第八ノ世界:始まりは始まりで、
扉を開けて入って来たのは、可愛らしいエプロンドレスに身を包んだ少女だった。もっと正確に言えば、昨日、「すっごーい!!」と叫んでいた少女である。指を絡め合う少年と少女は彼女ー分かりにくいので、彼女とするーを見て、嬉しそうに笑った。彼女は手に薄いガラスのようなものを持っている。匡華達の方から見ると天井のライトの逆行で細かいところまでは見えなかったが、そのガラスには文字が書かれているように見えた。
「遅いよ」
「遅いよ~」
「ごめんね、ヘンゼル、グレーテル」
彼女はそう言って、この空間に充満する殺伐とした空気に合わない笑みを浮かべて、少年と少女の頭を撫でた。それに呆気にとられたように、千早がポカーンとする。それは匡華達もそうであった。村正の殺気も、この光景の驚いたためか引っ込まれている。彼女が二人の頭を撫でるのを止め、匡華達を見やった。そして、手にした薄いガラスのようなものと匡華達を交互に見る。なんとなくだが、薄いガラスのようなものには匡華達の誰かー匡華と千早しかいないがーの情報が書かれていると見て間違いなさそうだった。
彼女はニィと笑い、何処からか取り出したフライパンを匡華達に向けた。それには匡華達は面食らった。フライパン?!なんで?!それが武器とか言わないよな?!
「驚いているよ~愛し子」
「そりゃあ、フライパンが武器として出れ来ちゃあねぇ」
少女と少年が可笑しそうに両手の指を絡めながら云う。匡華達は驚いていたが、冷静さを取り戻し、武器を構える。
「殺るのかしら?」
千早がそう聞くと彼女はフライパンを口元に当てて、愉快そうに言った。
「殺るに決まっちゃってんじゃ~ん?『盲目』が食べなかったなんて、予想外だったけど~情報あるこっちの方が有利だしぃ~お菓子詰め込んじゃうぞ♪」
『盲目』と云う言葉に千早が眉を潜めたようだったが、それを気にする様子もなく、彼女はフライパンを千早に向かって投げた。それが合図となって少年と少女が走り出す。少年は大盾を匡華に向かって、頭上から振り下ろし、少女は両手に作った炎の球体を村正と鳳嶺に向かって投げつけながら、千早に迫る。
匡華は少年の大盾をかわすと小太刀を手首の上で回すと、小太刀の頭の部分で少年の腹を突いた。少年がかわせずにそれを受け、体を折り曲げる。匡華がそのまま一撃を加えようとすると、少年は手元に大盾を引寄せ、それを防ぐ。そして、一旦距離を取った。
村正と鳳嶺はそれぞれの武器で炎の球体を消すと、村正が少女に向かって駆け、鳳嶺が千早に向かう。千早は自身の能力でフライパンを壁際に弾く。が
「すっきあっり~!」
「?!」
目の前にいつの間にか彼女が迫っていた。少年と少女は囮か。鳳嶺はそう確信した途端、拳銃を容赦なく、彼女に向かって撃ち込んだ。千早は肌で感じた彼女の殺気に薄ら笑いを浮かべる。彼女は不思議そうにしていたが、耳元をかすった銃弾にその意味を理解し、手に持っていた小瓶を持ち直しながら、後退。ちょうど、少年と少女も後退して来、千早が再び、靄を展開させ、そこに鳳嶺が千早を守るように立ち、匡華と村正が互いの刃を合わせて構える。両者から凄まじい殺気が漏れる。ジリッと誰かの靴が音を上げた。その時
「はい、一旦ストップ」
空間が歪み、神様が現れた。せっかくの殺し合いを止められた彼女が、可愛らしい顔を真っ赤に染めながら怒鳴るように叫ぶ。
「なんで~!」
「……毒を盛ってはいけない、とは言ってないけれど」
彼女に冷たい視線を向けながら、神様は周りで苦しむ代表者達を見やる。表情がフードで読み取れない。神様は彼女を見やり、言い放つ。
「不愉快だぜ?場所を変える」
「ッ!神様!矛盾してr「黙れ、貴様には関係ない。口を出すな」」
神様に反発するが、神様の低く、凄まじい殺気に彼女は口を閉じる。そう、彼女の云う通り、神様は矛盾を言っているように聞こえる。「共謀戦でも構わない」と「一気に減る」のを喜んでいた。だが、この行動は「すぐに減るのを避ける」行動で矛盾していた。まぁ、神様の考えなんて誰も分からないのだから、ただの気紛れだろうが。
匡華も発言しようとした、が、それは叶わなかった。視界が歪んだのだ。そして、視界が正常になった時、匡華達がいた場所は闘技場ー神様にしてみれば実験場だが、自分達にとっては闘技場であるーだった。だが、普通の時ではない。闘技場の半分が黒く染まり、もう片面が本のページのような形をしていた。匡華と村正の世界でも、千早と鳳嶺の世界でもないとしたら、彼女達の世界をモチーフにしたと考えるのが妥当であった。驚く彼らに空中に浮かんだ神様が意気揚々と叫ぶ。
「さあ、思う存分殺し合え!!」
それに彼女が肩を一瞬落とし、手に持っていた小瓶を空中に投げた。そしてそれを片手でキャッチしながら、ガラスを取り出して、愉快そうに笑った。その近くでは少年と少女が両手の指を絡めながら、彼女と同じように笑っている。
「村正」
「ええ、分かっています」
キリ、と刃物同士を合わせ、匡華と村正は真剣な表情で構え直す。神様の考えがどうであれ、私達の目的は変わらない。自分達の世界を救うため、代表者を殺すのみ!
