第七十八ノ世界:痕
「やだ……やだやだやだ!離せぇええええ!!」
恐怖と怒りで絶叫する蜘蛛切丸の声が聞こえる。しかし、その声がする方向に行く事は出来ない。だって村正は先程まで、やって来た村人達全員の暴行を受けていたため、床に横向きになって倒れていたのだから。顔に冷たいコンクリートの感触が当たり、頬からその冷たさが伝わってくる。大柄な男達に、動かないようにと両肩に力を入れられ、無理矢理のように膝をついている蜘蛛切丸が霞む視界の中にうつる。両腕を後ろで押さえられ、抵抗しながらもその瞳には強い意志を宿していた。村正の近くには祢々切丸がおり、蜘蛛切丸を助けに行こうとしているが、足枷がそれを阻む。
「くそっ!邪魔なんだけど…」
祢々切丸が苛立ちを表すように舌打ちし、足枷を忌々しげに見た。
こうなったきっかけは、なんだったか。村正は頭を強く打った代償か、よく覚えていなかった。けれど、暴行を受け、ぼろぼろになった村正の前に、蜘蛛切丸が立ちはだかり、その朱に近い赤の瞳で力強く言い放ったのは覚えている。
「オレの兄弟に手を出すな!」
なんとも、頼もしい背中だと思った。逆に、自分はなんて頼りないとも。そしてそこに加勢するように祢々切丸も立ちはだかった。
「抵抗できないとでも、思った?」
ピン、と糸を張り巡らせたような緊張感が場を支配した。両者どちらとも言えない、憎しみと憎悪と怒り、全ての負の感情が複雑に絡み合ったような視線が交差する。その時だった。突然、蜘蛛切丸が二人の視界から消え、何故か村人達の手中にいたのだ。驚く二人と意図も簡単に捕らえられた蜘蛛切丸に村人達は得意気に説明した。
「わかれた世界は、俺達に能力を与えた」
その事実を、三人は知っているはずだった。いや、村人達も自分達も使わないためにその存在を無理矢理忘れていたのだ。しかし、今、自分にその能力で蜘蛛切丸を助ける事は不可能だった。だって、能力を使った事がなかったから。どうすれば発動するかも、どのような効果を持つのかも、ずっと捕らえられた三人にとっては、親にも似た守護武器を取り上げられた彼らにとっては、能力なんて未知の存在だった。だから、その能力で蜘蛛切丸が目の前から消え、手の届かないところで自分達の身代わりのように耐えているのが苦しかった。村正は、無意識のうちに黒く塗られた爪が輝く手を伸ばした。ボゥ!と手を伸ばした方向で赤い炎が一瞬あがった。祢々切丸の苦痛にも似た悲鳴がもれる。暴れて抵抗する蜘蛛切丸が、二人の方を見た。そして、大丈夫と言いたげに歯を見せて笑ったのだ。蜘蛛切丸の顔の左半分。その凄まじさを目の当たりにした途端、村正の心臓が大きく脈打った。
それは、祢々切丸も同じで。手に取るように相手の心情が分かった。自分が、暖かくも優しい光に包まれているのも。それを見た村人達の顔色が変わった。今までに見たこともないほどに、サーッと血の気が引いていく。村人達の目には、蜘蛛切丸の目には二人はこう写っていた。黒と水色の光をその身に纏った二人の『荒神』、と。村人達は口々に何かを言いながら一目散に牢屋から逃げて行った。忘れればいいものを、ご丁寧に鍵まで締めて。村人達がいなくなると、その光は薄くなって消えた。蜘蛛切丸は痛む体を懸命に動かしながら立ち上がる。その時、自分にもあの二人が感じたものが来た。心臓が大きく脈打った。暖かくも優しい蜂蜜色の光に包まれる。しかし、それは一瞬だった。蜘蛛切丸はふらつきながらも二人の元へ滑り込むように倒れ込んだ。そんな蜘蛛切丸を祢々切丸が床にぶつかると云う寸でのところで受け止める。村正が片腕を使って、起き上がりかけるが傷が酷いのか、完全に起き上がれなかった。村正は蜘蛛切丸を見、心配そうに顔を歪めた。
「蜘蛛……ごめんなさい、僕が弱いばっかりに……」
泣きそうな顔でそう言えば、蜘蛛切丸は少し怒ったように言い放つ。
「……なに、言ってんだよ。オレが、したくてしたことだし。それに、兄さんを守れて、オレは嬉しいし……勲章だよこれは」
「……ははっ、本当、蜘蛛は格好いい、頼もしいですね。ありがと」
ゆっくりとした手付きで村正が蜘蛛切丸の頭を撫でる。それに蜘蛛切丸は、気恥ずかしそうに、微笑んだ。その蜘蛛切丸の顔の左半分は、痣と恐らく能力で行ったのであろう火傷の痕だらけで、とても痛々しかった。それでも、勲章だと笑う蜘蛛切丸。強いと云う他なかった。祢々切丸はそんな二人を見て、諦めたように笑った。
「本当、素直じゃないんだから」
「祢々に言われたくはないです」
「同じく」
「………なんだって村正、蜘蛛?」
楽しそうな笑い声が響き渡った。彼らは、それぞれの困難を乗り越えて、繋がっていく。誰にも壊せない、絆を作っていく。だから、ずっと溜め込んでいた感情が爆発したのは無理もないのだ。
…*…*…
三振りの刀剣が飾られたあの部屋。三振りはいまだにガタガタ、ガタガタ!と震えている。その部屋には村長以外に三人の人物がいた。村長の息子である男性と和服に身を包んだ女性、そして狂ったような笑みが特徴なあの若者だった。三人全員、村正達に暴行、暴言を加えた筆頭、中心的人物である。
「能力を、使ったか…」
村長が忌々しそうに言い放つ。それに三振りが何か言いたげに震える。それを少し怯えたように眺めた後、女性が言った。
「今までは能力を使うと云うことをいたしませんでしたものね……お義父様、此処はしょうがありませんわ。殺してしまいましょう」
女性の言い分に男性と若者が驚いたように彼女を振り返った。村長は何も言わずに三人を見守っている。
「殺すって~本当にぃ?」
「ええ。今までは能力を使用する前に殺せていました。けれど、今回は違います。大事を取って、残念ですが抹殺した方が」
「おい、でもよ。まだあの方が来てないんだぞ?あの方に指示を仰いだ方が確実だ」
「しかし!それでは遅すぎますわ!あの方が来るのに何日かかると思って!?」
女性と男性が言い争っているのを横目に若者は見ていた。が、村長の後ろに突然現れた人物に口をあんぐりさせた。村長に至っては、その事実を知っているのか微動だにしない。若者が気づかずに言い争そう二人の肩を叩き、見ろと促す。それに二人がなんだ?と若者を訝しげに見た後、彼が示す方向を振り返った。そして、彼と同じようにあんぐりとした。村長の後ろにいるのは、彼らが話していたあの方。その人物は、ニィと口角をあげて笑う。任せておけと、言わんばかりに。その人物を威嚇するように三振りが、先程よりも激しく震えた。「彼らに手を出すな」と言わんばかりに。
話多いです…自分でいう




