第六十二ノ世界:疑心と真実
銃声が響いた後、その音が木霊する。消炎が漂うその空間で、誰かが小さく呻いた。端から見れば、呻いたのは誰だか容易に分かった。
村正は被弾した左肩を押さえる事なく、目の前で自分を睨み付ける鳳嶺を見つめていた。その眼差しが、真剣な、嘘を言っていないであろう瞳が鳳嶺にとっては腹立たしかった。
「抵抗しないのか」
「……抵抗したところで、鳳嶺は僕の何が理解出来ると云うんですか。その情報って云うのも、ただの偏見かもしれない。ただの誤報かもしれない……きちんとその目で確かめたんですか?確かめたって云うのも能力だけでしょう!?」
そう村正が叫ぶ。それにぐっと押し止まった。嗚呼、そうだ。確かめたのは能力だけ。けれど、封筒には性格も、知る由もない異名まであった。
鳳嶺は引き金を再び引きながら、口角を上げて笑う。明らかな殺気に、殺意に村正の表情が曇った。
「でもな?俺はお前の殺気やオーラが不思議でならないんだよ。"何者"か…考えるたびに疑心暗鬼になって行く………情報が手に入ってやっと分かったんだ。何者か言わないのは、どちらにしろ都合が悪いから。答えられないのは、なにかあるからだろう?……もう、無理なんだよ、疑心が募って、信じられない!」
鳳嶺のその表情は、悲しそうで、苛立っていた。村正が軽く鳳嶺の方へ手を伸ばす。と彼は反射的に半歩後退し、冷たい目を村正に向けた。その目に体の芯から凍っていく感覚に襲われる。その目をしないで。なんで、その目をするの?その目は、怖い。心が引き裂かれる。それは、どちらも同じだった。疑心が募り、信じられなくなってきた鳳嶺も、すがり付く村正も。すれ違ったようで違う友情は、微かな綻びをつつかれたら、そこからスルスルと解けてしまう固くも緩い、矛盾した関係だった。
村正は深呼吸をして心を落ち着かせ、冷たい目を向ける鳳嶺に言う。
「……答えられないのもありますが、答えられるものは答えますよ?友人でしょう?」
「……………………………」
長い沈黙。鳳嶺も葛藤しているのか、そう思うと村正の心は少し軽くなった。言えない事もあるが、鳳嶺の疑問には全て答えよう。初めての友人で、接し方が分からなかった。だから、一歩踏み出すのが怖かった。それが、こうなるなんて思わなくて。ねぇ、友人ですよね……?
そんな村正の願いは、儚く崩れるしかないのだが。
カチャリと下ろしかけた銃口を村正に向け、鳳嶺は無表情で言う。
「……嗚呼、そうだな。千早と俺の障害になる前に、お前を殺すわ、俺と同じ化物」
村正の視界が黒く染まった。嗚呼、何処で間違えたんでしょう?ただ、僕は
「友人で、いたかっただけなのに……」
「俺だってそうさ。でも、信じられないのなら、それはただの障害でしかない……俺にしてみれば、な」
銃口を村正に向けながら鳳嶺は言う。鳳嶺の最後の言葉は小さ過ぎて村正には聞こえなかった。その時、一瞬にして茫然としている村正の目の前に鳳嶺が迫る。驚く村正に鳳嶺は意地悪そうに笑いながら、その眉間に銃口を当てる。眉間に銃口を当てられ、思わず村正の動きが止まり、ぎこちなくなる。
「闘おう?共犯か否や。敵か味方か。はっきりしようぜ?」
「……鳳嶺が知りたい事はなんですか」
「"何者"か、だよ。お前は誰だ?」
「…………答えられません」
何者か、村正は何故かその一点張りだった。「いつか言う」と言ったいつかも、今ではないのか。鳳嶺の中で疑心が再び色濃くなり、彼の奥深くで眠っているはずの何かが、「彼を疑うなら、罰せよ」と囁く。
「っ!なら「もし!本当の事を言っても、あんたは僕を信じますか?僕の友人でいてくれますか?」……」
一縷の願いを籠めた眼差しが鳳嶺を貫く。なぁ、それどういう意味だよ?良心が揺らめく。だが、勝ったのは「疑心」だった。鳳嶺はクスリと微笑みながら言う。
「どうだろうな」
バァン!銃声が響く。村正の眉間につきられた銃口は先程まで村正の頭があった場所に向けられている。銃口から見え隠れしているのは、鋭く光る刃の切っ先。鳳嶺はクスリと笑いながら素早く刀を抜き放った村正を見やる。彼はただただ、悲しそうな顔をしていた。だが、瞳に宿っていたのは、鳳嶺も知らない色だった。それに背筋がゾクリと震える。
「さあ、殺ろうぜ?」
