第六十ノ世界:亀裂
神様はまた一人、代表者が死んだ事を感じ取り、口角を上げた。そして、袖に隠れた両手を合わせて誰に言う訳でもなく、無邪気に言った。
「人が減った…!これで一つに近づいた!」
でも
神様は顎に手を当て、軽く考える。ルール違反間際の代表者がいるのだ。あの代表者はいつか、違反を犯す。神様はクルリと振り返るとなにもない、暗いだけの空間を歩く。暗いだけなので、床も天井も右も左もくそもないのだが。神様は暫く歩き、唐突に止まった。そこに手をかざすと以前にも現れた二つの一覧表がゆっくりと浮かび上がった。神様はある人物のページまで一覧表に指を走らせる。
「(あった……嗚呼、やっぱり)」
考えていた事が少なからず当たり、神様の口角が軽く上がった。神様は内容を確認すると、パチンと指を鳴らした。二つの一覧表はシュンと音を立てて消えた。神様は暫くそこで考え込み、再び踵を返すと来た道ーというのか否やーを引き返す。先程は歩いていたが今度は空中を滑るように移動している。そんな神様を突然、明るい光が包み込む。眩しい光に目を細める神様。光が晴れるとそこは〈闘技場〉のある廊下。近くには何処かの世界がモチーフとなった闘技場がある。神様に至っては、もうそんな事、関係ないし興味もない。その闘技場、神様にとっての実験場から人の気配と亡骸の気配がする。此処で殺し合いが行われ、勝者が決まったのだと容易に想像出来た。神様は少し遠くの太い柱に人影を見つけた。その人影は神様に気づいてはいない。
「(鈍ったのかな?…いや、それはないか)」
神様はクスクスと聞こえぬように小さく笑い、聞こえぬように指を鳴らした。するとそこに神様の姿はなかった。あったのは、出てくる人の気配だけ。
…*…*…
「怪我をしているから、特効薬取りに行きましょ匡華さん!」
「え、あ、嗚呼」
千早が匡華の答えも聞かずにその手を取って早足に駆けて行く。匡華は訳も分からず、とりあえず千早に着いて行く。それを見て村正は「仲が良いですねぇ」と呑気に思った。が、その反対に鳳嶺は好都合だとでも言うように、ホッと胸を撫で下ろしていた。
「(千早には聞かせらんないし…都合がいいっちゃあいいか)」
村正の簪が元通りになって行くのを横目に見ながら鳳嶺も自身の鬼化を解く。いつもいつも、鬼化を解く感覚は慣れない。自分の中の怒りが放出されるためか、それとも、別か。
村正は重なるように倒れた兄弟を優しい眼差しで見つめていた。その意味がわからなくも封筒で意味が分かってしまう。
「村正」
「ん、なんですか?」
村正を鳳嶺は静かな口調で呼ぶと刀を納めた彼がなに食わぬ顔で振り返る。鳳嶺は静かに深呼吸をすると、聞いた。
「……村正、お前は"何者"だ?今度こそ、ちゃんと聞かせてくれ」
「っ、あ……」
鳳嶺の問いに村正は一瞬にして恐怖に歪んだ表情になった。何を恐れているのか。分かるはずない、いや、分かりたくもない。
「お前と匡華の能力は『白蝶』と『黒蝶』だろう?いつも疑問に思ってた。お前が放つあの殺気も、二人の会話も。疑問しかないんだよ、なぁ、教えてくれよ。じゃないと、俺は…」
いや、既に手遅れか。鳳嶺は感情的になっていた。が、頭の中は冷静だった。言葉が途切れたのは、既に自分は疑心暗鬼をこえてしまっていたから。村正の表情全てが真実を物語っている。
そんな中、村正の心中は恐怖で支配されていた。怖い。何故?自分の過去を知られたら、どうなるか分からないから。初めて出来た友人を失いたくないから。だから、全てが怖い。こんなに怖いなんて………お願いだから
「……嗚呼、わりぃ」
「(やめてください、悪いのは、きっと)」
「俺が入手した情報だと、お前と匡華の情報が全部一致してたんだよ。能力は、今日この目で見るまで分からなかったが。だから、答えろ。じゃないと俺は今此処で、」
そんな顔をしないで、恐ろしいものを見たと言わんばかりの目で、見ないで
「お前を撃ってしまう」
ガチャリ、と拳銃が友人である村正に向けられた。その、明らかな殺意と攻撃行動に思わず、村正の手が刀の柄に動き、殺意が漏れる。しかし、相手が鳳嶺だと理解すると戸惑ったようで動いていた手が柄に指先が触れた途端、弾かれるように離れた。その様子が、なにもかも知っている鳳嶺にとっては腹立たしかった。そう感じる己自身にさえ、戸惑いが隠せない。村正は俯いていたが顔を上げ、喉から声を絞り出す。その声は震えていて
「……鳳嶺がその情報を何処で手に入れたのかは知りませんが……ごめんなさい、答えられないものもあります」
「っ」
鳳嶺が一瞬、苛立ちで小さく舌打ちをした。全てが知りたいのは分かっています。鳳嶺の事は、千早の事は知っていて、匡華と僕の事は知らないなんて不公平ですよね。でも、答えられない事が一つ二つあるのは、許してください。
「何が、答えられないってんだよ……お前は、俺達の敵か味方か、どっちだ」
カチャリ、引き金を引く音が異様に大きく響いた。何故、答えられないんだ?それは俺達に関する事か?それとも、匡華と村正に関する事か?…分かってる、答えられない事があることくらい。嗚呼、それでも積もりに積もった「疑心」は、俺の良心に反して言葉を紡ぐ。
「なぁ、答えてくれよ。何者なんだ?敵か、味方か?」
「味方ですよ、僕達は」
真剣な瞳で、真剣な表情で真実を言う村正。その表情に鳳嶺は軽く笑った。その表情は笑っているのに悲しそうだった。それは村正も同じだった。
「知ってる。でも、ごめんな……無理だ」
少しの沈黙の後、鈍い音が響いた。
何処かで誰かが細く微笑んだ事なんて、誰も知らない。こうなったのは、何故?
残り、六




