第六十三ノ世界:彼らにしか、知らぬ
しまった、と冷や汗をかく村正に向かって鳳嶺が迫った。一気に懐に潜り込むと刀を持つ片手を蹴り上げる。困惑していた村正は、村正らしからぬように刀を落とした。それを片手で鳳嶺がキャッチすると素早く右手に突き刺した。右の掌が背後の壁に磔にされ、村正が痛みで呻いた。掌から紅い血が溢れ出す。そこへ鳳嶺が追撃。鳳嶺が桔梗色の爪が鋭い片手を村正の首に向かって伸ばした。勢い良く首を掴まれ、背後の壁に頭がぶつかった。至るところから痛みが村正を襲い、痛みに顔を歪める。ギリギリと絞められる首。首に鳳嶺の妖艶なまでに美しい桔梗色の鋭い爪が食い込み、余計に呼吸するのを拒む。体中を走る痛みと雑念のせいで抵抗もままならない。村正が息ができぬ苦しさからか、はたまた違う事からか、痛む左手を自分を殺そうとしている鳳嶺の腕に置いた。ビクリと彼の腕が震えた気がした。
「……っう」
「…………なぁ、本気で来いよ。俺はお前を殺そうとしてるのに、お前を疑って、お前と違って敵と判断したのに…」
憎々しげに苦しむ村正を見やる。と、彼はいまだに悲しそうな瞳を鳳嶺に向けるだけだった。恐らく、村正は何故こうなったのか原因を探ったりしていたため、このように鳳嶺に負けたのだろう。あの殺気を敵に放つような彼が、敗北などあり得ないと心の何処かで思っていた。殺気がないのは、自分が相手だからか否や。雑念が、村正の動きを鈍らせた。それが攻撃をしてきた鳳嶺を全然疑っていない、まだ戻れる、と思わせて、腹立たしかった。ギリッと首を絞める手に力を加えれば、村正は息苦しそうに呻いた。そして、どちらが嘘か真か。
「…………………」
鳳嶺は首を絞めていない片手に拳銃を出現させると、弾が込められているのかを手探りで確認する。弾丸は、いつものように込められている。鳳嶺は村正を冷たくも憤怒を微かに宿らせた瞳で貫く。首を絞める手に力をこめると、村正が苦痛を上げる。
「………敵か味方か……嘘つきはもう、限界だ。お前を殺せば、答えが分かるのかもな?」
「…ん、な…訳ない、で、しょう……」
息も絶え絶えに、声は途切れ途切れだった。が、村正の言っている事は事実である。村正が黒く塗られた爪を鳳嶺が自分の首に爪を食い込ませているように、彼の腕に爪を強く掴み食い込ませると、腹から声を張り上げた。
「情報だけで、僕の、僕達の何が分かるんですか?!何も、知らないのならば、聞けばいい!疑心を募らせたのは僕のせいだとしても、その勇気がなかったのは、あんたと僕だ。全ては、真実であり嘘。聞いただけでも、見ただけでも事実かどうかはその人による。あんたが下したのは"嘘"………その"嘘"には、矛盾はないんでしょうね?これだけは、絶対に言える。僕は……」
眉間に突きつけかけられた拳銃を持つ腕が止まり、鳳嶺も止まる。その時の村正は酷く冷静で、瞳がこちらの心を掻き回し、ばらすように赤に近い朱色に妖艶に光った。ギュッと黒く塗られた爪が何かを語りかけるように強く掴まれる。鳳嶺の中では良心と疑心が五分五分の状況だった。
ー友人を殺そうとしたーだって、敵だからー
ー信じようと何故しない?ーだって、情報が真実だからー
ー何故、話してくれない?ーだって、だって、だって、だってー
嗚呼、「混乱して分からないのなら、簡単な方を取れば良い」。そう、誰かが呟いた。
力強い眼差しが鳳嶺を貫き、村正が彼を真っ直ぐに見つめて告げる。
「僕は、鳳嶺と千早の味方で共犯者、そして友人。そして、匡華の相棒です」
ー鳳嶺の中で勝ったのは、
彼が村正に向けたのは冷たい瞳と拳銃の銃口だった。
ー不信、疑心だった。
それでも、村正は力強い眼差しで鳳嶺を見つめている。グラリ、足元が崩れるような錯覚に陥ったのはどちらだったのだろうか?村正も鳳嶺も、どちらも正解と云えば正解 。
鳳嶺が引き金に指をかけた、その時だった。
「村正!!」
「?!」
鳳嶺の背後から感じたこともないオーラが襲った。思わずそのオーラに冷や汗をかき、恐怖しながら背後を振り返った。闘技場の端、入り口のところに立っていたのは鬼の形相の匡華と困惑し、目を見開き、口をあんぐりと開けた千早だった。特効薬を取りに行く途中、銃声を聞いて別の代表者に襲われていると思い、引き返して来たらしい。本当ならありがたい心配だが、今まさに鳳嶺にとっては都合が悪かった。千早の混乱や鳳嶺に対する感情が恐ろしいほどにビシビシと伝わってくる。鳳嶺が何か行動を起こすよりも速く、千早が匡華に向かって「行って!」と声にならない声を上げる。それを聞き取った途端、床を滑るように匡華が二人に迫った。
はっきり言って、目を疑う速さだった。まばたきをしたが最後。入り口に匡華の姿はなかった。匡華がいたのは、二人の目の前。鳳嶺が驚き、凄まじい畏れに動きを止めた。怖い。その一言しかなかった。匡華に下から軽く見上げられただけで、体の底から凍りつく。動きを、考えを全て見透かされている錯覚に陥る。鬼化を衝動的に解きながら思わず横にずれた。ずれた時、恐怖からか俯いた鳳嶺は匡華の小太刀に赤黒い血のような色をした透明な小さな蝶が舞っているのを見つけた。それはすぐに消えてしまったが、見たことがある。あの蝶はカインとアベルの時も見た。だが、それよりも以前、単体で見たことがある……あの蝶は、なんだ?
