第七十一ノ世界:包まれる
逝ってしまった二人の顔は、寝ているように穏やかで安らかだった。村正はゆっくりと立ち上がると頬を伝っていた涙を乱暴に手の甲で拭った。
「匡華」
「嗚呼、生き残ろう」
匡華が村正の言葉を受け継ぎ、言う。匡華がおもむろに村正に手を差し伸べた。それに村正は一瞬、目を軽く見開いたが、すがり付くように掴んだ。友人を亡くした二人の心情は計り知れない。と、クルリと匡華が方向転換し、部屋を出ようとする。手を繋いでいる状態なため、村正は匡華に引っ張られる。二人の亡骸を、扉の前で二人は振り返った。振り返った拍子に匡華の目尻に溜まっていたのか少量の涙が飛び散った。
「さようなら、千早、鳳嶺。貴方達は、最高の友人だったよ」
「ありがとうございます」
そう告げて二人は部屋を出た。ガチャと扉が閉まる音が異様に大きく響いたが、それは寂しげな音ではなく、前へと進む希望の音色だった。その音色と共に開始の鐘が、鳴り響いていた。
使っている部屋へと歩く二人。村正の手の中で、匡華の手は震えていた。悲しみか怒りか。村正には、理解できない。けれど、今この瞬間、二人の感情は同じだった。
「匡華…」
「村正、私達は、間に合うかな」
「っ」
何が間に合うか、聞かなければならないほど村正は馬鹿ではない。鳳嶺が言った犯人の名とその意図の事だ。匡華の声は微かに震えていた。その震えを落ち着かせるように優しく手を握れば、匡華は落ち着いたのか、小さく村正に「ありがとう」と礼を言った。匡華が落ち着いたのを確認し、村正が言う。
「大丈夫ですよ、匡華。あんたが間に合わなかった事なんてないでしょう?いつでも、最期の最期は間に合った……誰のせいでもない」
「……嗚呼、そうだな。ありがとう村正。犯人…いや、その代表者についてもっと詳しく考えなければ」
よかった、いつもの匡華だ。村正は一安心し、悲しみから逃れるように思考を始める匡華を見て、軽く微笑む。その時、体中の血液が逆流するかのような不気味で不快、不思議な感覚に陥った。目の前が黒く染まっては元の廊下の風景に引き戻される、気持ち悪くなる現象にも陥る。上下左右が安定しない。足元から落ちて行っているのではないかと思ってしまう。まさか、友人達を失った悲しみからこのような現象が起きているのか?と村正は考えた。友人になったのはーあの状況を抜かせば、ー初めてだったのだ。初めての感情とその現実に、体が拒否反応を起こしているのかもしれない。しかし、脳ははっきりとそれを否定していた。
「!村正!」
村正の変化に匡華が気づいたその時、膝から崩れ落ちるようにして村正は倒れた。悲しみも相まっての、能力の継承の副作用だとは自分でも分かっていた。
能力の継承は、能力で誕生た者のみが行える簡易的な儀式だ。能力を継承する相手との絆が強ければ強いほど、能力は力を増して継承した者を強くする。しかしそれは稀に、能力を継承した者に副作用を与える。恐らく、最期の最期に絆が修復されたため、稀が引き起こされたのだ。
匡華が倒れていく村正の手を握り締め、暗闇に落ちていくのを引き止めるかのように手を引くが、村正の体は落ちていく。心配そうに顔を歪める匡華を見て、安心させるように懸命に顔を作った。けれど大丈夫、と声を紡ごうにも顔を作ろうにも、既に視界は真っ黒に染まっていたので上手くできなかったが。沼にはまるように、何処かの暗闇に落ちていくかのように、意識は遠ざかる。"光"が、手中から零れ落ちていく。伸ばしても伸ばしても、"闇"がそれを拒む。嗚呼、でも、僕は此処から抜け出す方法を知っている。
「村正!」
その声が、気を失った村正の耳に木霊していた。
…*…*…
神様はクスクスと、満足そうに笑いながら、腕の中にある物体を抱き締める。
「ははは、本当に鈍ったんだねぇ…」
あいつは、ルール違反を犯した。やってはいけない事をやってしまったのだ。ルール違反者は殺す。初めにそう言っていたのだから、文句は云えない。違反をしたのは、それを忘れて行動したてめぇだ。ボクは、俺は何も悪くない。けれど。
神様は顎に手を当て考え込む。あいつがこんなミスをする訳ない、と云う考えが神様の何処かにあった。けれど、そんな事どうでも良い。腕の中にあったものを両手で弄ぶ。それは四角いもの。いや、正確には四角いものではないかもしれない。丸くもあり三角でもあり、小さくもあり大きくもあり、色があって色がない、不可思議な物体。それを神様は『キューブ』と呼ぶ。暗く、何処が天井か床かも分からない空間に神様は足を付く。空間に波紋が伝わる。その波紋は、神様が足をついたがためにできたものではない。神様は『キューブ』を腕の中に抱き締め、クスリ、クスリと不気味に微笑む。口角を上げて、目を細めて笑うその姿は、神様であって少年であって酷く人間らしかった。
まぁ、なにもともあれ
「破るなっつったよなぁ。なぁ、狐影?」
神様の後ろで、誰かが丁寧にお辞儀をした。
残り、五
あぶねーこの話を保存しておらず、いきなりキャラクター紹介になるところでした。本当に危ない危ない




