第八十ノ世界:乱
三人は村を抜け出し、何処までも何処までも走っていた。自分達を害する者がいないところを目指して、ずっと。『滅命』である彼らを殺そうと何度も『創命』達が正義を盾に襲ってくる。それを傷が治りかけ、比較的大丈夫な村正が対応した。いつまでも、生と死の狭間でさ迷いながら、彼らの心は歪んで行く。歪まないように頑張るだけで、体にはどんどん傷が増えて行く。そんな日が、何日も何週間も続いた。
三人の真ん中には燃え盛る炎がある。そして、いる場所は深い森で今は夜、時間は不明。夜空には美しく輝く月と星が瞬いている。燃え盛る炎を中心に三人は座り込んでいた。蜘蛛切丸は顔の左半分が時たまに痛いのか、隣にいる祢々切丸の服の袖を痛々しげに握り締めている。能力でつけられたせいか否や、痛む彼を見、祢々切丸が心配そうに蜘蛛切丸の痛みを和らげようと彼の頭を優しく撫でる。そんな二人の傍らには寄り添うに守護武器が置かれている。そんな二人を見ながら、村正は刀を握りしめる。いつまで、逃げ続ければ良いのだろうか。自分達は、いつまで人を信じられないでいるのだろうか。自分達は、いつまで『滅命』として抗わなければならないのだろうか。もう、色々限界で、恐ろしくて、怖かった。
すると、それを感じ取ったように祢々切丸が口を開いた。
「……大丈夫だよ」
「うん、わかってる。三人でいれば、どうにかなるよな」
「そうですよ。僕達の関係を忘れてはいけませんよ?」
「ハハッ!わかってる兄さん」
静かな夜に楽しそうな笑い声が響き渡る。地獄であったあの時に比べれば、どうってことない。三人でいれば、きっと大丈夫。
その時、森の木々が揺れた。風で揺れたわけでもなければ、気配で揺れたわけでもない。ガタッと武器が大きく揺れたのが、確証でもない。でも、肌で感じた風のようなものは、明らかに三人を警戒させた。三人は素早く立ち上がると武器を引き抜く。三人が向ける視線は、彼らがいるところから森の奥深く。牢屋の外の闇のように何処までも真っ暗。その暗闇を睨み付けていると、カツン……と小さな音が響いた。その音に三人の体に緊張が走る。カツン、カツン、と靴の音であろうものが、リズム良く奏でられる。そして、暗闇から姿を表したのは、美しいほどの白銀の髪を持った人物だった。腰にはこれまた美しい小太刀を帯刀し、中性的な顔と容姿なため、男か女かは判別できない。暗闇から現れたその人物は、三人の姿に目を見開いた。こんな夜に、真夜中に何をやっているのだろう。敵か?そう三人の心中を埋める疑心と警戒。静かな空間が暫し、彼らの間を支配した。人物がようやっと口を開いた。
「貴方達は、誰だい?」
「誰だと思います?」
鈴のように響く声に、村正は緊迫感を孕んだ声で答えた。人物はその目を細め、彼らを観察する。そして三人が怪我をしていることに気づくと驚愕し、声を荒げた。
「怪我してるじゃないか!?」
「……そう言って、油断させる気?」
「は…?何を言っているんだい?貴方は」
「そのままの意味だよ」
人物の心配そうな表情と声に祢々切丸は嘲笑うように言い放った。そう、今まで三人を殺そうとしていた者達は「怪我」「大丈夫か」と言いながら近づいて来た。自分達に警戒されぬよう、「傷の手当てをしよう」と言いながら、心配そうで優しい笑みを浮かべながら。最初は素直に信用しそうになった。しかし、その瞳に宿る憎しみや怒り、憎悪、殺気は隠せなかった。そして、なんとも間抜けな武器の隠し方。それらで彼らは見破ると、相手を自分の範囲内まで引き寄せ、武器を抜き放った。相手が混乱、驚愕し、手元が狂っている隙に片を付けて来た。大人数の場合は、できるだけ森の木々に身を隠し、気配を消した。そうして、やり過ごして来た。そして、突然現れたこの人物は、今まで彼らを殺そうとしてきた輩と同じ事を言った。信用してはならない。そう、誰かが囁く。
