第五十九ノ世界:理解し合った愛憎の色
暫く闘い、両者の荒い息が静かな暗闇を支配する。と、カインが大きく跳躍した。その先にいるのは匡華と千早。二人が身構えると同時に何故かアベルも大きく跳躍した。
「っ!千早!」
「鳳嶺、違います!彼女の行き先は…」
鳳嶺が焦ったように声を荒げた。が、何かに気づいた村正が違うと一刀両断する。鳳嶺が首を傾げながら、よぉーくアベルの行き先を見やる。そしてハッとした。匡華も気づいたらしく、千早の手を引いて素早く村正と鳳嶺の方へと駆ける。千早が突然の事にこけそうになりながらも匡華に抗う事なくついて行く。その方向へカインの足も変わる。匡華が走ってきた鳳嶺に千早を預けるために走ってきた反動を利用して、彼に向かって軽く投げると鳳嶺は千早をキャッチした。匡華の隣に村正が滑り込み、武器を構え、殺気が放たれた。その時、
「兄さん」
「………は?」
カインの目の前にダガーを持ったアベルが滑り込んで来た。その表情は、殺意と好意、混乱に歪み、正しい感情などなかった。カインが驚愕し、動きを止めかけた、が体に刻み込まれていた殺戮本能が妹であるアベルに対しても反応した。振り上げられたアベルの腕にナイフを突き刺した。紅い血飛沫がカインの顔を覆い、アベルの動きが鈍る。ダガーが片手から滑り落ちて行く。カインがニィと狂気的に笑った。が、突然、胸に広がる痛みに意識を引き戻された。カインの刃物を持つ手が混乱と怒りで震え、アベルのダガーのように手中から滑り落ちて行く。カインがゆっくりと視線を下に向けるとそこにあったのは、アベルのダガー。自分の胸に突き刺さったダガーであった。カインは再びゆっくりとアベルを見ると彼女は嬉しそうに、悲しそうに兄を見ていた。
「ア……ベル?……なに、し……?」
カインが喉から声を絞り出す。口元から紅い血が溢れ出した。治りかけとは言え、カインの体は匡華と千早との殺し合いでボロボロである。様々なところから血が逃げるように溢れ出す。千早と鳳嶺は突然のこの状況に驚きを隠せなかったが、匡華と村正はなんとなく、いや、確実にこの状況の答えを見つけていた。
カインの能力の被害者であるアベルは、カインのせいで彼が死ぬまで死ねぬ体になった事を恨んでいる。だが、恨んでいてもカインは肉親である。好意と憎しみ、その狭間にいたアベル。その表れが初めて会った時の表情だったのだろう。
「……………………た」
たっぷりと間を開けて、アベルが言った。アベルは小さく、カインのように狂気的に笑うと叫んだ。心の内を、兄に向けた愛憎を。
「あたしは、ずっと兄さんを殺したかった!!あたしを殺して、こんな姿にした兄さんが憎かった!でもね、兄さんは殺戮者だから、最凶の殺戮者だから、あたしじゃあ兄さんを殺せない。ふふふふ、あっはははは、だから……だからようやっと!今!!あっははははっっ!!」
カインのように笑うアベルの顔は復讐を成し遂げ、喜んでいるようにも見え、申し訳なさそうにも見えた。カインから放たれた殺気はだんだんと濃くなっていく。だが、濃くなっていくにも関わらず、カインが再び武器を持つことはない。殺気を放ちながら、アベルに優しい笑みを浮かべるだけである。半分、部外者になっている匡華達から見れば、この状況は言い表せないほどに異様だった。
アベルは「でも」とカインを見上げた。その目からは涙が溢れていた。頬を伝う涙をそのままにアベルは言う。
「でもね……嬉しくないの。兄さんに復讐をして嬉しいはずなのに、悲しいの。兄さんが血を流して怪我をするたびに心配になる……ねぇ、なんでかな?」
可愛らしく首を傾げるアベルにカインは相変わらず、優しい笑みを浮かべるのみだ。その間にもカインの顔は出血で青白くなっていく。このままなら、カインが暴れだしても良いようなものなのに。アベルは止まない涙を流しながら、泣きじゃくりながらカインが喋らない事を良いことに、匡華達が動く気配がないことを良いことに、ダガーの柄を強く握り締め、叫ぶ。
「………ねぇなんで?!あたしは、殺戮なんて出来ないから、でも、兄さんは尊敬した…兄さんだもん!でもね、嫌いだよ……」
支離滅裂な言葉を吐き出すアベル。それでもカインは意味が分かっているのか、小さく頷いている。嗚咽をもらすアベルの頭にそっと優しく、紅く染まった手を乗せて、撫でる。顔は、「優しい」ままで。それがアベルには憎らしくて愛しくて……嗚呼、もう訳が分からない。
「………………殺して」