嗚呼、やっぱりそうなんだな。鳳嶺の中で蠢く何かが決定を下した。村正が何か言う前に鳳嶺の腕が動いた。銃弾は軌道がずれ、壁にめり込んだが鳳嶺はそのまま村正に向かって回し蹴りを放った。それを片腕でガードした村正。腕に伝わる尋常ではない痛みに耐えていると鳳嶺が足を振り切り、鬼となった鋭い桔梗色の爪を突き刺した。村正は間一髪でかわすと横に素早くずれ、刀を構えた。一踏みで一気にこちらに迫る鳳嶺を見て、静かに深呼吸をする。鳳嶺の瞳に宿るは「障害を排除しようとする意志」と「自分を疑う意志」。本当に仲違いしてしまったのか、僕達は。いや、まだ希望はある。
ガキン、と鳳嶺が振った鋭い爪が村正の構える刀と交差する。刀を振り下げ、鳳嶺の態勢を崩すと村正はその背中に踵落ちしを食らわす。だがそれは、いつもより威力が低かったが。鳳嶺はそれを態勢を低くしてかわし、片手に出現させた拳銃を上を見ずに発泡する。辛うじて半歩下がってかわしたが、前髪が少し切れた。鳳嶺が素早く立ち上がると再び拳銃を発泡。それを刀で切り裂く村正。そして、トン、と軽く床を蹴り、鳳嶺の懐に入り込み、刀を振った。が、その速度はいつもよりも数秒遅く、鳳嶺の目でも追えた。後退してその一撃を避けた時、村正が何かを呟いていた。鳳嶺は気になったので聞き返そうとし、やめた。
クルリと回転して、鳳嶺は頭上へ跳躍。そして拳を振り下ろす。ドゴンと大きな音が響き、床が沈み、亀裂が走る。バキバキと入った亀裂の音は、何かを表していた。その重い一撃をかわした村正だったが、亀裂に足を取られて後ろに転びかける。それを後転して回避し、片膝をつきながら鳳嶺の様子を窺う。と、鳳嶺は亀裂が入った床に悠然と立っていた。鋭く、冷たい瞳が村正を貫く。感じたこともない、いや、違う意味を持った瞳に、村正の足がすくんだ。目の前に火花が散った。フラッシュバック。頭を軽く振ってそれを追い払うが、雑念、色んな感情が村正の思考も動きも支配する。どうすれば、鳳嶺に信じてもらえる?
そう思っていた時、鳳嶺が村正に向かって跳躍しながら、拳銃を乱射した。一つ一つを丁寧にかわし、刀で切り落とす。と、一つの銃弾が刀の切っ先を弾き、左腕を大きく上へ上げた。途端、被弾していた左肩に凄まじい痛みが走る。
「うっ」
「!?」
思わず軽く呻いた村正に鳳嶺が心配そうに顔を歪めた。が、その姿は村正の視界には入らなかったし、すぐにその表情は消えた。村正は近づいて来る鳳嶺に向かって刀を振った。間近だったためか、鳳嶺が軽く顎を引いてその一撃を避けると拳を突きつけた。それを首を傾げる要領でかわす村正。と、その拳をそのまま横に押し込み、攻撃。まさかの攻撃に村正は驚いたようであったが、半歩後退してかわす。そして、刀を振った。その鋭く、早いーいつもよりは遅いー一撃を片腕を立てて防ぐ。服と肌が少し切れたがそれほど痛みもないし、深くもない。それが、村正に雑念が渦巻いていると云う事を明らかにした。それをようやっと理解した村正は唇を噛み締める。鳳嶺が刀を腕を振って弾き飛ばす。迫ってくるのを先読みし、村正は右へずれると上段から刀を振り下ろす。それをかわされたため、床にガキン、と甲高い音を立てて刀が上がる。村正が素早く身を引こうとするところへ鳳嶺が蹴りを放つ。間一髪で刀を引き抜き、刀を振り抜く。今度は鳳嶺がそれをかわす番だった。
そして村正も負けじと蹴りを放ち、素早く態勢を低くして足を刈る。鳳嶺がかわしきれずに足を刈られ、後方に倒れて行く。床に背中がついたが、素早く起き上がると反動を使い、村正を後退させる。起き上がった反動で片膝をつくと拳銃を取り出した。その銃口を村正に向ける。向けた銃口が、一瞬、揺らいだ。その奥にいる村正の表情も歪んだ。鳳嶺は唇を再び噛み締め、引き金を引いた。銃弾は一直線に村正に向かい、右の頬を掠り、鼓膜を貫いた。キーンと云う音が一瞬、村正の右耳を支配し、それと同時に左腕が再び痛み出す。その一瞬を逃す事なく、鳳嶺が素早く立ち上がった。来る、そう読み取った村正が態勢を立て直すために後方にもう一回下がろうとした。が、後ろに引いた踵に当たったのは硬い感触。慌てて顔だけで後ろを振り返るとそこにあったのは壁。いつの間にか、壁の方にまで後退していたようだった。
誰かが細く微笑んだ事なんて誰も知らない。知っているのは、その本人と神様……くらいなのだろう、きっと。
千早と鳳嶺はやっぱり和風の曲が合いますねぇ…




