第八十二ノ世界:絆
パシン、と湿布を勢いよく貼り付けられ、蜘蛛切丸が「イテェ!」と声をあげた。強く叩いた事に蜘蛛切丸は恨めしそうに彼を見上げた。それに夕顔はケラケラと笑うだけ。
「うーっし、着ても良いぞ」
夕顔の言葉に蜘蛛切丸が背中に貼りつけられた湿布や巻かれた白い包帯を横目に見ながら服を着ていく。此処は匡華の伯父・夕顔の研究室兼書斎だった。村正、祢々切丸はすでに治療が終わり、天井から床まで、四方八方覆いつくす本棚の、正確には部屋の中央に設置された二人掛けソファーに並んで座っていた。その前には匡華が妖艶に足を組んで座っていた。そこに、厚い、何十冊もの本で埋め尽くされた机の横に並べられた椅子から蜘蛛切丸が服を着ながら降りてくる。そして、兄達と匡華、どちらが座るソファーに座ろうかと迷ったのかキョロキョロと顔を左右に振った。結局、兄達の方にしたらしく、少し隙間が空いていた二人の間に座った。その仲良さげな光景に匡華はニッコリと微笑んだ。続いて多くの資料を抱えた夕顔がやって来た。先程の格好に白い白衣を身にまとい、その口にはいつの間に咥えたのか煙管がある。夕顔はソファーの間にあるローテーブルにドサッ!と資料を無造作に置く。ローテーブルの上につもっていた埃が微かに舞い上がった。そして、匡華の隣に勢いよく座り込んだ。その弾みで匡華が少しソファーの上でバウンドした。
夕顔によれば、治療した三人の怪我は完治するらしい。しかし、完治する前に付けられた傷は治らずに体に刻まれたままになると云う。蜘蛛切丸の顔の火傷の痕と痣も同様。それを治療前に聞いた三人は悲しそうに、憎々しそうにしていたがそれを夕顔は「いずれ完治させてやる」と言い切った。何故、そう言ったのかは三人には理解出来なかったが。
白衣をはためかせながら座った夕顔は、匡華と同じように足を組んだ。そして、組んだ膝の上に頬杖をつきながら、自身を落ち着かせるように灰色の煙を吐き出した。とりあえず、完治できそうな傷を治療され、安心したような三人の顔が目に入る。その安心した笑みが夕顔にとってはなによりの褒美だ。幸福、平和。ずっと続かないそれらが、一瞬でも訪れる時間が夕顔は好きだった。
「さて、何処から話そうか…『荒神』様?」
悪戯っ子のように夕顔が笑う。三人は怪我の治療と同時進行でこれまでの事を話していた。そこまでで匡華は三人を虐待した彼らに怒りを示し、だから警戒していたのかと納得していた。三人は、その事実を言った事でまた迫害されたりしないかと怯えていた。信じられるか、本当に不安だった。けれど、匡華の反応に自分達だけが異常ではなかったのだと少し安心し、匡華を信頼できた。しかしその一方、夕顔は匡華のように喜怒哀楽を素直に表す様子もなく、淡々と聞いていた。聞き終わった時は、匡華と同じ反応を示し、そして「やはりか」と何故か納得していた。その表情が不思議だった三人はそれを聞こうとした。
「なんで、ぼくたちの話を聞いた時、納得したような表情をしてたの?」
「嗚呼、それか。えーと、確か資料はっと」
祢々切丸の問いに夕顔はローテーブルで雪崩を起こした資料の中を手探りで探る。と、一冊の古びた本を取り出した。その本には色とりどりの付箋が貼られ、たくさん貼られたせいか厚い本は余計に厚くなっている。本をペラペラ捲る夕顔の隣で匡華は肩を竦めて、テキパキと資料をまとめている。すると、夕顔は見つけたのか、本のある見開きのページを三人に向けて、ズイッと差し出した。それを蜘蛛切丸が受け取り、村正と祢々切丸が覗き込む。そのページにはある三人の全体像が描かれており、その隣にはその三人の説明が描かれていた。
「それ、『天地の三神』。彼らは『荒神』最強。だがな、歴史は半分は合っていて半分は間違っている」
夕顔のその説明に三人は首を傾げた。彼は、何を言っている?夕顔の言葉に反応するように彼らの守護武器が音を奏でた。それに気づいた夕顔はクスリと笑った。
「んじゃあ、話そうか」
蜘蛛切丸の膝の上に資料である本を乗せたまま、夕顔が語る。匡華の腰にある小太刀に、白と黒の小さな蝶がうっすらと舞った。
「守護武器、正式名称『神を守護せし武器』。『荒神』全般が持つとされる武器であり、その血縁者、子孫が『旋律の燈』で誕生する際に炎の近くにいると持つ武器。守護武器は『天地の三神』もそりゃあ持っていた。彼らは、『創命』だと思うか?」
「そりゃあ、まぁ」
当たり前の事実に村正が戸惑い気味に答える。自分達が『滅命』であると実感するようで、苦しい。そんな彼らの様子に気づいた匡華が夕顔を肘で突っついた。彼はケラケラ笑いながら続ける。
