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07.激動が凝縮しすぎ

 途中で見つけた共用井戸でカラカラの喉を潤し、貰った乾パンのあまりの美味しさに感動し、明日も食べようと半分は大事にしまい、左ポケットに入れてあったはずの雷撃の術符がないことに気付き、慌てるも探しに戻る時間も体力もなく、疲れた足を前にだけ動かし、身も心もボロボロのリーナが商会に着いたのは17時を過ぎた頃だった。

 荒い呼吸の合間に声を絞り出して取り次ぎを頼み、仲介者が現れると真っ先に遅刻を謝罪して依頼の術符を差し出したが、相手からの言葉に「は?」と眉を顰めてしまった。約束は一昨日だったという。最初は信じられなかったが置いてあった新聞の日付や向かいの食堂の週替わりメニューを見て納得する。

 何をしていたんだと問い詰められても、襲われていた馬車の乗客を助けて2日間眠っていましたとは言えない。「高熱で寝込んで日にちの感覚がなかった」と微妙な言い訳でごまかすしかなかった。リーナはひたすら詫びたが、下げる頭に降り注ぐのは穏やかな口調の叱責と嫌味だった。依頼主の貴族には商会が詫びを入れ、術符の代わりに秘蔵の薬をかき集め、それらを多めに渡して何とか事なきを得たらしい。

 何時間も使い続けた足が痛さを通り越して痺れてきた頃に賠償金の話になった。作った20枚の術符は約束の期日に間に合わず納品できなかったため報酬の20万は払えないが、代わりに10万で買い取るという。半額でも手元に残ると知ったリーナはほっとしたが「でもね――」と言葉を続ける仲介者はカウンターの中から紙を差出した。請求書と書かれたその内容にリーナは目を疑った。

 代用品の代金25万、かかった経費10万、違約金10万。合計45万。

「これを今月中に支払ってください」

 仲介者は当然という口調だった。

「前金は返してもらわなくて結構ですし、先様から賠償請求があったらこのくらいじゃ済まないですよ」

 とは言え、良かったと胸をなで下ろす気には到底なれない。45万が明かに吹っ掛けてきた金額だとわかっていても立場の弱いリーナに文句は言えない。

「分割支払いは――」

「弊社では取り扱いがございません」

 有無を言わさぬ口調で押し切られる。20日あまりでこの大金をどうすれば良いのか。疲れきった頭では解決策を見いだせない。とりあえず先ほど貰ったばかりの10万からしばらくの生活費などを引いて5万を弁償に充てた。それでもまだ40万残っている。

「踏み倒そうなんて思わないように」

 仲介者の薄ら笑いを振り切ってリーナは商会を後にした。仕事の契約の際に魔術士登録証を提示している。払わずに逃げようものなら、その情報を各地の紹介所やギルドに回して他で仕事が出来ないようにしたり探し出したりするのに使うのだろう。黒一色に染まった空を見上げてリーナは大きな溜息を吐いた。

 疲れた。今日は家に帰ってとりあえず寝よう。明日のことはすっきりした頭になってから考えよう。

 ここから家までは2時間かかる。吐く息は再び溜息になる。というかもはや溜息しか出ない。この辺りの安宿で泊まることも考えたがお金がもったいないし帰り道に術符が落ちているかもしれないと思い直し、痛む足で歩きだした。

 あの馬車が止まっていた場所にはもう何の痕跡もない。ここが始まりで今に至るのだが不思議とリーナに嫌な気分にはならなかった。あの時見て見ぬ振りをしていたら、借金は背負わなかったけれど助けられるのに助けなかったという罪悪感に苛まれただろう。単に自己満足だとは思うが、それでもほんの少し身体は軽くなったような気がした。

 あの小屋に術符が落ちているかも知れないと思い探しに行こうかとも考えたが、道のわからない藪の中を進むのは危険だと判断し諦めた。結局、術符は見つからなかった。

 3時間後、ようやく森に着いた。すでに夜目の術を使っているのでそのまま進む。疲労で足下がおぼつかず慣れた道で何度も転びそうになりながら、ようやく見えてきた家にほっとする。家といっても、借家でも両親が建てたものでもない。1年前に偶然見つけた小屋のような古い建物で、暖炉やテーブル、椅子やソファがあり、各地を転々としていたリーナにとっては快適な家だった。

 早く帰って眠りたい。大きく一歩を踏み出すと同時に妙な違和感を覚えた。足がピタリと止まる。

 家の周囲に張っていた魔術結界が消えていると気付き、ひゅっと息を呑んだ。結界は人や獣、魔獣が家を認識できないようにしているもので、長期間留守にしても消えないようにしていたはずだ。

 どうして? いつから? 

 必死に考える頭に2日前の出来事がよぎる。普段は抑えている魔力を全開にしたものの、瀕死の傷を治すのにそれを使い果たしてしまったのだろう。だから回復するために2日間も眠ってしまい、魔力が切れたために結界が消えたのだ。

 でも、結界が消えたといってもたった2日だ。用心のために張っていただけだし、人も滅多に寄りつかない森だし、何もないだろう。

 そう思っていても嫌な予感がしてしまう。

 足を引きずりながら家に近寄ると、玄関扉に赤い紙が張られていた。家を出た時にはなかったはずだ。


 ここは国有地であり当該建物の撤去を行うため立ち入りを禁止します。


 撤去予定日は明後日の日付だった。最後に、ベオルーゼ王国東部地域建設管理課の署名と昨日の日付がある。

 人が寄りつかないと思っていた森は国有地で、空き家だと思って1年間住んでいた家は王国所有の建物で、明後日には建て壊されるという。

 たった数日結界が消えたタイミングで森の奥のこの家が発見されるという偶然に違和感を覚えるが、「人を助けて2日間ぶっ倒れ」「見知らぬ人に助けられ」「面倒な術符を落とし」「借金を背負い」「住んでいた家は明後日には建て壊される」という出来事が一気に起こったリーナの頭はパンク寸前でそれどころではなかった。

「もぉおぉぉおおおっ! 嘘でしょー!」

 リーナの叫びは誰もいない森に虚しく響いた。


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