09.予期せぬ再会
リーナはカウンター席に腰掛けた。カウンターの奥は厨房らしく誰かが料理を作っているようだ。煙草の薫りよりも美味しそうな匂いが、昼ご飯を食べていないリーナの胃を刺激する。
「何か飲む?」
そう言われても酒の種類や名前が全く浮かばない。モゴモゴしている口に代わりに腹が「ぐぅー」と答えた。最近、初対面の人の前でお腹が鳴りっぱなしのリーナは、恥ずかしさでいたたまれず項垂れる。
「こっちの方が良かったのね」
女主人はメニュー表を差し出してくれた。さながら食堂のようなメニューの多さと安さに驚きつつも、値段と相談しながらオムライスを頼んだ。女主人が慣れた口調で後ろに向かって声をかけると、厨房の奥から野太い男の声が返ってきた。
料理を待つ間にリーナは本題に入った。
「実は、仕事を探しています」
リーナは斡旋所をいくつか回ったことや、ここを教えてもらったことなどを説明した。
「それで、どんな仕事を探しているの?」
「とにかく何でもいいのですが、今月中に40万必要で――」
リーナは違約金と期限について経緯も含め(馬車の乗客を助けたことは伏せて)簡単に事情を話した。女主人は「それはいつ?」と日付について尋ねてきた。正確な日にちを答えると思案顔になり、それ以上は聞いてこなかった。
「術符は大抵のものが作れるので、できれば術符の依頼がありがたいです」
女主人は煙管を灰皿に置いた。
「術符を作るっていることは、魔術士ね?」
「はい。一応……」
リーナは自分の魔術証と作っておいた術符を数枚、カウンターの上に出した。
「リーナ=クレス……ランクはF」
魔術証を見て女主人は独り言のように呟いた後、術符を手に取って鑑定するように眺め始めた。
「よければ試用してみてください」
術符は買い取りや契約の際に試用する。術符は発動しない不良品も多く、試用することで術符士の技量の判別ができる。
リーナに促され女主人は回復の術符を手に取った。取り出したナイフの先で薬指の腹に傷を作る。みるみる血が溢れてくる指で器用に術符の上部を手で破ると、術符に描かれている魔法陣が光り出したのを確認して傷に充てた。数分後、魔法陣の光が消えると、傷は塞がったが周辺はまだ赤く傷痕もはっきり残っている。女主人はもう1枚あった回復の術符で反対の手の薬指で同じことを繰り返し傷の状態を確かめていたが、少し表情が曇ったことをリーナは見逃さなかった。恐る恐る聞いてみる。
「どうでしょうか?」
「……これは商品と同等のレベルなのよね」
「は、はい、そうです」
いつものようにFランクのレベルに合わせて調整して作ったはずだが、少し魔力が弱かったかもしれない、と冷や汗がでる。女主人は何かを考えるように黙りこんだ。リーナはただ見守るしかない。
しばらくして女主人は静かに口を開いた。
「ここは斡旋所じゃない。それは知っているのよね」
「はい」
リーナは大きく頷く。
「今、仕事を頼みたいという話は情報としていくつか持っている」
「では――」
「でも私は自分が信頼する者にしか仕事を頼まないの」
斡旋所は多くの人材を募集し遂行できた者に報酬を支払うが、個人で仕事を請け負うなら実力もわからない人には頼まないだろう。仕事が見つからず焦っていたリーナはごく当たり前のことを失念していた。
ここでダメならあとは花街に行くしかないか、と諦めかけたその時。
「あなたが私から仕事を請ける条件として、しばらくここで働いてくれる?」
「え、あ……はい?」
急なことで困惑するリーナを余所に女主人は煙管を再び手に取りにっこり笑った。
「ホールで働いていた子が先月田舎に帰っちゃって人手不足なの」
「その話は嬉しいのですが、でも――」
「さっき言っていた40万は私が貸すから明日にでも支払って。後はここで働きながら返してくれればいいわ。利息も期限もないから安心して」
「それに住む場所がなくて――」
「上に空いている部屋があるから。家賃はいらないし」
「あ、はい……」
有無も言わさぬ女主人のペースに乗せられ、気が付けば承諾したような雰囲気になっている。違約金が返せてもリーナ自身はこの初対面の女主人から40万借りることになっただけで、結局返し終わるまでここにいなければならなくなる。見ず知らずの人に利息も期限も不要で40万を貸し、部屋まで提供くれる意図がわからない。ただのお節介なのか企みがあるのか、それとも何か知っているのか。
「あの」
モヤモヤしたままでは気持ちが悪い。リーナは思い切って聞いてみた。
「初対面で、どうしてここまでしてくれるのですか」
「普通はこんなことしないけど。少し気になって」
意味深な女主人に笑みにドキリとする。
「つい最近、これと同じ術符を使ったんだけど、ちょっと違うのよね」
リーナは動揺を隠し平静を装った。
「何が――」
「はい、お待ち!」
主人との話に割って入るようにリーナの目の前にドンと置かれたのは、大きな皿から零れそうなほどの、山のようなオムライスだった。驚いて見上げると、エプロン姿が恐ろしく似合わない、山のような大柄な男がいた。
「腹ぁ減っているようだったからちょっとサービスだ」
大柄の男は禿頭のいかつい顔でニッと笑った。
「あ、ありがとうございます」
裏表のない笑顔にリーナの緊張はほぐれ、心の底から礼を言った。しかし話の続きが気になり、食事に手を付けず女主人を見つめる。
「あの、何が違ったのでしょうか」
「話は後、後。さ、温かいうちに食べて。それ、ウチの自慢の一品なの」
先ほどの思わせぶりな態度が一変し食堂の女将のような屈託のない笑顔を見せる女主人に、リーナの警戒感も解けてしまう。
「そろそろ帰ってくるはずだから、話はそれからね」
言葉の意味が気になるが美味しそうな匂いには勝てない。
「はい。では、いただきます」
スプーンで黄色い山を崩し口に入れる。量の多さに食べきれないと思っていたが、あまりの美味しさに手が止まらず、気付けば皿の中はほぼ空になっている。名残惜しみながら食べていると入り口の鈴が鳴った。
「あ、帰ってきた」
その言葉にリーナが顔を上げると女主人は来訪者に声をかけた。
「お帰り」
「腹減った。俺にもこれ作って」
この、ゆっくりとした口調と抑揚のない声に聞き覚えがある。まさか、と思い隣に座った人を見上げると、くすんだ灰色の長い前髪から覗く琥珀色の瞳と目が合った。
「あ、恩人!」
「あぁ、あんたか」
そこにいたのは、意識を失ったところを助けてくれた上に美味しい乾パンをくれた命の恩人だった。