「それはさっきも言ったように半分は合っていて半分は間違っている。『天地の三神』は、二面性を持つ。つまり、『創命』であり『滅命』であるんだ。それはつまり、『荒神』は全て二面性を持つと云うこと。だから、後から呼び出した異名で、後から分けた理不尽な理由で忌み嫌われ、疎まれる筋合いは『滅命』には一切ない。『滅命』を蔑ろに『創命』がする必要もない。けれど、彼らはその二面性を信じず、目の前の歴史に溺れた……これが、真実だ。『滅命』が迫害される理由は何もない」
「う……うそだ…」
その事実に、蜘蛛切丸の火傷の痕と痣に覆われた左目から大粒の涙が溢れ落ちた。真実を知ったからか、それとも今までの痛みが後になって襲ってきたのか。溢れ落ちた大粒の涙が、黄ばんだページに落ちた。目を見開き、驚いているのは村正も祢々切丸も同じだった。
『天地の三神』が『創命』『滅命』の二面性を持つ?全ての『荒神』が二面性?そりゃあ、『創命』も『滅命』も後から呼ばれ出した異名だ。だがその異名はいつしか、『荒神』を善と悪と二分し、最初から『荒神』には二種類いるように認識されていた。その事実が、根底から覆された。自分達が、迫害される理由がないことに、胸を撫で下ろした。
その証拠を示すように夕顔は蜘蛛切丸の膝の上にある本を、軽く身を乗り出して指先で弾いた。
「此処にあるのは、俺が調べた『天地の三神』の実態。彼らは最強と呼ばれていた時代、唯一ただ一人を主と認め、その主のために生涯を貫いた。その主の願いは、"どういう形であれ、世界を救ってくれ"………此処まで云えば分かるか?『創命』と思われた彼らは暴走して自ら『荒神』となり、最期の最期まで良心を貫いたのではなく、その唯一の主のために動いた。その行為が奇しくも『荒神』を二分する結果に至っただけの事。いや、わりぃのは、のちの人間か。勝手にそう思い込んだんだからな。歴史の裏に隠された真実に気づかずに、歴史のみを重んじた……人間が犯した罪滅ぼしのために。それが後世でどれほどの血を流すことになるかも知らなかった」
村正が夕顔が示したページの文字を指でなぞった。そこには彼の言う通りの事が書かれていた。自分達が信じていた歴史が本当は違っていて。自分達は『滅命』だからと怯える必要はなくて。それでも『荒神』で。そう考えるとあんなに恐れていた事が、大丈夫な気がした。
チラリと覗き見た匡華はニッコリとこちらに笑いかけた。匡華は、この事実を知っていたからこそ、自分達を救いに来たのかも知れない。普通なら真実を知っていたとしても恐れるであろう自分達を、命懸けで救おうとしてくれた。その事実がなんだかくすぐったくて、嬉しかった。
「んで、守護武器に至っては『荒神』全員が持つのはほぼ確定。『神を守護せし武器』は自身の色の光で守護相手、主を包むことによって意思を伝える。守護武器が、力を与えたりする場合や能力に混じる場合もある……ほら、『神を守護せし武器』ども、いつまで黙ってんだ?さっさと守護相手に意思を伝えな」
「?なに言ってるの?」
夕顔が呆れたように笑い、煙管を吸う。それに怪訝そうな表情を見せる祢々切丸。と、その時、村正を黒い光、祢々切丸を水色の光、蜘蛛切丸を蜂蜜色の光が暖かくも優しく包んだ。途端に誰かに耳元で囁かれた気がした。「大丈夫」「それが真実」「ずっと守る」。その声は聞いたことがあり、それでいて懐かしい感じもする。するとその光が三人それぞれ違う場所を包み出した。そして、光が柔らかく波紋のように広がり消えた時、村正の髪の結び目には白と黒、華がついた簪、祢々切丸の左耳に三つ球体が連なった髪と同じ色のイヤリング、蜘蛛切丸の顔の左半分を覆う白い布がそこにあった。彼らはそれらを震える手で触りながら、嬉しそうに微笑んだ彼らには分かった。聞かなくても、言わなくても。嗚呼、『神を守護せし武器』である彼らと意思がひとつになった。生まれた時から、傍らにいた彼らと。兄弟で友人で仲間であった彼らと同じように、いつも傍らに寄り添っていた彼らと。蜘蛛切丸に至っては勲章であるものの醜い怪我を隠せるのが嬉しいのか、先程流した涙をそのままにして兄二人を見上げた。村正が簪を妖艶に振りながら、祢々切丸がイヤリングを揺らしながら弟の頭を撫でた。
