第六十七ノ世界:亀裂の破片
真っ暗な、何処が上か下か、右か左かも分からないその場所にただ一人、彼は立っていた。ブカブカの袖口を口元に当て、クスリと嗤った。
「あーあ、みんな、簡単すぎて心配になっちゃうなぁ……いや、馬鹿なだけか」
そう誰かを侮辱するように嗤いながら一人、アーギストは暗闇の中浮かび上がった台座に腰かけた。
モチーフの闘技場全てを回って見つけた、神様が隠そうとしている秘密。いや、秘密にしている。それを知った時、使えると思うと同時に、自分は消えてしまうとも思った。けれど、そこまでなら自分も考えた。対策は万全であるし、それになにより神様は自分を秘密が知られたからと殺しても〈夜の京〉は消さない。だって、秘密を知ったと云うだけで消すのは世界からブーイングが来るくらい容易に予想出来るからである。そして何より、ボクは、あの神様の弱味を握っている。
アーギストは膝の上で手を動かす。その動きから察するにそれは小さな四角いもの。そこにそのものが存在するかのようにアーギストは、それを両腕でギュッと抱き締める。その顔は歪んでいるのか嗤っているのか、よく分からない。
「『キューブ』かぁ……ハハハッ、あれがなんなのか分からないほど、ボクは落ちぶれてなんかいないよ、神様」
アーギストはおもむろに瞳を閉じる。瞼の裏に鮮明に浮かび上がるのは、ある光景。黄緑色の眩い光と、白い空気の泡。そしてーーー
「ハハハッ!これは、ボクが考えた、ボクだけのシナリオ。世界のための、ボクのためのシナリオ」
トンッとアーギストは台座から飛び降りると黒い床に足を付き、歩き出す。アーギストが歩き出した場所から波紋が広がって行き、本当の姿を表して行く。床は白い大理石。波紋は壁にも伝わる。床と同じく、白く輝く大理石の観客席、そして、明ける事がない真っ暗な美しい夜。様々な色を放つ無数の星々、そして美しい円を描いた黄色く輝く月。アーギストが向かう先にある扉は漆黒一色に染められた両開きの扉で、まるで夜空のようであり、ただ黒で塗り潰した感もある。彼が近づくと扉は勝手に外側に開かれた。アーギストは扉へ向かう途中、先程口をついで出た言葉を考えていた。
「(嗚呼、本当、何でもかんでも信じすぎだよ…それが嘘だと知っていても、勝利のためにすがり付く…)みんな、所詮、一緒か」
扉の向こう側の廊下に踵をぶつけ、カツン…と甲高い音を奏でるとアーギストはある目的のために、ある場所を目指して歩き出す。一歩、また一歩と足を踏み出して行くたびにアーギストの表情は怯えを帯びて行き、体は何を怖がっているのか震え出す。その姿は何処からどう見ても、代表者全員が見た、確実に勝てそうなオドオドした少年だった。これで他の残った代表者と出会い頭にぶつかっても後回しにしてくれるだろう。クスリと内心微笑みながらアーギストは進んで行った。
…*…*…
鳳嶺はその足音にゆっくりと振り返った。やはり、そこにいたのは匡華で、何故鳳嶺がいるのか怪訝そうな顔をしていた。
「鳳嶺?何故、此処に?千早は………!千早!」
鳳嶺の前に血塗れで倒れている千早に気づいた匡華が心配そうに慌てて駆け寄ろうとする。匡華が回り込んで千早に触れる直前、鳳嶺は腹から声を張り上げた。
「触るなっっ!!」
「?!……何故?」
突然の怒声にぴたっと匡華は立ち止まったが、次の瞬間には冷静に鳳嶺に問った。横目に覗き込んだ鳳嶺の瞳は冷たく、怒りに溢れていた。それに匡華はまさかと息を飲んだ。まさか彼は。
「私を疑っているのかい?私が、千早を攻撃したと?」
「じゃあ、なにしに千早がいるところに来たんだ?」
「彼女に相談を頼まれたんだよ。貴方は、千早を追いかけて来たようだね」
