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モノクロの蝶  作者: Riviy
第六章:不気味な色
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第六十八ノ世界:二つの闇堕ち1



鳳嶺は腕の中で呻く千早の傷を刺激せぬよう、ゆっくりと彼女が使用しているベッドに横たえた。痛みに呻き、汗を額から出す千早を心配そうに見つめ、鳳嶺は部屋の中にある特効薬を探して足を向けた。


匡華を置き去りにし部屋に戻った鳳嶺は、扉に内側から鍵をかけていた。やっぱり、偶然にも程がある。嗚呼、やはり敵なんだ。そう思うと云うことはすでに鳳嶺の心の天秤は疑心が勝っていた。

特効薬を見つけた鳳嶺は早く千早に飲ませなければと早足で部屋を横切る。千早が横たわるベッドの傍らに中腰になると彼女の上半身を軽く起き上がらせる。鳳嶺は片手で小瓶を開けられない事に気付き、片手と口を使って開ける。そして少し薄く空いている千早の口に特効薬が並々と注がれた小瓶の口をつけ、軽く傾けた。


「ん…ゲホッ」

「っ」


辛うじて少量は飲んだ…いや流し込まれたようだが千早が咳き込んだため、鳳嶺は小瓶を離した。ツゥ…と千早の口元から薄い黄緑色の水が伝う。それを見て、鳳嶺は場に合わずに頬を軽く紅く染めると、軽くため息をついた。


「やっぱり、口移しか…」


確実に千早に特効薬を飲ませるには口移しか一番有効だ。だが、口移しだなんて、そんな大袈裟な…いや、今、千早は重症だ。口移しをやるかやらないかで迷っている場合ではない。鳳嶺は覚悟を決めたように頷くと小瓶の中身を見、千早を優しい瞳で見る。先程まで匡華に向けていた瞳とはまるで異なっていた。それもそのはず。鳳嶺の中では匡華と村正は敵、千早は味方であり守るべき愛しい人となっているのだ。

鳳嶺は小瓶の中身を一気に口の中に流し込むと、千早の口に自身の口をつけて特効薬を口移しした。鳳嶺も少量、味気ない特効薬を飲み込んだが、千早は上手い具合に鳳嶺が口移しで飲ませた特効薬全てを飲み込んだらしく、鳳嶺が心配そうな表情で彼女から顔を離した時、安らかな表情をしていた。が、それも束の間。次の瞬間には内側からの痛みに耐えるように気を失っているにも関わらず、千早は鳳嶺の服を握り締めた。鳳嶺は優しく千早の頭、頬を撫でながら治療が終わるのを待った。


数十秒後、千早が軽く息を吐きながら規則正しい深呼吸をし始めた。治療が終わったのだ。それに安心したように鳳嶺が息を吐いた。しかし、千早は目を覚まさない。部屋に設置された時計の秒針の音が鳳嶺の心情を表しているかのようだった。


「なんで、目を覚まさないんだ?特効薬は、飲ませた…」


鳳嶺は自身の口元から微かに垂れた特効薬の残りを親指で拭うとそれを再び口に含む。味気ない。鳳嶺は怪我をしていないので自分が治療されたかどうかは不明だ。鳳嶺はゆっくりと千早をベッドに寝かせると持っている空になった特効薬の小瓶を目と同じ高さまで上げた。


「合ってる…じゃあ、なんでだ?」


小瓶は今まで使っていたのと同じ形である。底に微かに残った液体は特効薬と同じ色。鳳嶺は小瓶をベッドの隅に置くとベッドの端に座った。千早はスヤスヤとこちらの気も知らずに安らかに眠っている。何故、目覚めない?鳳嶺は千早の頭を愛おしげに撫でる。もしかすると、何か理由があるのかもしれない。千早の事だ。鳳嶺が匡華と村正を信じなかったから怒って眠ったままなのかもしれない。そう思うと、鳳嶺は心苦しいと感じた。あいつらは、敵だ。千早を攻撃したのもきっと匡華。「疑心」は、鳳嶺の心を縛り上げる。紐でもなく、縄でもなく、鎖でもない。縛り上げるのは、掴み上げるのは、()()()()

ギュッと鳳嶺は千早の手を握り締めると眠る彼女を見つめながら言う。


「お前の事は、必ず守る」


…*…*…


ドンドン!暫くボーッとしていたらしい。鳳嶺は扉を叩く音で我に返った。鳳嶺は懐に手を入れながら、慎重に扉に近づいた。覗き窓から外を覗くとそこにいたのは匡華と村正だった。その二人の姿を見た途端、鳳嶺の心中を渦巻く憎しみ。それを表すかのようにドン!と強く扉を叩いた。扉からの強い振動と鳳嶺の感情を感じ取り、一瞬、びくりと体が跳ねた。その一つの、ただ単に驚いただけの行動でさえ、鳳嶺には演技に見える。