と、村正は何故、夕顔は守護武器、『神を守護せし武器』の言葉が分かるような言い方をしたのだろうと思った。その疑問を投げ掛けるように夕顔に視線を向ける。すると彼は匡華を振り返っていた。匡華はいつの間にか立ち上がっており、その手には何処から持ってきたのか小さな箱がある。匡華からその箱を受け取りながら、夕顔は本と入れ替えにその箱を三人の前に押し出した。表面がガラス張りでできており、真新しい木材で覆われている。箱の中には扇の形をした片耳のみのイヤリング、草の模様が描かれたサークレット、そして、琥珀が埋め込まれたペンダントが赤い布の上に規則正しく鎮座していた。三人がそれを不思議そうに見た途端、三人の頭に電撃が走った。しかしそれはすぐさま消えてしまったので、三人は箱に集中した。その一瞬の出来事に気づいた夕顔はやはりか、と口角をあげて笑った。が、それに気づく者はいない。
「これは?」
「『天地の三神』、霧雨、草薙、槌守が身に付けていたと云う『神を守護せし武器』との繋がりであり彼らが唯一認めた主との繋がりさ」
「そんなものをなんで持ってるんですか?」
村正の問いに匡華はソファーに座り直しながら、伯父・夕顔を見た。彼は煙管を吸いながら匡華に続けろと促す。
「私が見つけたんだ。屋根裏部屋でね。幼い私にはそれがなんなのかわからなかった。しかし、伯父さんに渡したらこれは『天地の三神』が身に付けていたものだとわかってね。そこから伯父さんは気が狂ったように歴史を洗い出したんだよ」
「狂ったは余計だ、匡華。お前の能力専用武器作ってやったの誰だと思ってんだよ」
クスクスと笑う匡華にふてくされた夕顔。夕顔は煙管をふかしながら、その先っぽで匡華を示した。
「匡華がその遺品でもあるそれを見つけてくれなければ、俺が洗い出しをする決定的な理由を見つけられなかった。礼を云うなら、匡華に言えよ」
「ありがと」
「ふふ、幼い頃に遊んで見つけたものが貴方達を救う事になるなんてね」
柔らかく、素直に笑ったその匡華の笑みに三人は確信した。何処かで思っていたはずだった。確信がなかったのかもしれない。この時、三人は匡華を完全に信用、信頼した。闇から抜け出し、光へ、今三人は、匡華に手を引かれて沼のような闇から抜け出した。抜け出す背中を『神を守護せし武器』が、夕顔が、押した。
「ん?ってことは……き、匡華の伯父さんがこの後の歴史の本当の真実を見つけたのか?」
蜘蛛切丸が箱を匡華に返しながら言う。匡華は蜘蛛切丸に名を呼ばれて、キョトンとしていたが口元を綻ばせて笑った。その様子に夕顔も笑いながらその問いに答える。
「まぁ、そうだな。ほとんどの真実は俺が掘り返した……いや、戻した、か。決定的な理由も証拠もなかったからな」
「……きみは、ただの研究者?よく此処まで調べたよね…」
祢々切丸が周りを見渡しながら言う。これほどまでの資料を何年かけて集めたのだろう。祢々切丸の問いに夕顔はクスリと笑い、灰色の煙を先程よりも多く吐き出した。その灰色の煙に混ざって、キラキラした何かが見えた。それは能力か。気になった蜘蛛切丸が白い布をはためかせながら、夕顔を興味深げに見上げた。夕顔はニヒルに笑いかけた。
「俺が歴史を訂正し始めたのは数年前。その前から、戻すために動いていた。俺は、所謂、第一人者。俺を知る奴……歴史を重んじ、陰の部分を見ない者を抜かし、訂正を促す者、訂正を見つめる者は俺をこう呼ぶ。間違っている歴史の訂正、真実の歴史を世に呼び掛け、直すよう叫んだ第一人者、『歴史鑑定師』とな」
最後はまるで他人事のように夕顔は言った。そして、全てを見透かすように瞳を細めて、三人を見た。
「坊主どもは、此処にいろ。まだあいつらが狙っているとは限らn……ハハッ!なんだよ、いつの間にそんな強い絆を結んだんだ?」
夕顔は首を傾げる三人と匡華を喉の奥から絞り出したような声で笑うと立ち上がった。そして、いまだ夕顔の言ったことが理解出来ていない彼らに背を向ける。
「伯父さん?」
「いや?」
細い指先で煙管を口から離し、彼らを一瞥しながら夕顔は歩き出す。不思議そうに首を傾げる彼らを置き去りに。煙管を振りながら夕顔は云う。
「坊主ども、匡華と話でもしてな。飲みもの、持ってきてやっから」
そう言って夕顔は部屋を出て行った。両者、お見合いをしているような緊張感に苛まれながら、視線を合わせた。そして、匡華があの時とは打って変わって、躊躇気味に口を開いた。その様子は、なんとも初々しく、可愛らしかった。
この後、十数年にも及ぶ…いやそれよりも続く、長くも強く太く、優しくも暖かく、そして美しい信頼と信用、絆が結ばれるのを今の彼らには知るよしもない。
こうして生まれたのはいつまでも続く、兄弟で友人で仲間の三人と彼らを救った白銀との絆。そして、新たな未来。
『さあ、そろそろ目を覚ましな』
説明ムズいです…わかんなくなったらスルーですよいつも通り…




