第八十七ノ世界:ビーカーの中、人造
アーギストは人物が自分に向けて突き刺して来た刃物を紙一重でかわす。とクルンと回りながら、人物にナイフを振った。が、それを人物は仕込杖の刃物、刀で防ぐ。そして、ナイフごとアーギストを弾く。空中に投げ出されるような状況になったアーギストは落ち着いて、神様を一瞬盗み見た。だが神様は、観客席の方に移動したらしく、視界には入らなかった。アーギストは唇を噛み締めながら、壁に足をつけ、態勢を整えるように壁でステップを踏む。そして、人物に向かって跳躍した。人物もアーギストに向かって跳躍しており、両者は空中で刃物を交差させる。体格的には人物の方が上であり、アーギストは激しい戦闘が苦手だった。それでも代表者に選ばれる条件を満たしていた。アーギストは頭脳派なのだ。アーギストはナイフを持っていない片手を人物の首の後ろ、うなじ辺りに人物に気づかれないように近づける。人物の表情は相変わらず、仮面で伺えない。嗚呼、殺りずらい。人物がアーギストを押し切ろうとしている。苦痛の表情を浮かべながら、アーギストが叫んだ。
「『光』!」
「!?」
人物を眩いほどの光が襲った。人物が思わず、片腕で視界を守る。仮面があるため大丈夫、と云うわけではないらしい。そのままアーギストはうなじ辺りに置いていた手に光をまとわせる。その光は目眩ましで現れた光で見えていない。
「『創造物』・短剣!」
アーギストの片手に短剣が現れる。そしてそのまま、人物のうなじに向かって短剣を振り下ろした。グサッ!短剣が肉を貫く感触。目の前で仮面と腕で視界を確保していた人物が自分の方へ前のめったた。普通ならば、その一撃があれば簡単に逝く。けれど、相手は神様が造った人物。アーギストは内心、期待に胸を膨らませながら一旦後退した。うなじ辺りに刺した短剣はそのままに。後退している時、人物が痛みに呻いているのが確認できた。ダメージは確実に与えられている。アーギストの胸に期待が過る。その時だった。目眩まし要員だった光が晴れて来た時、アーギストの顔面に突然、切っ先が紅く染まった短剣が迫った。慌ててナイフで弾く。アーギストが弾いた短剣に視線を向ける。白い大理石の床に無造作に転がる短剣。人物が何処からか出した物だと思っていたアーギストはその短剣を見て、目を見開いた。
「!?ボクが創造したやつ…?!」
そう、アーギストが先程創造し、人物に突き刺したあの短剣だった。アーギストは足を止め、人物がいる方を振り返った。光が完全に晴れたそこにいたのはうなじの傷をもろともせずに立つ人物だった。人物はうなじ辺りに片手を当て、傷を押さえているように見えた。だが、よく見ると違った。人物の片手には小さすぎてよく分からないが、粒子らしきものが舞っており、それがうなじ辺りに開いた大きな傷口を塞いでいた。完全に塞げられないようーいや、もしかすると故意で塞がないだけかもしれないーで、半分ほど塞いだところで人物は手を離した。その光景を見てアーギストは足元が崩れる錯覚に陥った。回復ができるだなんて、思わなかった。アーギストの能力『創造物』は自分が創造したものを現実世界に呼び寄せる能力だ。しかし、存在しているものでしか創造できないと云うメリットがある。回復の秘薬・特効薬は存在しているため創造できる、かと思われるが神様が作った物だからかアーギストには創造できなかった。怪我を全て治すなんて云う魔法のような特効薬が創造できない以上、アーギストに回復の手段はなかった。いや、語弊が少しある。アーギストに回復する手段はあるにはある。しかし、チビチビと回復するものだけなのだ。つまり、大怪我を負っても人物のようにすぐさま攻撃に移れるように回復はできないのだ。瀕死状態の怪我を癒せる能力だなんて、それこそ神の御業。アーギストは口角をあげて微笑み、床に転がっている短剣を拾い上げた。だったら、回復を上回るほどの速さで攻撃すれば良い。安易な考えだが、今のアーギストにはそれが最善だった。だって、相手は神様が手間暇かけて造った自分と同じ人造なのだ。自分と同じように、ビーカーの中で造られた。
人物がアーギストに向かって大きく跳躍し、刀を上段から振り下ろした。それをナイフと短剣を交差させて防ぐ。風圧でアーギストの頬に一線引かれた。その微かな痛みと上段からの重みに、ある事を思い出した。自分が造り出された、あの瞬間を。アーギストは人物を弾き、頬に引かれた一線を親指で拭う。簡単に終わるなんて面白くない。だからきっと神様も……
そして、無邪気に微笑んだ。
アーギストは〈夜の京〉出身者だ。正確には、ビーカーから造り出されたホムンクルスだ。美しい夜に魅了された犯罪者が、アーギストを自分が目指した人間に作り上げようと試行錯誤したため、ビーカーに長年ずっと浮いていた。いつも、視界は黄緑色。目の前に浮かぶは自分が吐いた息。手が触れれるのは、冷たい表面。冷たい表面の向こう側、アーギストを造り出した犯罪者が優しく笑う。ただ、そんな優しくも穏やかな間柄が嬉しかった、それだけで良かった。けれど、美しい夜に魅了された別の犯罪者によって彼らのその日常は崩れ去った。その犯罪者から上手く逃げ仰せたアーギストは普通の人間として生きた。大好きな犯罪者が自分にくれた多くの知識と、人間のように作ってくれた全てを使い。そして、今日。彼は博士が常々言っていたところに辿り着いた。これは、アーギストにとってのシナリオであり、愛する世界にとってのシナリオ、そして、ボクを産み落とした愛しき博士へのシナリオ。
「(さあ)」
アーギストはナイフと短剣を構え、人物を見据える。人物は刀の切っ先をアーギストに向けている。アーギストは相手が動くよりも早く、人物に向かって滑り込む。小柄な体格を利用し、人物の懐に潜り込むと顎を殴るように短剣を振った。人物が後方に仰け反りながらそれをかわしてしゃがみこむと、アーギストの足元を狙って刀を振った。それをアーギストは後方にバク転しながらかわす。そして、両者は再び相手に向かって跳躍し、刃を合わせる。表情を表さない仮面がアーギストを静かに見つめる。アーギストはナイフを交差から素早く抜くと、人物の腹に突き刺した。人物は再び驚いたようだったが、片手に仕込杖の鞘の部分を何処からかともなく取り出すと逆にアーギストの腹に突き刺した。腹に来た痛みにアーギストが軽く呻く。人物は腹に刺さったナイフを容赦なく抜くと前のめりになるアーギストの背中に向けて、大きく振りかぶった。
が、その一撃は半分かわされた。アーギストの右腕に大きな傷が走る。アーギストが人物の腹に蹴りを放つ。痛みでもがく人物。人物がナイフをアーギストに振り、もう片方、刀を持つ手で腹の治療にかかる。鞘はいつの間にか消えていた。そんな人物を嘲笑うようにアーギストは、その人物の耳元で囁いた。相手の心に潜り込むように、真実だと思い込むように。確実に、正確に。その心に侵入し、掻き乱し、喰らい、絡め取れ。
「所詮、アナタも神様の玩具」
その言葉に、人物の回復する手が止まった。




