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銃と魔法と臆病な賞金首4  作者: 雪方麻耶
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船で流れる

 ゆっくり流れる景色は、似ているようでやはり違う。一定のリズムを奏でられる波の音は近いようで遠くのようでもある。そして、緩やかな振動はさっきからずっと同じだ。

 うるさくも静か過ぎもしない状況に身を委ね、光来はほんのちょっぴりだけ安心を得ていた。こっちの世界に飛ばされてから、毎日のように緊張を強いられる環境に嵌まっていたため、こんななんでもない時間が、溜め息が漏れ出るほどありがたい。実際に、先程から三回は深呼吸をしただろうか。

 リムに行路の選択を問われ、光来が選んだのは船だった。船旅でなければならない理由はなかったが、蒸気機関車と馬車での移動中に手痛い目に遭った苦い経験が、本能的に二つの選択を回避したのかも知れない。あるいは、船での移動なら少しはゆったりできるのではないかと期待した部分もある。そして、光来の望み通り、今は穏やかな雰囲気で移動できている。

 光来が腰掛けているのはボックス席で、向かいのシートにはシオンが座っている。彼女は、出発前に購入した本を読んでおり、外の景色にはあまり関心がなさそうだ。

 光来はこっちの世界の文字が読めないので、どんな内容かは表紙のイラストで判断するしかなかった。推察するに、どうやらミステリーかホラーのようだ。こっちの世界にも創作物なんてあるんだな、などと妙に安心するが、この世界の音楽も聴いたし、ズィービッシュやナタニアが彫刻家であることを考えれば、今さら感心するほどでもない。ひょっとしたら、漫画なんかもあるのだろうかと、密かな期待が胸を膨らませた。

 スマホの時計から判断して、元いた世界とこっちとでは、時間差はあまりないのは分かっている。となると、日が変わるのも同じはずだ。こっちに飛ばされて、もう何日が過ぎただろう? たしか、購読しているコミックの最新刊が発売されているはずだった。一巻から集めている特にお気に入りの漫画だ。必ず発売日に購入するくらいの大ファンなのだが、初めてそれを逃してしまった。

 帰ったら、真っ先に買いに行こう。

 光来がとりとめのない事を考えていると、シオンの視線を感じた。小説を読んでいたシオンが、いつの間にかじっと光来を見ている。


「な、なに?」


 愛想がないとは言え、シオンは相当な美少女だ。じっと見つめられると、落ち着かない気持ちになる。


「キーラが、ディビドの遺跡でやったこと……」

「え?」

「カラクリを使って、いないのにいるように騙した」

「ああ……。あれ」


 前に立ち寄ったディビドという街での戦いの話だ。スマートフォンのボイスレコーダー機能を使い、敵を誘導して勝機を得たのだ。


「キーラの……、その、世界では、あんなことは頻繁にやってるの?」


 今の発言から、光来が異世界の住人であることは、一応受け入れてくれたみたいだ。しかし、まだ完全には信じていないといった感じだ。旅を共にする仲間だからと思ったればこそ、シオンには打ち明けたが、彼女が最初に示した態度は拒否反応だった。やはり、ズィービッシュには最後まで秘密にしておいた方がいいのかも知れない。


「キーラ?」


 光来は、思考をシオンの質問に戻した。


「ああ……。いや、あんなのは推理小説で使い古されたトリックだよ。実際にやる人なんていないと思う」

「推理、小説?」

「主に殺人事件を扱った小説で、主人公は誰が犯人か、どうやって殺害したのか推理するんだ」

「……その中に、キーラが使った方法も載ってるんだ?」

「古典的なトリックで、もう誰も使わないよ」

「そんなにたくさんの……、殺害方法が記されてるの?」

「感心するのもあるし、苦し紛れのもある。もう出尽くしちゃったと言われてるくらいだよ」

「それじゃ、キーラの世界では、殺人事件が起きてもすぐに解決ね」

「いや……、実際には、そんな簡単には……」


 情報を共有するのは、意外と難しい。光来の世界を理解してもらうには、外国語を一から勉強するより手間が掛かるかも知れない。


「……そう言えば、リムは? ズィービッシュもいない……」


 光来は、二人の姿が見えないことに気付いた。いつからいなくなっているのだろう?


「リムなら、さっきデッキで風に当たってくるって出て行ったよ。ズィービッシュは、リムの後を追ったみたい」

「二人きりってこと?」

「気になる?」

「いや……、そんなこと、ないけど……」


 光来は、そう言って目を逸らした。

 本音はすごく気になる。なにかもやもやとした気持ち悪い感覚が胸中に広がっていくのが分かった。

 今は四人で行動しているが、リムと最初に旅することになったのは自分というプライドが、嫉妬を招いているのか。もっとも、そんなプライド、会社で一年先輩だからと威張り散らす無能な先輩社員と同レベルの、屑みたいなプライドなのだが。

 光来は、いずれは元の世界に帰る身なんだと必死に感情を抑えた。


「ワタシたちも、二人きりなんだけど……」

「え?」


 光来が視線を戻した時には、既にシオンは本に目をやっていた。

 冗談……だよな?

 シオンの意味深ともからかいとも判然としない台詞に、光来はますます落ち着かなくなった。


「お、俺、食堂でコーヒーでも飲んでくるよ」


 光来は、一人になって気持ちを落ち着かせようと席を立った。少し情けなさを感じながらも、こういった場合、どのように会話を続ければいいのか分からなかった。

 キャビンを出るまで、シオンの視線が背中に刺さっているような気がした。

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