第八十八ノ世界:話された、離された、放された
「所詮、アナタも神様の玩具」
その言葉に、人物の回復する手が止まった。人物は自分の横を素早く通り過ぎたアーギストを仮面越しに見つめる。その目には何が宿るのか。その何かをアーギストは知っているようで知らない。アーギストは振り下ろされた片手の手首を狙って足を振り上げ、ナイフを弾く。そのナイフはクルクルと空中で回りながら、元の持ち主であるアーギストの手元へと引き寄せられるように戻って来た。アーギストはナイフと短剣を左手でまとめて持ち、能力で別の物を作り出そうと手元に光をまとわせながら、人物の様子を窺う。人物はアーギストの言葉に翻弄されているのか、刀を持つ手で震えている。が、次の瞬間、アーギストの言葉を振り払ったかのように、全てを振り払ったかのように、滑らかな動きでトンと足を踏み出した。
「『光』!」
ナイフと短剣を組み合わせていた光を再び、目眩ましとして人物に放つ。光を放った瞬間に、大きな傷ができた右腕が痛む。激しい痛みを頭の隅に追いやりながら、アーギストは脳をフル回転させていく。次の一手、次の一手を!その時、光が突然晴れた。アーギストが能力を解除した訳でもなければ、効果が切れた訳でもない。目を見開き、何が起きたのか状況を把握しようとする。しかし、把握する数秒前に凄まじい殺気がアーギストの背筋を襲った。だが、その殺気は恐らく、彼らに到底及ばないのだろうけれど。殺気を感じ取ったアーギストはすかさず二つの刃物を別のものに形作った。
「『創造物』・レイピア、っ!」
本音を云えば、間一髪だった。突然アーギストに向かって突きつけれた刃物。それを自分の胸の前にレイピアを水平にして防ぐ。と、人物はそのレイピアを突き上げるように刀で弾いた。アーギストの手からレイピアが飛び出す。無防備になったアーギストに刀を振る人物。アーギストが弾かれた衝撃に顔を歪め、横目に人物を見るとやはり、回復していないためか、腹からは大量の血が人物の服を紅く染め始めていた。と言っても右腕からの出血のせいか、アーギストの目が霞んでしまい、その色も形状も分からなかった。だが人物は、その怪我をもろともしていない。回復しなくても、これくらいなら平気とで云うのか。それとも、先程のアーギストの言葉で痛みを忘れているのか。神様が造った、自分と同じ人造だからだろうか。まぁどれにしろ、アーギストにとってはもうどうでも良かった。
「『創造物・盾!」
ガァン!と鈍い金属音が響いた。アーギストの前に突然現れた盾と人物が振った刀が衝突したのだ。盾には人物が振り切った刀の一線が白い線で刻まれている。アーギストは盾を使い、後方に軽く視線を向ける。そして、後退する。そうはさせないとでも言いたげに、人物が盾を回し蹴りで遠くに吹き飛ばす。盾の影にいたアーギストの手に握られていたのは、微かな光をまとった剣だった。持ち手に美しくも細かな装飾が施されたその剣は、まるで勝利を導く剣かのような威厳があった。それでも人物はお構い無しにアーギストに突撃していく。自分に向かって跳躍してくる人物を見て、アーギストは再び目を見開いた。何故なら、仮面越しに人物が不思議な感情をたたえた瞳を自分に向けて来たのだから。そして、その人物はよく通る声で剣を構えるアーギストに迫りながら言った。
…*…*…
神様は自分が造った愛しい我が子とルール違反者を見ながら、愉快そうに口角をあげて微笑んだ。神様がいるのは観客席の一番上、この闘技場が全て見渡せる特等席だ。此処から見る二人の公開処刑は見ものだ。笑いが止まらなくなる。人物の凄まじい攻撃から逃げ惑うアーギスト、それを追う人物。逃げても逃げても、絶対殺す。だって、そういう交渉だもの。君は、それを承諾した。同じビーカーで造られたとしても、神様によって造り出された人物の方が何倍も強い。それをアーギストは理解しているはずだ。それでもと悪あがきをしている。それがなんとも神様には滑稽だった。クスクス、クスクスと神様は嗤う。大袈裟にアーギストに拍手でも送りたいくらいだ。
「馬鹿な事してるもんだな、まだ」
「!?」
その低い声に神様は驚きながら隣を振り返った。そこには先程までいなかった人物がいた。神様が手間暇かけて造った人物と混濁してしまうので仮に「その人」と呼ぼう。神様は目を見開き、身を引いた。神様にとってその人は……
その人は驚く神様など興味がない、と云わんばかりに眼下で繰り広げられている殺し合いにも似た闘いに目を向けた。そして、クスリと先程の神様のように愉快そうに笑った。何故、笑う?神様にはその人が笑った意味が分からなかった。自分と同じような意味合いで笑ったわけではないことは、神様にも容易に理解は出来た。神様はそれにも驚き、フードを大きく揺らしながら動揺を露にする。
「………嗚呼、そういう事か」
「な…何故、此処に…?それに、なにを言って……」
「不思議な昔噺をしようか、神」
なにを言って、なにを考えている?ボクがなにをしているのかが、わかった?嗚呼、もう、分からない。神様の頭は、混乱を極めていた。狼狽えるしかない神様を放って、その人は口から灰色の煙を吐き出す。その人の手は細かくも美しい装飾が施された物を、細い指先で弄ぶ。その煙は神様にとって見慣れたものではないが、その人にとっては見慣れたものであった。その人は狼狽える神様を気にも止めず、話を続ける。神様が止めようと動きたくても、体が言うことを聞かない。その人の威圧に神様が怯えたわけでもないのに。神様はその人がなにを言おうとしているのか、想像もつかなかった。
「昔々…何処まで昔かは、今では到底確認できない。そんな大昔、世界を創った創造神がいた。今現在の創造神ではない。一代目、初代の創造神だ。初代は《神記》で云う《西暦》から《魔法》まで創造神として存在した。その後、《新世界》に現れたのは二代目だ。だがその二代目は世界が十一にわかれたその瞬間、突然姿を消してしまった。理由は不明だ。消えてしまった二代目の代わりに現れたのは、三代目の創造神。そう、今現在の創造神である。しかし、この真実は《神記》に刻まれているにも関わらず、知る者は少ない。だって、この真実は《神記》の中に隠されているから。だって、この真実は御伽噺であり、確証のない昔噺だから……なぁ、知ってるよな?神」
「………………昔噺でしょ?」
真実ではない。そう続けようとした神様が口を閉ざした。理由は、その人が自分自身の口元に人差し指を当てていたからだ。何も言わなくて良い。そう表情と仕草で言っているようだった。その人はそのまま、クスリと微笑んだ。その瞬間、その人は神様の目の前から姿を消した。瞬きをする暇もなかった。先程までその人がいた場所には何もなかった。いや、少し違う。そこには微かに灰色の煙が残っていた。その人が今まさに此処にいたことを強く印象付けるかのように。灰色の煙が悠々と漂っていた。神様は静かにその煙を見つめ、片手を振り上げた。そして、煙を消すかのように手刀で切った。煙は意図も簡単に消えてしまった。神様はその人が来た意図を思考しながら、公開処刑の方へ目を向けた。その人の事は後回しでもなんら問題はない。そう思いながら、神様は口角をあげて嗤った。
この章、本当難しい……




