。
住所不定、職業山賊の、異世界転生者。
「……こんなはずじゃァなかったんだがなあ」
ボリボリと頭をかけば、白いものがパラパラ落ちる。
清潔さを気にしなくなって、いくらも経つ。
女を抱く時には少々気になるものの、最近はもうすっかり山賊行為でさらった女しか抱いていないので、次第にどうでもよくなってきている。
どうせ、使い終わったら奴隷に払い下げるのだし。
「親分! みんな、待ってますぜ!」
「うるせェんだよ。声が反響するだろ」
狭い洞窟内が、今のユージーンの『自室』だった。
街から――『境界都市』からいくらも離れていない山の中腹にある、鍾乳洞のような場所だ。
異世界人という出自を持つ自分が潜伏するには、『境界都市』の近場の方が都合がいい――そう気付いてからは、ずっとここにいた。
異世界人は、異世界人に、甘い。
なぜって――知っているのだ。異世界人を相手取るめんどうくささを。
だから、ユージーンが都市に住むような異世界人に手を出さない限りは、目こぼしされ続けるだろう。
……だから、ユージーンが生きていくためには、弱者の、『現地人』からむしり取り続けるしかない。
「やれやれだ。心が痛むねェ。抵抗する力を持たない現地人どもから搾取をするってのは」
「親分、顔がニヤけてますぜ」
「うるせえ黙れ」
近寄ってきた子分を裏拳で殴りつける。
殴られた小柄な男は、鼻血を噴き上げながら、ごろごろ転がっていった。
軽いたわむれだったが、ユージーンは殴った子分のHPゲージが半分ぐらいになるのを視認した。
異世界人の『世界のとらえ方』は様々だ。
ユージーンの場合は、『ゲーム的』なとらえ方をしている。
だから、彼の目には子分どもの『ステータス』が見えるし、持っている技能が『スキル』というかたちで視認できる。
NAME:ギド
RACE:人間
Lv :3
最大HP:10
……弱すぎる。
ギドは、昔、モンスターに襲われていたところを助けてから子分みたいについて回っている男なのだけれど、もう数年来の付き合いなのに、まったくレベルが上がっていない。
個人差があるのだ――レベルが上がりやすくステータスの上がりやすい者もいれば、ギドのように、どれだけ死線をくぐり抜けても、まったく強くならない者もいる。
ステータスが見える――人の能力を数値で認識できるというのは、残酷だ。
『人の限界』が一目でわかってしまう。
「へへっ、親分、すいません!」
HPを半減させられながらも、ギドは血を噴き出す鼻をおさえて笑っていた。
ユージーンは彼を見るたびに思う。――『ああいう生き方』もあるのだと。
強者にこびへつらい、その庇護を受けて生きていく。
ギドはその生き方が性に合っているようだ。
ユージーンは――性に合わなかった。
だから『異世界人の街』である『境界都市』を追い出されて、山賊稼業なんぞやっている。
「……しょうがねえ。そろそろ行くかァ……弱い者イジメに」
あくびをしながら歩き出す。
これが四十歳異世界転生者の現状。
異世界人が増えすぎたせいでちっとも特別ではなくなった、かつて自分を特別だと思っていた男の、成れの果て。