第九十一ノ世界:二人の記憶
伽爛は三人の様子を横目に見て匡華に視線を移した。彼があれほどの涙を安心して流せるのは祢々切丸や蜘蛛切丸、そして匡華がこの空間にいるためであろう。味方である伽爛だが、彼らに信頼されていると云う実感を、今二人と一緒に新たな能力で呼び出されたことで感じていた。伽爛は先程まで匡華に話していなかった情報を話した。と言っても自分が云える範囲での情報だが。
「歴史、直って良かった」
「ふふ、そうだね」
伽爛の独り言に匡華がクスリと笑いながら答える。そして匡華は嬉しそうに伽爛に向かって微笑んだ。伽爛の三人を見る目は匡華の伯父の目と同じだった。それが、とても嬉しいし、安心でき、自分達の判断は間違っていなかったと証明してくれる。伽爛はふと、疑問が浮かび、それを彼女に問った。伽爛の場合、能力で情報を閲覧した際に匡華が女性と云う事は把握済みだ。だが、情報を閲覧するまでは、本当に女性かどうか自信がなかったが。
「そういえば、君の伯父さんは歴史の訂正を促した第一人者だったんだね」
「嗚呼、貴方の事だから情報を閲覧して知っていたのだと思っていたけれど」
「……あー、うん。まぁね」
伽爛の苦し紛れの、途切れ途切れの返事に匡華は怪訝そうに首を傾げた。伽爛はその反応に苦笑いを返す。嗚呼、やっぱり知らないのかな?本音を云えば、匡華の伯父を一度、閲覧しようとしたのだ。あの有名な『歴史鑑定師』と云うことで戸惑いもあったのだが、万が一のために閲覧しようと決めた。しかし、情報は閲覧できなかった。能力に支障でも起きたか、村正の時のような閲覧防止をされたか。伽爛は首を傾げた。その様子を見ていたのであろう彼は自分に向かって、口元に人差し指を当てシーッとやったのだ。静かに、とで云うように。そして、祢々切丸と蜘蛛切丸がいる場所を記された手紙を彼経由でもらったのだ。匡華と村正が〈闘技場〉へ移動した翌日の事だった。そこで伽爛は二人の元へ辿り着いたのだ。もっとも、匡華の伯父に呼び出されプラス匡華と村正の様子も気になっていたので良かったが。伯父のその事について聞こうと思ったのだが、彼女の反応からして知らないのだろう。まぁ、深入りはしないに限る。伽爛はその不安を悟られないように話題を変えた。
「歴史に不満っていうか、みんな…歴史を学んだ全員が疑問持ってたもんね。歴史を重んじ、敵には容赦ない者がいたから大きく発言できなかったけど。けれど、君の伯父さんのおかげで歴史は訂正された…長い年月がかかったけれど、洗脳は解けかけているよ」
「嗚呼、伯父も直せて、肩の荷が微かだが降りたと言っていたよ」
「……あのさ、祢々くんと蜘蛛くんがあそこにいたのって…」
伽爛がそう聞くと匡華は少し声をひそめ、言う。此処にいるだけでも安心は出来ない、そう云うように。
「一応、万が一のため。『創命』や他の人の洗脳じみたものが解かれてきているとは言うものの、あの時は三人を狙う者達が多かった。私だって一度は敵ではないかと疑われたしね。伯父の家を特定しない保証は何処にもなかった。だから、祢々と蜘蛛は昔伯父が使っていた家に一時避難させたんだ。普通なら見つからない場所だったしね。今回は、伽爛が来るからって一応であちらに行ったけれどね」
「ん?あれ?それじゃあ村正くんは?避難しなかったのかい?」
伽爛がそう疑問を口にすると、匡華は軽く口元を押さえて笑った。
「嫌な予感がするって言って、残ったんだよ。まぁ結局、その後は何も起きなかったんだがね……きっとあれは今回の事を、予知……いや、予感したんだろうね村正は」
匡華は少し嬉しそうに、遠い昔に思いを馳せながら頬を綻ばせた。それは、この出来事を当てた事を言っているのか、それとも別か。伽爛には分からない。けれど伽爛は微笑ましそうに、笑い返した。と、その時、伽爛が「あ」と声をあげた。それと同時に祢々切丸と蜘蛛切丸の声もあがった。匡華が不思議そうに首を傾げる。伽爛の視線が自分の背後にあることに気づいた匡華は、クルリと振り返った。そこにいたのは少し目を紅く腫らした村正だった。涙を流しつくしたのだろう。匡華がどうしたと問おうとした時、村正が突然、彼女を優しく抱き締めた。その意図が分からず、匡華は村正の腕の中でオロオロとしていた。案の定、伽爛もオロオロとしていたが、近づいて来た祢々切丸と蜘蛛切丸になにやら言われて安心したようにホッと胸を撫で下ろしていた。
「む、村正…?」
少し頬を紅く染めながら、村正に聞く。
「……匡華、あんたは泣きたい時は泣けって言ってましたよね。それには、あんたも含まれると思うんですけど、どうです?」
「……………」
村正の記憶が正しければ、匡華が涙を流したのはあの時だけだった。あの時以来、彼女が涙を流したのは見たことがない。きっと、匡華も悲しいんだ。けれど、気を張っている。この状況だから。だからこそ、村正は。
「泣いてください。我慢しないでください……あんたが言ったことです」
「………ふ、はは…そうだな…」
村正や祢々、蜘蛛は「匡華には敵わない」と云うが、貴方達だってそうじゃないか。嗚呼、きっと私も、村正のように我慢していたんだ。だって、私は、私にしか出来ないことをしなければならないと、思っていたから。嗚呼、でも、今は、今だけは、あの時のように、死した友人達のために。自分のために。
匡華は軽く微笑み、村正の胸に顔を埋めた。俯いたその瞳からは涙が一筋、零れ落ちていった。
バレンタインデー、ですか今日は…
ヘレーナーお菓子ぃいい!!
そして無造作にウチの子に配る。




