プロローグ ある農村からの依頼・開幕
「私の父は異世界人に殺されました」
その一言だけで充分だ。
彼は依頼を快諾した。
木の塀に囲まれた小さな村。
もろい防衛設備に、怯えた人々。
その中で彼と直接話すのは、まだまだ子供と言える年齢の少女だけ。
周囲を取り囲む老人たちが怖れるように遠巻きに視線だけ投げかけてくる中、少女だけが強い意思を秘めた瞳で、真っ直ぐに彼を見て、口を開く。
「その異世界人は、この村にある金品も、お酒も、作物も――人も、すべて差し出せと言ってきたんです」
よくある山賊の手口だ。
山賊とて暴力をふるいたいだけの乱暴者ではない。……一部そういう真性のモノがいることは否定しかねるが、彼らは暴力を道具に商売をしているだけなのである。
傷つかないなら、それでいい。
疲れないなら、その方がいい。
だから、『見せしめ』に村でも強そうなのを何人か殺し、『指定された期日までに村の財産を譲渡していただきたい。わたくしどもはあなたがたから財産を受け取る対価として、暴力を行使しないことをお約束いたしましょう云々』と交渉を持ちかけるのだ。
ようするに、異世界人が山賊に身を落とす時代になったということ。
……やっぱり、増えすぎている。
「兵隊を出してもらおうと『境界都市』に遣いを出しましたけど、『相手が異世界人だ』と言った瞬間、話を聞いてもらうこともできずに、追い返されたようです。……異世界人を頭目にしてる山賊連中、そうなることがわかって、『境界都市』に向かった村人に手を出さなかったんでしょう」
抜けるような青空。
遠くを見れば、異質な建造物群がイヤでも目につく。
石と金属で建築された、高く細い建物――ビル群。
あれが林立するのが噂に名高い『境界都市』。
異世界人による、異世界人のための、異世界人の街である。
……吐き気がする。
青空を切り裂くように立ち並ぶ高い建物の群れは、この世界の所有権を主張するため地面に打ち込んだ楔のようだ。
だから彼はアレを見上げるたび言いたくなる。
『この世界は、お前たちのものじゃない。この世界は、この世界で生まれた人のものだ』。
「連中は、不思議な力で父を殺しました。……まだダンジョンの資源が異世界人によって枯らされていなかった時代、父は冒険者でして……それも、その当時の稼ぎで、ここらの土地を買って、この村を興すぐらいに稼いでいた、強い冒険者だったんです。でも、そんな父も、なんだかわけのわからない力で、一瞬で、殺されてしまって……」
異世界人には不思議な力がある。
有名な話だ。彼らは生まれてくる時にはすでに特別で、この世界に降り立った時からもうすでに超越者なのだ。
実際に戦ってみると、『強い』よりも『ずるい』という表現がしっくりくる。
彼らはなにか違う。
腕力や丈夫さといった当たり前の能力が高いのではなく、生きている法則自体が、そもそも違うような感じだ。
「……あなたのところ以外の傭兵団にも、お願いしたんです。どうにか私たちの村を、異世界人の手から守ってくれないかって……でも、やっぱり、ダメでした。みんな、異世界人を敵に回すのは、怖いんだと思います」
見た目の幼さとは裏腹に、少女の声は落ち着き払っている。
けれど感情が隠しきれていない。深い失望と、濃い絶望、それから拳を震わすほどの怒りが、まだあどけない少女の声にはにじんでいる。
「……お願いします。もうあなたたちしかいません。異世界人がすべてを略奪に来るのは、もうすぐそこにせまっています。私たちは、父の遺したこの村を守りたいんです。金品も、お酒も、作物も、私たち自身も、なんにも、あんなやつらに渡したくは、ないんです。どうか、どうか、私たちの村を守ってください。お願いします」
「大丈夫ですよ」
彼は安心させるように言う。
傭兵らしからぬ、柔和な笑顔。
傭兵とは、その多くがかつて『冒険者』と呼ばれていた者どもだ。
ダンジョンにもぐり人外の生物を討伐し、お宝を得て生計を立てる――そういうのが商売として成立した時代の残滓。だから、粗暴な肉体派が多い。
けれど彼は細身で、小柄だった。
髪型や服装を変えれば、少女にさえ見えるだろう、中性的な顔立ちをしていた。
服装には清潔感があって、戦いをなりわいにし、何日も野外にひそむこともあるような者には見えなかった。
そしてなにより、武器を帯びていなかった。
「僕は渉外担当なので、頼りなく見えるかもしれませんが、ウチの傭兵団は強いので、大丈夫です。それに――僕らの噂をご存じだから、最後に僕らに依頼を回してきたのでしょう?」
「……はい。旅人の噂話で……とは言っても、ちょっと信じられないっていうか……すいません、侮辱をするつもりはないんですけど、でも……あなたたちは本当に、私たちが聞いたような傭兵団で合っているんですか?」
おどおどと、うかがうような上目遣いに、ようやく年齢相応の幼さを見た。
彼は微笑みかける。彼女に、それから、彼女と彼の話し合いを見守る、たくさんの村人たちに。
「ええ。僕らは『異世界人殺し』専門の傭兵団です」
「……」
「今までにも、異世界人を殺してきています。ですからお任せください。僕たちが、異世界人から、あなたたちを守ってみせますよ」
どん、と彼は胸を叩いた。
それでも場の緊張は解けなかった。
……ああ、慣れ親しんだ空気だ。
『本当に異世界人に勝てるのか?』という疑い。
『もしこいつらが勝てなかったらどうしよう』という不安。
そしてなにより――『あいつらが勝ってしまったあと、異世界人たちの暮らす境界都市の連中に目をつけられはしないか?』という、絶望感。
多くの人は、異世界人に目をつけられた時点で、色々なことをあきらめる。
『境界都市』が今回の山賊行為になにもしてくれないことからもわかるように、異世界人は異世界人に甘い。
異世界人同士には、この世界で生まれ育った者にはわからない絆のようなものが、ある――
――ように見える。
だから彼は、こういう時に言う、とっておきの言葉をいつだって用意している。
「一人二人、いや、十人二十人の異世界人を殺したところで、『境界都市』の異世界人は見向きもしませんよ」
敗北の可能性には触れない。――敗北などあり得ない、といちいち言葉にする代わりに。
実際、今語った話は経験をもとにしている。
事実として、彼はこれまで何人もの異世界人の『死』にかかわってきたが、異世界人の本領たる『境界都市』から報復を受けたことはない。
なぜならば――
「だってこの世界には、もう、数千人の異世界人がいますからね。いくらか減ったところで、いちいち気にする人なんかいませんよ」
――世界はずいぶん変わり果ててしまった。
だから彼らは異世界人を殺す。世界を正しき所有者の手に取り戻すために。