ループ、ループループ。ループ&ループ。ループ。
異世界生活の始まりは穏やかだったと思う。
体力、普通。
魔力、普通。
家族、普通。
なにをしたってそこそこで、どんなものでも『ある程度』。
異世界転生者という出自はあるけれど、それもどうやら、この世界においてそんなに珍しいものでもなかったらしい。
つまるところ、十把一絡げ。
その他大勢、村人Aとしての異世界人生が幕を開けた。
「……まあ、いいんだけどさあ。いいんだけどさあ」
それでもちょっとぐらい期待していたから、色々と自分の力を試そうと思った。
なにか未知の力が眠っているかもしれない。
冒険をした。
とはいえ、別に死にたいわけじゃない。
死なない程度の、子供でもできる程度の――生まれ変わって間もない俺の、年齢相応の、冒険を、した。
村から離れた場所で野営してみたり。
でっかい岩にのぼってみたり。
ちょっと高いところから飛び降りてみたり。
家畜どもにケンカを売ったこともあったっけ。
そんな行動はどうにも、同世代の連中からは『奇行』に映ったようだった。
お陰で、友達はたった二人だけ。
気の強い委員長タイプの女の子。
それから、気が弱い、綺麗な顔をした男の子。
今もって、この二人がなんで俺から離れていかなかったのか、わからない。
女の子のほうはまあ、人の世話をやくのが性分だったようなので、明らかに問題児だった俺を放っておけなかったんだろう。
男の子のほうが、わからない。
あいつはもっと普通に生きられたはずだ。
波風立てず、風景の一部みたいに、世間に溶け込んでいられたはずだ。
だからきっと、あいつは冒険をしたかったんだと思った。
俺なんかについてくるのは、きっと、見たことのない景色を見たかったからなんだと、無口でおとなしい、あいつの心の中を想像した。
その願いを叶えようと思った。
俺の奇行は、いつしか俺の能力を確認するためじゃなく、あいつらをよりワクワクする冒険に連れ出すためのものになっていった。
不思議なことに、自分のためなら無茶なことをしなかった俺の冒険は、あいつらのためにだんだんと無茶なものになっていく。
たぶん、期待に応えたかったんだと思う。
おかしなことをすればするほど、危ないことに挑めば挑むほど、あいつらも楽しんでくれると思ったから、俺のやることはどんどん危険になっていった。
どこかで歯止めをかけるべきだったんだ。
期待に応えようと思うあまり、冒険はその危険さを増していった。
子供だった俺たちの手にはあまる危険を味わい、乗り越え、そして――
乗り越えられなかったある日。
ぐしゃりと頭蓋骨の砕ける音とともに、俺は、俺の力を知った。
◆
ループ能力。
自分の力に気付いた俺は、色々とやろうとした。
一攫千金を考えた。
ところが運命というのはちょっとしたことで変わる。
だからギャンブルで大当たりしようと思って、前の周回で大当たりできていた行動をそっくりそのまま模倣したって、俺が大当たりを引くことはなかった。
大活躍を考えた。
あきらかに手に余る冒険をして、成功して、名声を得ようと思った。
ところが、なにをしてもクリアできない。
俺が失敗する一方で、前の周回で成功していたヤツは、どんなやりかたでも結局成功していた。
たぶん、『運命』に定められている。
成功者がいつ成功するかは最初から決まっていて、それはどのような道筋を通ったとしても『成功』という結果にたどりつく時期に、たどりつくものなのだ。
一方で成功できないやつが成功できないこともまた、同じように決まっている。
だからどれほど未来を知ろうと、どれほどあがこうと、成功できない時に成功できないヤツは成功できないと決定づけられているのだ。
ふざけんな。
と、思ったが、いくらループしてもダメなもんはダメで、何度も何度も同じ会話同じ景色同じ出来事同じ食事同じ運命――同じ失敗を繰り返すうちに、だんだんと考え方を改める必要性に気付いた。