「えっ?」
呟くように言ったアベルの言葉。全てを諦めたような、そんな声。アベルはキッとした鋭い瞳で匡華達を顔だけで振り返ると叫んだ。
「あたしらを、殺して!!」
途端、カインのような青い霧がアベルから陽炎のように立ち昇った、かと思うとその霧が匡華達目掛けて迫った。驚きながらも、匡華と村正は武器を構え、迫る霧を切り裂いた。霧は呆気なく、消えてしまった、がアベルの意志は固いようで「早く殺せ」と匡華と村正に視線を向けている。匡華は村正に視線を向け、頷き合う。村正が桜丸の時のように複雑な表情をしていた。
「だがね、彼はどうなんだい?」
「はっ、兄さん?命の灯火はもうない。でも、これでも死なないって、凄いよねぇ。普通ならすぐに死んじゃうと思うんだけど……さすが兄さん!アハハ!」
カインに向けての質問だったのに、アベルは狂ったように答えた。嬉しいのか、悲しいのか。既に理解出来なくなっている。それは、カインへの愛憎のせいか。と、村正がアベルでも千早でも鳳嶺でもない視線を感じ、そちらを横目で見やった。その視線は既に虚ろな瞳のカインだった。声をあまり出したくないのか、それとももう出せないのか、口パクでなにかを言った。
「("戸惑うな"……か。まさかあんたから言われるなんて)嗚呼、そうですね。ねぇ、匡華」
「ふふ、そうだね村正。此処は殺し合いの場、戸惑ったら最後」
殺し合いの場で、戸惑いは禁物。どちらが殺されるかなんて、分からない。戸惑うな、歩みを止めるな。自分の足を動かせ。感情を支配され、ただただ当てもなくさ迷っていた「あの時」のように。此処は、「あの時」の心理的状況を鏡写しにした〈闘技場〉だ。
匡華と村正は刃を交差させるとトンッと軽く跳躍した。途端に二人の姿は消え失せ、次の瞬間には匡華はカイン、村正はアベルの背後に立っていた。小太刀と刀を構え、二人は容赦なく、突いた。二人の体が二つの刃で貫かれる。相手の刃が敵の背中越しにこちらへ顔を出す。二人がほぼ同時に刃を抜き放った。背中から溢れ出す鮮血が自分にかかる前に二人は大きく跳躍し、千早と鳳嶺のところへと戻る。二人の行動に驚く千早がいる中、納得している鳳嶺もいた。二人が今だ、アベルはダガーをカインに突き刺したままだが、その口元からは確かに鮮血が流れ出ていた。表情はすでに虚ろ。もう、何を考えているのかさえ不明だ。と、その時、カインがアベルに凭れるように両膝を付いた。アベルの虚ろな表情が一変して兄を心配する妹の表情になる。ダガーを刺したまま、カインは自分と同じように膝をついたアベルの肩にヨロヨロと顔を預ける。そして、既に手遅れになった顔色で泣いているアベルの涙を拭う。その手は紅く染まっていたため、涙を拭った際にスゥーとアベルの頬に紅い線が走った。
「……なぁ、アベ……ル…?オレ、様はなぁ……なんで、キサ、マ……の事、殺さな…かった、と、思って、る?」
「へ?」
アベルの頬に添えられた手はもはや冷たい。カインはにっこりと彼らしからぬ心からの笑みを浮かべた。
「……ずっ、と……キサマに……殺される…のを……待って、たん、だ……全部、知って、た……」
「に……兄さん……」
嘘だ。あり得ない。だって、だって、殺戮者で、あたしを殺して、憎くて、愛しくて、大嫌いで、大好きで………嗚呼、なんだ、そういうことか。
アベルが答えを見つけた事に気づいたのか、カインは先程のように笑った。
もうこれで、オレ様に思い残すことはねぇ。殺戮者ども、オレ様と、オレ様達と一緒に逝こうぜ?闇の中でまた、戦おう……謝りはしない、戦いで、謝ろう。〈地獄感染〉らしく…
「……やっと、兄弟に……なれ……」
最後まで言葉を紡ぐ事なく、カインは糸が切れた人形のようにアベルに寄りかかった。アベルは泣きながら、冷たくなったカインの手を握る。すると、体中の傷が痛み出し、意識がだんだんと遠ざかっていく。アベルは匡華達を、横目に振り返るとカインのように心の底から笑顔を見せた。そして、暗い天井と云うか空を仰いだ。
「……大嫌いで、大好きだよ、兄さん」
瞳をゆっくりと閉じ、そして、二人は同時に倒れ込んだ。二人は、美しいほどに笑っていた。
「終わったの?」
「嗚呼、終わった」
千早の問いの正確な意味は分からない。だが、千早の声色には少しの戸惑いと悲しみがあった。それに答えた鳳嶺の解答の意味も。ただ、殺し合いは続く。最後の一つになるまで。
……なんか言おうとして忘れました…てへ(棒)




