第七十七ノ世界:証
あの日、刃物でつけられた傷は、やはり治りが早かった。しかし、完全に治る前に上書きとでも云うように暴行が来るので完全に治ることはなかった。そして、何日、いや何十日、何週間をも暴行を加えられた際、村人達は三人を悪役や『滅命』よりも呼びやすさ重視の記号と云う名の名前で呼んでいた。もちろん、そんなものがあっても、三人は決してその名で呼び合う事はなかった。だって、自分達にはすでに通称があるのだから。
そんなある日。パラパラと用事がある、とでも言いたげに散りながら帰って行く村人達を憎しみと憎悪と怒りで睨み付ける村正。村正は壁に体を寄りかからせており、片肩を押さえていた。口元から伝って来た血を手の甲で拭う。その時、彼の方へ何を云うわけでもなく、祢々切丸がやって来ると隣に座った。祢々切丸の背中に出来た傷は、誰かの存在を主張するように大きな切り傷となった。いつになったら、この傷全てが治るのか。いや、永遠に来ないのかもしれない。
「なぁ、なんか見つけた」
と、蜘蛛切丸が片手に白い容器を持ってやって来た。その途中に血が混ざった痰を吐き捨てる。村正が蜘蛛切丸に向かって手を伸ばすと彼はその容器を彼に渡した。恐らく、村人達が落として行ったものだろう。村人達が落としたからと云って取りに来るとも思えない。仮に取りに来たとしても、これがなんにせよ、今後使うとは到底思えない。自分達を暴行し、正義だと豪語している場所に落としたものを使う、あの村人達はしないだろう。それに、容器がなんなのか、そちらの方が三人は気になっていた。蜘蛛切丸が祢々切丸と反対側の、村正の隣に座ると祢々切丸と共に白い容器を興味津々に覗き込んだ。その容器は丸く、切れ目があるところを村正が左右反対方向にずらすと、開いたようだった。村正が上の蓋を外し、自分の前に置く。その中身は
「………黒」
「なにこれ?」
「なんでしょうねぇ」
黒一色だった。何か液体のようで左右に少し傾けると、小さな波が出来る。三人して、なんだこれ?と首を傾げる。祢々切丸が村正が置いた蓋を手に取り、裏返してみた。そこには組み立てて使うのであろう小さな小筆が取り付けられていた。それを不思議そうに眺めながら、組み立てて行く。すると、少し長い筆のようなものが出来た。先っぽがマニキュアを塗る先っぽに似ている。
「兄貴、それは?」
祢々切丸がその問いに振り返るといつの間にか、二人が自分を見ていた。それに少し驚きながら、組み立てたものを見せる。
「……筆?」
「マニキュアのやつっぽいよ」
「じゃあ、これマニキュア?」
蜘蛛切丸が祢々切丸の返答を聞き、そう答える。えー、と半信半疑で蜘蛛切丸が容器を覗き込む。村正も半信半疑のようで祢々切丸の持つものを怪訝そうに見つめている。しかし、ずっと見ていたってどうにもならない。そう確信した村正と祢々切丸が容器に全てを仕舞おうと動き始めた。のを、突然、蜘蛛切丸が止めた。
「なぁ、これがマニキュアだったとしたらさ、オレらの爪に塗らね?」
そう、何も塗られていない綺麗な円形をした爪を見せながら言う。その表情は、興味津々というのと、ワクワクとした楽しそうと云うのが混ざっていた。それに二人は顔を見合せると片付け始めていた手を止めた。蜘蛛切丸に倣うように村正が自分の何も塗られていない爪を眺める。
「それって、お揃いって事ですか?」
ポツリと言った村正の言葉に蜘蛛切丸が目をキラキラと輝かせながら、「しよう!」と頷く。それを見て祢々切丸が優しく笑いながら言う。