冷静に分析する匡華に鳳嶺の心情が何故かかき混ぜられる。つまり、匡華は千早と待ち合わせをしていた。しかし、遅れて来た……と云うことは、つまり。匡華が千早を攻撃し、様子を見に戻ってきたとしても可笑しくない。ギロリと冷たく鋭い瞳を匡華に向ける。と匡華は鳳嶺が言いたいことがわかったのか、「違う!」と声を荒げた。そして、半歩後退した。後退した理由はやましい考えがあるからではなく、ただ単に、近くにいたら鳳嶺に攻撃される可能性があったからだ。しかし、その行動を鳳嶺は、「匡華がやましい事があるから後退した」のではないかと、読み取った。それほどまでに今の鳳嶺は、判断能力を失っていた。鳳嶺は千早の華奢な手を軽く取る。ドクドク、と動く脈にホッと胸を撫で下ろす。鳳嶺は匡華が何も言わない事を良いことに、叩きつけるように言う。
「匡華と相談するとした途端、村正を攻撃した翌日にこれだぞ?偶然にも程がありすぎて信用できる訳がないだろうがっっ!!」
鋭く、刃物のような怒りのオーラを匡華は感じ取った。その時、ブワッと鳳嶺から紫と黒の煙が放たれた。その煙は一瞬、匡華に襲いかかろうとしたがぴたっとその動きを止め、彼に吸い込まれて戻った。匡華はそれに驚いたようだったがー何故、動きを止めたのかは不明だが、恐らく千早がいるからだろうー冷静に鳳嶺の様子を窺う。鳳嶺は匡華を睨み付け、傷ついた千早をゆっくりと横抱きにして持ち上げた。軽く、千早が痛みで呻いた。その当たり前のような行為と動作は慣れを感じさせる。匡華が何も言わない事を良いことに、鳳嶺は千早の治療のために歩き出す。一瞬、千早を見た匡華の表情が心配そうに歪んだが、疑心に取り付かれたような鳳嶺にとっては演技にしか見えなかった。だが、心の何処かで良心が叫んでいた。
匡華は、村正と千早の話を聞いて、確実ではないが確信し始めていた。鳳嶺は、誰かの罠にはまった可能性がある。匡華はキッと顔を上げると自分に背を向け、歩いている鳳嶺に向かって、真剣に、問いかけるように告げる。これは、ある意味、最期の警告であり、最期の助言だった。
「自分の目で確かめない限り、それは真実とは云えない」
それは、匡華が思う事だった。その言葉に反応したのか、鳳嶺は一瞬歩みを止めると顔だけで匡華を振り返った。そして、鋭く冷たいその瞳で匡華を貫く。その視線に匡華は、真剣な視線で返す。
「もう、確かめた」
その「確かめた」は、何を意味するのだろうか?千早が言う情報か、はたまた村正が見せた恐怖か。それとも、偶然が生んだ疑心暗鬼か。それら全てが「確かめた」と云う言葉で片付けられるのか。鳳嶺がどれを見、どれを聞いたのか匡華には分からない以上、判断の仕様がなかった。
鳳嶺は匡華の真っ直ぐな視線から、目を逸らすように前を向いた。あの真っ直ぐな、心を見抜くようなあの瞳は、村正と同じだ。鳳嶺は自分の腕の中で呻く千早を心配そうに見下ろすと前方を見、歩き出した。その歩みはしっかりとしており、もうそこに迷いなど微塵もなかった。それが匡華にとって、どれほど迷いを誘うかなんて、鳳嶺は知らない。匡華が彼の背中に投げ掛ける視線は、鳳嶺には、届かないのか……?
「…………」
匡華は鳳嶺の背中が見えなくなるとクルリと後方へ展開方向した。別の行き方で部屋に戻るようだ。ゆっくりだった匡華の歩みは匡華の心情を表すかのように早足になり、最終的には匡華は走っていた。早く、速く。匡華は、走った。
説明、苦手ですわー……わかんなくなったらいつも通りスルーですぞ!
あ、あと、次回作をチマチマ考えてるんですが、題名が決まらない事件です…!