人物は三人の異様な様子に首を傾げる。が、暫く考えて何か辿り着いたのか、帯刀している小太刀に手を伸ばした。その行動に、地面を軽く蹴って村正が素早く跳躍し、迫る。そして、刀の切っ先を殺気を放ったまま人物の首に突きつけた。刀を小さな黒い蝶が優雅に舞う。三人分の背筋が凍り、後退りたくなるような殺気にも、首に当てられた切っ先にも人物は物怖じしない。その時、カタン、と音が足元でなった。村正や祢々切丸、蜘蛛切丸が人物を警戒しながらその音の正体に目を向ける。
「え?」
蜘蛛切丸の呆気にとられた声が響く。音がした正体、それは地面に落ちた人物の小太刀だった。人物は自らの手で小太刀を外したらしく、腰辺りには小太刀を括っていたと思われるものが寂しく揺れていた。何故、自ら危険に飛び込むような馬鹿な真似を?そう微かに混乱しながら、彼らは人物を睨み付ける。三人の視線に臆す事なく、人物は真っ直ぐに薄い桃色の瞳を向けている。今までにない、純粋な、真っ直ぐした瞳。その瞳を目の当たりにしていた村正の柄を握る手が一瞬震えた。村正は柄を持ち直し、鋭い視線を人物に向ける。蜘蛛切丸が人物に怪訝そうに問う。
「なんで、武器を?」
その問いに人物は優しく笑う。
「ふふ。それは貴方達がよく分かっているんじゃないのかい?」
そう言われて、心の中を見透かされている錯覚に陥った。この人物は、今までとは違う?いや、そうやって油断させようとしているだけなのかもしれない。そう疑心と警戒に揺れていると人物が言った。
「私は、貴方達が何故そうも警戒し、怯えているのか理解は決してできないだろう。知り合いでもないし、今会ったただの赤の他人なのだからね。それでも、私は引き寄せられた」
「……引き寄せられた?何、言ってるんです?」
人物のその言葉を村正がオウム返しする。不思議な人物の言葉に村正の柄を握る手に力が入る。人物はこんな状況にも関わらず、愉快げに小さく笑う。すると、人物を小さな白い蝶が包んだ。しかし、それは透明で、何か害を与えてくるようには到底見えない。途端、三人の体に電撃が走ったかと思うと能力の片鱗が現れた。村正の刀に舞っていた小さな黒い蝶は刀から村正に移り、黒い光と共に人物と同じように包んだ。祢々切丸を水色の光が包み、彼の手に透明な球体が舞い降りた。蜘蛛切丸を蜂蜜色の光が包み、彼の困惑した感情を表すように朱に近い赤色の線があったり消えたりと周りを刻み動いている。自分が望んでもいないのに能力の片鱗が現れた。それは、人物が言っている通りだからなのだろうか?だが、それでも、疑心は消えない。三人を捕らえる手は、三人の感情までも支配しようとする。嗚呼、そんな事、望んでいないのに。
「そのままの意味だよ。その理由は、私にも貴方達にも到底理解できないのだろうね……貴方達に何があったのかは分からない。けれど、」
「?!」
突然、その人物は突きつけられている刀に向かって一歩前進した。切っ先が人物の首に食い込む。軽く食い込んだだけだったが、軽く血が滲む。そして、人物は村正の持つ刀に手を置き、掴んだ。鋭利な刃物を掴んだため、人物は痛みに顔を歪めた。手元から血がポタポタと滴り落ちる。人物は驚愕のあまり目を見開く村正を見やると、ニッコリと笑った。突然の、命知らずの馬鹿な行動に驚く以外に反応できなかった。蜘蛛切丸が応戦した方が良いのかと思い、一歩足を踏み出しかけた。が、それを村正と祢々切丸が目で制止した。疑心が晴れた訳でもない、信用した訳でもない、敵か味方か。いまだにその間。だが、三人の心は揺らいでいた。今までの、自分達を殺そうとしてきた者達とは一味も二味も違う。人物は真剣な、語りかけるように言う。
