復讐 開幕
『ずる』を持つ異世界人ならば、いくらでもやりようがあった。
百花繚乱たる能力者たち。
現地人がどれほど鍛えようとも超えることのできない、世界のシステムそのものに作用する力の持ち主が、『境界都市』には山のようにいた。
炎は水で消える。
水は温度が低ければ凍る。
そういったものが『この世界のシステム』だとすれば、水を消す炎がチートであり、温度が低くとも水が沸騰するようなめちゃくちゃを成してしまうのが異世界人だった。
だから、彼らはいついかなる場合でも『どうにかなる』と己の力を信じている。
それは慢心ではない。
なにせ異世界人は多く、チート能力も様々だ。
当然己より強い者はいるし、強くなくとも『状況に適した』能力だってある。
だからこそ『境界都市』の異世界人たちは、己の能力の活かし方を考える。
よくも悪くも特化型の者が多いのだから、状況を想定し、その状況で己が一番能力を発揮できる方法を常に頭に入れておくのだ。
だから、異世界人を殺そうと思うのならば、彼らをして『どうにもならない』状況を作るしかない。
その日、『境界都市』が炎に包まれたのは、まさしくそんな『どうにもならない』状況を作った者がいたからであった。
鉄と石でできたビルが一瞬にして炎の塊と化す。
絶対に壊れない能力を用いて作られたモニュメントが、データ化されバラバラに分解される。
どのような病でも治す薬は何者かにより毒に作り替えられ、魔獣使いに服従していたはずの魔獣どもが従僕としての己を忘れたかのように暴れ出す。
隣人が発作のように奇声をあげて暴れ回り、転移能力は発動せず、発動したとしてもまったく予想外の場所に飛ばされ、ある者は壁の一部となり、ある者は上空に放り出され窒息し落下死した。
阿鼻叫喚の中をゆったりと進むのは、かわいらしい顔立ちの少年だ。
もし彼を観察する余裕がその場の誰かにあったならば、きっと、一目で現地人だと看破したであろう。
なにせ、彼はあまりにも迫力がなかった。
異世界人にはみな、特有の『浮き世離れした雰囲気』と『自信』がある。
それはこの世界ではないどこかの常識を知っているゆえの雰囲気であり――
己の中に『チート』と現地人に呼び称されるべき力が眠っているゆえの自信であった。
その二つがない少年が『境界都市』を歩く。
異世界人以外の立ち入りを禁じている『境界都市』において、普段ならば呼び止められ出自をたずねられそうなほどの当たり前さ――この場における非常識さ。
歩いていく。
燃えさかるビルの炎をその身に浴びながら。
奇声をあげた異世界人に切り裂かれながら。
せわしなく神出鬼没を繰り返す転移能力者も、毒を受けてあえぐ病人も、なにに道をふさがれようと少年が――少年のような見た目のその人物が歩みを止めることはなかった。
真っ直ぐに、ある場所を目指している。
もっとも高いビル。
それは『境界都市』ができてから最初に作り上げられた――墓標だという。
……このはるか地下に存在する『神の小部屋』で死んだ、現地人と異世界人に奉じるための高い石碑。
ならば、少年のような見た目の彼がそのビルを目指すのは、当然のことなのかもしれない。
彼はとうに死んでいる。
そして、彼の身には『小部屋』の神が宿っている。
「そばで見たのは初めてだ。懐かしいなあ」
相反する二つの感想をそのまま口に出しながら、彼はビルへと踏み入った。
警報は鳴り続け、普段はかたく閉ざされている玄関は開け放たれている。
陽動は成功した。
アーサーを殺すため、彼はようやくその住まいへとたどりつく。
運命にか、神にか――
あるいは復讐相手に導かれるように。
彼は、周辺に比べればあまりにも静かな建物を、上に向けて進んでいった。