友達の話・現在
「異世界人をあまり恨まない方がいいですよ」
異世界人殺しを報告した時、彼は決まってそう言う。
恨むのを悪とは思わない。
復讐を悪いこととは、まったく思わない。
ただ、身命を捧げるものではないという確信がある。
「異世界人を憎む気持ちがあなたにあるのなら、それは捨ててしまった方がいい。『異世界人』というくくりで連中を見て、その全部に憎しみを抱いたって、いいことなんかなにもないです。だって今、世界は異世界人のものなんだから」
純然たる事実だ。
彼は憎しみを抱いている。恨みを原動力としている。
それでも同時に思うのは『異世界人なんか、恨む価値もない有象無象にすぎない』ということだ。
「あなたたちは生きているんだから、利用できるものは利用して、きちんと生きていった方がいい。……復讐心なんか死者に任せてしまって、あなたたちは、懸命に生きてください」
復讐という行為を否定はしない。
さりとて肯定もしない。
もちろん、復讐で救われる心もあると思う。
『あると思う』――知らないけれど、そういう可能性も、否定はしない。
彼は復讐にその生命を――とっくに尽きた生命を賭しているけれど、実のところ、復讐なんかどうでもいいと思っている。
復讐は手段で、憎悪はただの燃料だ。
みんなで幸福に笑い合うための過程にしかすぎない。
ただの手段でただの燃料だけれど、続けるのは楽なものではない。
だから『生活』を完全に捨て去った死者でもなければ、復讐なんかしない方がいい。
だって正直、疲れるし。
……ただ、異世界人により大事な人を失うこととなった人々を思えば、胸がチクリと痛む。
本当に残念そうな彼らの顔を見ていると――自分にはもう、その感情がさっぱりわからなくて、かつて持っていた、今は失われたなにかが、彼の心をかすかに刺すのだ。
また一つ、誰かの『復讐』を終えた。
また一人――一人だったか、二人だったか、それとも十人以上いたか――異世界人を、殺して力を得た。
村にとどまって専属の傭兵になってくれないかという誘い。
彼は一所に居続けるのが苦手なので断る。
彼の傭兵団は死体でできている。
彼自身だってすでに死体で、もう、だいぶ、普通の生き物らしい色々が抜け落ちているのは自覚できていた。
壊れた体は『カミサマ』により補完される。
けれどもう長い――長いかどうかさえ、確信が持てない――時間が経った。もとの自分と今の自分は、たとえ同じ見た目だったとしても、体を構成する材料がまるで違う。
現地人の村人たちが、彼を『化け物』と認識したその時――
異世界人と自分、どちらを頼るか、彼は判断がつかなかった。
ようするにリスクヘッジ。
彼はとっくに、現地人さえ自分に理解を示してくれる存在には思えなくなっていて、自分が死体であることが知れれば、敵に回ることさえありうるだろうと想定していた。
目的を達成するまでは、避けられるリスクは避けたい。
なぜならば、敵は異世界人。
それも、特別『ずるい』力を持った者。
アーサー。
今ならわかる。『ループ系』の能力者。
おそらくそのループ期間は七日。
死ぬたび、あるいは『間違える』たび、永遠に七日間を繰り返す『ずる』の持ち主。
……遠くに見えるビル群を見上げる。
境界都市。
そこにあるもっとも高い建物に、どうやらアーサーはいるらしい。
無二たるその能力は、異世界人の中でさえ彼をトップに引き上げたのだ。
「……」
それでも――もうすぐ、届く。
七日ではどうにもならないところまで追い詰めて、殺してあげなければいけない。
どれほどループを繰り返そうとも、『死』以外の未来がないぐらいまで、生き残る選択肢をつぶさなければいけない。
……昔日の夕暮れがよみがえる。
その光は時が経つにつれまばゆくなっていくばかりで、記憶はどんどん陰っている。
どういう契約だったか。
なにを望んで、カミを手に入れたのか。
――解。
――あなたは夢を叶えたいと神に願った。
――神はそのために、あなたの力となりましょう。
――我々は、もはや混ざり合った一つの存在。
――私が神ならば、あなたも神に他ならぬのです。
――この世界を異世界人の手から守る、守護神なのです。
「……まあ、そういうことでいいや」
アーサーに会うまでは、余計なことを考えるのも面倒だ。
今はまだまばゆい昔日の光。
目を逸らすように闇へ視線を向ける。
異世界人のかかわらぬ原初の闇へ向けて歩き出す。
着実な一歩。
具体性のない夢にすがってつらい毎日を生きていたころとは違う、地に足の着いた歩み。
……だからこの確信は、幻ではなく。
もう少し――もう少しで、殺してやれる。
そうしたらまた、三人で仲良く、夢を語ろう。