「私は、貴方達の味方になろう。それでも疑うならば、この刃を心臓に突き刺せば良い」
真剣な、真っ直ぐな、嘘を言っていない瞳が村正を、祢々切丸を、蜘蛛切丸を射ぬく。なんで、なんで、こんな殺気を露にした赤の他人を気遣うの?引き寄せられたから?怪我をしているから?こんな異常な状況で出会ったから?嗚呼、意味が分からない。いや、理解しつつも、理解が追い付いていない。
「なんで…なんでそんなに僕達を気にするんです?引き寄せられたから……?あんたは、なんですか?」
村正の人物を見る目が揺らぐ。武器を構えていた祢々切丸と蜘蛛切丸も村正と同じだった。この人なら、この答えによってなら、自分達はずっと信じられなかったこの手を掴み、鎖を、杭を、なくすことが出来る。自分達を、受け入れてくれる。そんな気がした。そして、三人の耳元で何処かで聞いたことのある懐かしく、優しい声が「その人を殺してはダメ」「その人は君達の味方」「その人は受け入れてくれる」と囁く。大丈夫、大丈夫だよ、と。人物は村正の少し泣きそうな表情にクスリと笑うとこう答えた。
「ただの人だよ。貴方達と同じ」
その言葉が、欲しかったのかもしれない。人物が刀から手を離すと、村正が刀をおろし、納めた。それと同時に祢々切丸も蜘蛛切丸も武器をおろし、納め出す。その行動に人物は少し混乱している。蜘蛛切丸がトトト、と村正に近寄ると、もしかすると左半分の怪我を見せたくないのかもしれないが彼の背中に微かに隠れた。そしてその状態のまま人物を見上げた。そんな二人のもとへ祢々切丸もゆっくりと歩み寄る。首と手のひらから静かに流れる血は、彼らの時間を表していた。三人と人物の能力が美しく、優雅に、妖艶に、鮮やかに、混ざり合い、彼らの周りを舞い踊る。能力の片鱗は、互いを互いに殺すことなく、互いに互いを高め合い、共鳴する。彼らの能力全てが混ざり合うとそれは白と黒の小さな蝶となって、彼らを優しく包んだ。そして、その蝶々は人物と村正に吸収された。それを見送り、蜘蛛切丸が人物の様子を伺いながら言う。
「……オレらが、化け物だとしても?」
震える声。それに人物は心配するなと言いたげに、柔らかく蜘蛛切丸に、三人に笑いかけた。
「私は、貴方達を受け入れよう、受け止めよう。無理にとは言わないよ。ゆっくりと、こちらにおいで」
紅く染まった手ではなく、血が通った温かくも優しい手を三人に向かって差し出した。こちら、とは云わなくても分かる気がするのは何故だろう。貴方の手を取れば、闇から抜け出して、光に行ける気がした。村正は、祢々切丸と蜘蛛切丸と顔を見合わせると、緊張気味にその手を取った。ギュッと、確認するように手を握る。すると、人物が落とした小太刀を拾い上げながら村正の握ったままの手を引っ張って、何処かに歩み始めた。それに驚きながら村正がついて行き、祢々切丸と蜘蛛切丸もついて行く。
「え、あの…」
「怪我の手当てをしよう、ちゃんとね。話はその後」
村正が困惑気味に聞くと、人物はニッコリと笑いながら振り返った。そして、告げる。
「私は加護夜 匡華。よろしく」
美しい白銀が、月光を浴びて、星のように、キラキラと輝いた。
今日で!過去編を!終わらせます!