「いいかもね、お揃い。お揃いというよりも証かも」
「?どういう事?兄貴」
「嗚呼、なるほど。そうですね」
祢々切丸の言葉に首を傾げる蜘蛛切丸がいる一方、理解した村正がいる。一人、理解できずに仲間外れにされていると感じたのか蜘蛛切丸が不機嫌そうにムッスーと表情を崩した。その表情にクスクスと笑いながら、教えるから拗ねないで、と村正が彼の頭を優しく撫でる。祢々切丸に至っては、何がツボだったのか口を押さえて笑い声を漏らさないように必死だ。しかし、体は素直に笑いで震えている。それも見えている蜘蛛切丸は、ちょっとした抵抗で頭を撫でられてもムッスーとしている。だが、やはり撫でられるのは嬉しいのか、徐々に顔は緩んで行き、恥ずかしそうに微笑んだ。村正が蜘蛛切丸の機嫌が治ったのを確認し、祢々切丸を振り返るとタイミング良く、笑いを納めていた。逆に今度はそれが蜘蛛切丸のツボにはまったらしく、笑い出す。それにつられて、二人も笑い出し、説明する以前に楽しそうな三人の笑い声が響き渡った。一生続けばいい、そう思うような、三人の時間。
暫く、笑った。笑い止まったのを確認して村正が蜘蛛切丸に説明を始めた。
「僕達は兄弟で友人で仲間でしょう?同じ出生で、同じ道を歩んでいて、同じ守護を持ち、同じ血をその体に通わせた、普通とは…いえ、兄弟ともまた違うかもしれませんね。それでも僕達は兄弟。その証は、何もない。目に見えない絆だけ。それでも僕達は繋がっているでしょう?そんな証、欲しくありません?」
村正の言葉に蜘蛛切丸は、ゆっくりと彼の言葉を噛み砕いた後、うんと頷いた。それにニッコリと笑う村正と祢々切丸。祢々切丸は手に持った筆をくるりと指の上で回すと、村正の手から黒一色のマニキュアを取る。
「んじゃ、証作り、しようか」
…*…*…
「おーすっげぇ!」
蜘蛛切丸が黒に塗られた両の爪をキラキラとした眼差しで眺めながら言う。その隣では同じく黒に塗られた両の爪を興味深そうに眺める村正がいる。祢々切丸の爪も綺麗に塗られており、壁に取り付けられた蝋燭の明かりで三人の爪が妖しく、妖艶に煌めく。蜘蛛切丸がその証を嬉しそうに微笑みながら二人に言う。
「これで、オレらは兄弟だな!兄さん、兄貴!」
嬉しそうに笑いながら、蜘蛛切丸が二人の兄に抱きつく。足枷の鎖が現実に引き戻すように、ジャランと鳴った。二人は蜘蛛切丸を心良く受け止める。蜘蛛切丸が両手を二人に伸ばすと村正は彼の左手を、祢々切丸は彼の右手を握った。そして、村正と祢々切丸が残った片手を繋ぐ。三人の、それぞれの思いが詰まった、全ての、兄弟の証が此処にあった。それぞれ、繋いだ手を絡めれば、本当に大丈夫な気もしたし、離れていてもずっと一緒な気がした。
「ふふ、証って良いものですね」
「はは……見えなくても、見える繋がりがある。ぼくたちは、一人じゃない」
祢々切丸の言葉に二人が同意するように頷いた。ふと、村正が牢屋の外を横目に見やった。深い闇。あの奥には、何があるのだろう?自分達が此処に捕らわれた本当の意味が分かるのだろうか。
「兄さん」
そう考えていた事が伝わったのかもしれない。蜘蛛切丸に呼ばれて村正は顔をそちらに向けた。大丈夫、と云うように素直に微笑む蜘蛛切丸と柔らかく微笑む祢々切丸。それらに村正も笑い返す。
今は、このままで。
あー可愛いよ兄弟可愛い……わちゃわちゃしてる兄弟好きです…だからかな、兄弟キャラが多くなるのは……(諦め)