そう考えた鳳嶺の思考を遮断するように匡華の心配そうな声が耳に響いた。
「村正!大丈夫かい?!」
「大丈……ゲホゲホッ」
鳳嶺が手を離したため、呼吸が出来るようになり勢い良く空気を吸い込んだので村正が咳き込んだ。それにも匡華は心配そうだった。そして、右手が村正自身の武器である刀で磔にされ、真っ赤に染まっている事に目を見開いて驚いた。驚いた表情で少し距離を置いて隣に立っている鳳嶺を見上げた。が、何を言う事もなく、何か感情を示す事もなく、すぐさま呻いている村正を振り返ると刀の柄を握った。
「我慢して」
「はい」
村正に向かって優しく微笑みかけると匡華はあまり痛くないようにしようと刀を素早く引き抜いた。村正が呻きながら右手に空いた傷を押さえる。そこにいつの間にかやって来た千早が何処から持ってきたのか、少し厚い布を匡華に手渡した。匡華は村正に両膝をつくよう視線で言うと村正は右手を押さえながらその通りにした。そして匡華は千早から貰った布で村正の右手をきつく縛った。白い布が微かに村正の血を吸って紅い華を咲かせた。村正はまだ痛いのか、右手を布の上から押さえている。匡華が心配そうに村正を見上げ、首に爪痕がある事に気づいた。片手を磔にされ、首を絞められたようだ。匡華は村正に攻撃した鳳嶺ではなく、村正を心配そうに見ている千早を見上げた。そして、チョイチョイと指先を動かし、自分の方へ来るよう促す。千早が逆らう事なく、匡華の方へ寄る。と匡華は千早の耳元で囁く。それを静かに見つめていた鳳嶺は、自分の中でまた何かが蠢くのを感じていた。
「明日、朝食後、先程の場所で。殺し合いが始まる時間帯だから気をつけな」
「分かったわ」
そう二人は小声で会話する。千早は匡華と村正を見ると安心して、と言わんばかりに微笑んだ。
「早く特効薬を取りに戻った方がいいわ。ね、匡華さん」
「嗚呼。でも、千早、貴女は…?」
にっこりと笑って言う千早に匡華は疑問があった。千早を、村正を攻撃したと思われる鳳嶺と二人っきりにするのは少々心配である。鳳嶺が本当に村正を攻撃したのは村正の怪我と鳳嶺の明らかな殺意により確定であるし、原因は今のところ不明だ。だが、なんとなく、千早の相談を受けた匡華と相談した千早は分かっていた。千早は鳳嶺を一瞥すると大丈夫と微笑んだ。と云っても、少々の怒りが混じったその笑みが笑みと云えるのかどうかはわからないが。
「私?私は、ちょっと、鳳嶺とお話があるから」
そう言った千早の目には、真剣な色があった。それに匡華は小さく頷くと村正の右腕を軽く掴むと自分の首に巻き付けるとゆっくりと立ち上がった。村正はそんな事しなくても大丈夫だと、腕を引き抜きかける。が、右手を動かした際に痛んだらしく、顔を歪めた。匡華が任せろと視線で村正に訴えかけるので、村正はお願いします、と少し背中を屈めながら頭を下げた。匡華がよし、と頷き、二人はゆっくりと闘技場から出て行った。その時の村正は少し怯えているようだった。
皆様……緊急事態です。この話、百超えそうです。あと、過去編やります(確定)
いや~大変じゃ