大成功は狙わない。
そこそこだ。
ループというとびきりのチートを使って、そこそこの成功をする。
……まず、自分の『運勢』の基準値を高く設定しすぎたのだ。
俺は七日に一度死ぬ。
そして、その死を回避するべく、ループを体験する。
死なない運命を引けた時、初めて俺はループから脱することができる。
だから多くを望むのは間違っている。
普通に過ごしたら死ぬはずの俺が、ループによってようやく生きているのだ。
ループ能力があるから幸運を狙おう――というのは、ちょっと身の程知らずだった。
死ぬ俺が、死なないで生きていける。
基礎運勢が『死ぬほど不運』なのだから、生きてるだけで充分に幸運なことのはず。だというのにさらに一攫千金とか大活躍とかを望もうだなんて、ちゃんちゃらおかしい。
望むのは、生きること。
そして、友人たちを生かすこと。
……まあ、でも、あとから思えば。
自分以外の、死ぬはずの誰かに生き続けてほしいって思うのは、一攫千金とか大活躍なんか目じゃないぐらいの高望みだった。
◆
感覚が麻痺してきた。
今がいつなのか、よく認識できなくなる。
死んで、七日、繰り返す。
死なないための、七日間。
どこに分岐があるかわからないから、細かい行動のひとつひとつに気を配ることになる。
最初のうちは楽しんでいた。
だんだんと苦痛になった。
次第に『生きること』ではなく『死ぬこと』を探求するようになった。
そして今は、なにも感じなくなった。
何度目の七日だ。いったい何日、何年、この七日を繰り返せばいい?
この七日が終わっても、また『次の七日』が始まる。
それが終わったら?
また、『次の七日』が始まる。
自殺を試みた。
その時間軸の俺は死んで、七日前に戻ることになる。
冒険の危険性は増していく。
……ああ、でも、決定的に、『なにをしても死ぬ』ようなものはなかった。
むしろあいつらを死なせないようにより多くの『七日』を繰り返す羽目になる。
そこそこのことしか、できない。
子供のころのようなワクワクももうない。
生きるために生きている。
……それはきっと、誰もが当たり前のようにやっていることだ。生きるために金を稼ぐ。生きるために仕事をする。生きることは生きることだ。でも、次第に、『生きていきたいから』じゃなくて『生きていくしかないから』生きていくようになっていく。
夢を見ていた。
ふんわりとした『成功』とか、ぼんやりとした『大活躍』とか。
自分の人生には幸せで満ち足りたエンディングがあるんだろうなと、なんとなく描いていた。
でも、今はぼやけた像さえ浮かばない。
きっとこの人生は苦痛に満ちたまま過ぎていって、苦痛の中で終わる。
終わるならまだいい。でも、終わらない可能性もある。
七日。
七日ごとに死に、七日を繰り返し、どうにか生きていく。
すり切れるような人生だ。
このループをたぐっている何者かがいるならば、どうか俺を殺してほしい。
何年も何十年も、何百年も、七日を繰り返し続ける。
そのうちに夢はかすれて見えなくなった。
希望は陰って失われた。
肉体は若いままで、時代は進まない。
能力はあがらず、積み上げられるものはなにもない。
運命は変わらず、ただ一点『死ぬはずの俺が生き残る』という変化しかない。
助けて。
誰か、助けて。
……それでも、『その時』まで、俺は目的の両立をできていた。
俺が生き残る。……生き残らないと、ループから抜けられないから。
そして、あいつらも生き残らせる。
それだけが、俺の生きがいだから。
だから、ついに運命が俺を本当に見放したのは、その日。
神様のいる小部屋。
俺が生き残るために、すべての選択肢を試して――
あいつらを殺す以外に、ループを抜ける方法がなくなったその日。
俺は、ループを抜けることを選んだ。
永遠に同じ時間をあいつらと繰り返すことだってできたはずなのに、俺はもう、同じことを繰り返し続ける苦痛に耐えることができなくなったんだ。