「なんのようだ」

「鳳嶺、千早の具合はどうだい?」

「お前に云う義理はない」


匡華の心配そうな問いに鳳嶺は吐き捨てるように言い放つ。匡華は一瞬俯くと顔を上げ、言う。


「話し合おう」


話し合おう?何故、そうまで冷静に言える?何故、何故!鳳嶺は扉の向こう側にいる二人に向かって叫んだ。


「話し合おう?何を言ってんだよ?!千早を攻撃したのはお前だろう?!俺が村正を攻撃したから、その腹いせで千早をろうとしたんだろ?!相談に乗ると嘘のアリバイまで作って!」

「そんな訳ないだろう?!私は、本当に千早と相談するつもりだったんだよ。貴方も見ただろう?村正を連れ出そうとしている時に私が千早に囁いたのを。あれは私と千早が交わした今日の相談だよ。それでも、疑うかい?」

「ハッ、嗚呼、疑うね。俺はその様子を見たには見たが、お前が本当に乗るかどうかまでは知らないからな」


完全に疑い、敵としている。村正が匡華の肩を軽く掴むと自分にも言わせて欲しいと視線で言う。匡華はそれに頷きながら覗き窓でこちらを覗く鳳嶺に向かって鋭い視線を向けた。その視線は鳳嶺のような冷たい視線ではない。鳳嶺は覗き窓の前に村正がやって来たのを見ると、何を言うのかと気になった。村正は軽く息を吐くと、真剣な瞳で告げた。


「僕達は、千早を攻撃する気も、鳳嶺を攻撃する気もありません。ただ、友人として話したいだけです。聞いてください、お願いしm「黙れ!」っっ」


村正の言葉を遮り、鳳嶺が叫ぶ。鳳嶺は片手で頭を抑えながら扉に拳を叩きつけた。爪が伸び、角が伸びていた。鳳嶺は無意識のうちに鬼と化していた。この扉の向こう側にいるのは正体を隠し、全てを隠した敵。化け物なんだ。耳鳴りがうるさい。誰かによく似た声が鳳嶺の思考を中断させる。「やめて」「殺せ」。鳳嶺の心の奥で何かが囁く。鳳嶺の浅紫の瞳に黒い光が混じる。その気配を感じたのか扉の向こう側で匡華が悲しそうな顔をしている村正の腕を取った。


「敵であるお前らなんか信頼できるかっ!帰れ!」

「…村正、鳳嶺の様子が変だ。一旦帰ろう」

「でもっ……僕なら()()()()()鳳嶺を押さえ込む事ができます」

()()村正では無理だよ!迷いは人を弱くする…確実に心を決めな!」

「っっ…分かり、ました。鳳嶺、また来ますね」


何かを決心したように村正が扉の前から消えた。残ったのは匡華ただ一人。鳳嶺にとっては早く消えて欲しかったが、内容も内容で気になった。いや、ただの演技の可能性もある。匡華は見えないはずの鳳嶺を真っ直ぐ見つめ、


「私も村正も千早や鳳嶺が思う以上に複雑なんだよ。出生も命も存在も全て。光ある者が必ず光あるとは限らないように、私達もまた、そうなんだ。自分の瞳で見なければ、見極めなければそれは真実とは云えない……貴方は本当に自分の目で、その目で()()()()のかい?」


力強い、真剣な声色で告げた。その声に、言葉に匡華と村正、二人分の意志と思い、真実が宿っていた。そして扉の前から消えた。二人が消えた後、鳳嶺は苛立ちを隠せずに扉を強く叩いた。村正がいなくなる直前に鳳嶺に向けたであろう視線が、匡華の真っ直ぐな瞳が、匡華の言葉が、鳳嶺の天秤を、疑心を、掻き乱す。それが、鳳嶺にとってはとてつもない苛立ちだった。あいつらは敵なのに、なんでこんなにも心が痛む?俺が見たことは、考えた事は正しい。そう、正しいはずなんだ……じゃないと、可笑しいじゃないか。

鳳嶺は懐から手を抜き、扉にもたれ掛かるように額を押し付けながらズルズルとそこに両膝をついてしゃがみこむ。鬼化が解かれる。


「…………」


鳳嶺の瞳に混ざった黒い光が、鳳嶺の心情を表すかのように、一瞬だけ消えた。鳳嶺は、ゆっくりと立ち上がると千早の元に行き、ベッドの端に座り込んだ。千早の安らかな顔に背を向けながら、鳳嶺は静かに考え込んだ。懐にある封筒は、自分の主張を示すようにそこにあるのだ、いまだに。


口移ししかないと思った書きながら。

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