「鳳嶺、御相手をしてあげましょう」
「承知」
靄を手元に引寄せ、羽衣のように揺らしながら千早が言う。その言葉は真剣そのもので、それに答えるように鳳嶺も拳銃を構えた。
「名乗った方が面白いよね~きっと。隠し味っ♪」
彼女は楽しそうにそう笑って、小瓶を自身の頬に当てた。小瓶の中身であろう紫色をした液体が何処までも続く天井ーと云うよりは空かーの光で反射して見えた。彼女は情報が書かれているであろうガラスから手を離した。それに匡華達も神様も面食らった。だが彼女も少年も少女も気にしていないようであった。それほど自信があるのか、それとも情報を覚えたのか。匡華はそう思い、村正に向かって口角を上げた。それに村正も口角を上げ、彼は刀を握る手に力を籠めながら、殺気を放つ。
彼女は村正の殺気に脅え、その笑顔を崩したが、再び作り直し、ガラスを持っていた片手でスカートの裾を持った。決めポーズのようだ。そして、彼女と少年少女は隠し味と云う名の自己紹介を始めた。
「あたしはヘレーナ。〈御伽噺妖精〉の代表者だよ~ヨロシクね~…まぁ、すぐに、『盲目』は、あたしらの贄となるんだけどねぇ~お菓子詰め込んじゃうぞ♪」
フフっと愉快そうに笑って彼女は、ヘレーナは言った。名前を言った。際に小瓶の中身がポコッと変な音を立てて弾けた。
「ぼくはヘンゼル」
「わたしはグレーテル~」
「「愛し子の能力で現れた。愛し子に手出したら、食べちゃうぞ!」」」
少年と少女が指を絡めて言う。あの双子はヘレーナの能力で現れた、つまり鳳嶺のようなものかと匡華は思いながら、柄を握り締めた。
ヘレーナは刈安色のクルクルとしたツインテールで白いバンダナをしている。瞳は水色で、服は黄色いワンピースに可愛らしいエプロンドレス。両手首には水色のシュシュをしている。靴は薄茶色のローファーに白い靴下を合わせている。
双子のヘンゼルとグレーテルは紺色のショートヘアー。ヘンゼルは金、グレーテルは銀色の瞳をしている。ヘンゼルはボーイッシュ・ロリータの格好で、グレーテルはゴシック・ロリータ(スカートは短い)の格好である。全身真っ黒で、瞳だけが光っている。まるで黒猫だ。
相手が名乗ったのだから、こちらも名乗ならないと礼儀ではない。そう思った匡華は小太刀を構えながら、言う。
「〈シャドウ・エデン〉代表者、加護夜 匡華」
「同じく、言うのはしゃくですが村正と呼ばれています……とっとと、死になさい愚か者が」
呆れたように肩を竦めて村正が言う。彼から先程よりも凄まじい殺気が放たれ、ヘレーナと双子がビクゥと跳ねた。双子が指をさらに絡めた。
千早が片足を後ろに軽く引いて、羽衣のように纏った片手を胸元に当てて、ニッコリと笑って言った。
「〈吉原の華〉代表者、千早…盲目だからって、バカにしないでよね」
ニッコリと笑った千早の目は白濁していたが、怒っているようだった。よほど、ヘレーナの『盲目』が来たらしい。まぁ、彼女は気づいておらず、小瓶の中の液体を意気揚々と振っているが。怒っている千早を横目に鳳嶺は軽く首を振りながら、言う。
「同じく、能力により誕生た、鳳嶺」
さあ、これで全員が名乗った。神様は両者が相手を睨み付けたのを見て、愉快そうに笑った。
「Game start」
そう、足を組みながら小さく神様が呟くと両者は相手に向かって跳躍した。
…*…*…
何人もの代表者達が毒に苦しむ中、一人がゆっくりと足音と気配を消して立ち上がった。そして、苦しむ彼らを見回すと一番苦しんでいる代表者の方へ足音と気配を殺して近づいた。その代表者はソファに寝転がり、こちらに背を向けて苦しそうに悶えている。ソファの近くの床にはグラスが転がっており、中の水が床に広がっている。一人は、その傍らにゆっくりと、そのグラス付近に膝をつくと、懐から試験管を取り出す。グラスに残っていた微かな水に気づき、グラスを持つ。そして、その水を試験管に注いだ。試験管の蓋を閉め、それを懐にしまいこむ。辺りを見回し、誰も自分を見ていない事を確認すると、再び足音と気配を殺して広間を出た。
始まりまーす