第五十七ノ世界:死ねないから、戦おう
その翌日の事だった。殺し合い開始の鐘の音と共に広間を出た彼らは、突然現れたカインに攻撃された。
「仕留めろ『感染者』!!」
カインの背後から放たれたその青い霧は、巨大な波となって匡華と村正に真っ正直から襲いかかる。二人が抜刀するよりも、かわすよりも早く波は二人を飲み込み、近くの闘技場の扉を破壊しながら、押し流した。
「匡華さん!」
「村正!」
運良く波から逃れられた、いや、正確に云えば直前に匡華と村正が二人を守るために横に押し出した事によって無傷だった千早と鳳嶺が悲痛な声を上げながら、闘技場の中へと慌てて駆け込んだ。その後を狂気じみた笑い声をあげるカインと、その様子に呆れ、肩を竦めるアベルが続いた。
「二人共!大丈夫!?」
闘技場の中は青い波が起こした土煙で視界が全く見えなかった。千早の呼び掛けに二人はうんともすんとも反応しない。というよりも、気配がしない。二人の気配が。あんな一撃で殺られるような二人じゃない。そう、分かっているのに、最悪の結末が頭を過る。千早はキッと唇を噛み締め、鬼の形相でカインとアベルを振り返ると手元に靄を纏わせた。靄は千早の感情と共鳴して、クルクルと彼女の周囲を漂う。鳳嶺も頭の隅で考えた事を振り払い、千早と同じように振り返ろうとした。その時、背後で何かが動く気配がした。その気配に顔を向けた途端、同じように気配を、いや、違う何かを感じ取ったカインとアベルが歪んだ表情で半歩、後退った。千早が気づかずにその様子に首を傾げていると、背筋を悪寒が走った。そして、続いてやって来たのは殺気と言い表せないほどのオーラ。千早が長年、油が刺さっていない機械のように、ギギギと首だけで振り返った。鳳嶺も千早と同じものを感じたようで、額から汗を垂らす。全員が向けた視線の先には土煙。その先から漂う殺気とオーラ。嗚呼。誰かが口角を上げて嗤った。
「……仕留めるとか、簡単に言わないで貰えますか?不愉快です」
不機嫌そうなその声が静かに響き渡った。その瞬間、土煙が何かに祓われたかのようにスゥ…と晴れ、全貌を露にする。真っ黒に染まった空と云うよりも天井に、所々崩れ落ちた観客席。観客席の上部から白い骨のような物が突き出ており、今宵の生け贄を求めている。その切っ先は恐ろしいほど鋭く、触れただけで逝ってしまいそうなほど。そして、そんな闘技場の中央に立つ二人。殺気と、凄まじいオーラを纏い、刃物を構えた二人。一人、匡華の小太刀には赤黒い血のような色をした透明な小さな蝶と、黒と白の蝶が美しく調和して舞っており、匡華の服は微かに形と姿を変えつつあった。もう一人、村正の刀からは禍々しい気配が漂い、こちらにも黒と白の蝶が舞っていた。が、すぐにその姿を隠した。誰もが二人の姿に圧倒され、声を失った。鳳嶺は一人、別の意味での興奮で目を見開いていた。懐にある「この封筒」、嗚呼、アーギストの情報は事実。つまり、全て「真実」!彼の心の奥深く、眠っているはずの何かが蠢いた。
千早は全くの無傷、そして能力を発動させたであろう二人に戸惑っていた。それは殺し合い相手のカインとアベルも…いや、アベルも同じようだった。カインは本気で殺戮が出来ると思ったのか橙色の瞳をかっ開き、興奮し、嬉しそうであった。そんな兄を少し引き気味でアベルは横目に、ダガーを握り締めた。冷や汗が額から頬へと落ちていく。感じたこともない殺気とオーラが彼らを包み、思っていなくても恐ろしいと感じてしまう。クスリ、と村正が妖艶に笑った。細められた赤に近い朱色の瞳が敵味方関係なしに貫いた。その瞳に千早も鳳嶺も、顎を恐怖で一瞬引いた。が、一歩、また一歩と匡華に歩み寄る。怪我がないことを目の前で確認して、千早はホッと胸を撫で下ろした。
「無事でよかったわ、匡華さん、村正さん!」
「ふふ、心配かけたね千早。私達は無事だよ。保険として、能力を発動させていたら遅くなってしまってね」
千早の頭を優しく匡華が撫でる。とそこで千早は匡華の服装が変わりつつあることに気づいた。能力かな?と軽く首を傾げながら、真剣な表情で靄をまとわせる。
「死んだかと思ったぞ一瞬」
「そんな簡単に死んだら、僕達はすでに死んでますよ?」
「あー確かにな」
カインを警戒しつつ、村正の元へとやって来るとそう声をかける。元気そうな彼の姿に鳳嶺も胸を撫で下ろしつつ、二人はクスリと微笑する。鳳嶺は両手に拳銃を構えた。準備は整った。殺る気十分の相手と能力を「ようやっと」発動させた相手。
匡華は小太刀に舞う三種の蝶を見、スッと振った。途端、蝶は刃の部分や柄、鍔などに吸収され、美しい模様となった。さすが、匡華。と村正が感心しながら、刀の刃を中指と人差し指、二本を揃えて撫でる。黒い爪が刃に触れるその光景は、妖しくも妖艶。と刀に先程まで舞っていた黒と白の蝶が現れ、クルクルと刀の周りで舞い踊る。そして、匡華の小太刀と同じように吸収、はされたが模様は刻まれず、キィンと云う少し甲高い音を立てて消えてしまった。しかし、完全に先程と同じように消えた訳ではなく、それに気づいた千早と鳳嶺が思わず「可愛らしい」と小さく笑うほど。簪。簪についている華と蝶が黒と白の蝶に変わっていたのだ。華は小さいながらも簪の周りを控え目に舞っている。村正は二人の視線に恥ずかしそうに頬を軽く染め、簪を片手で隠した。
「……妖刀村正じゃないとこが此処しかなかったんですよ。悪いか」
「いいえ、いいえ!可愛らしいわ!」
「俺もそう思うけどな、千早、今、此処殺し合いの場……くっ、ふふ」
「まぁ、私のは専用の性質持ちだからねぇ。村正のはちょっと違うけど」
恥ずかしそうに頬を染めて言い訳をする村正に、千早が素直に言い、鳳嶺が口元を押さえて軽く吹き出し震え、匡華はのんびり説明。その間、カインとアベルは放置である。痺れを切らしたカインが軽く苛立った様子で「おいぃ?」と声をかければ、彼らは真剣な表情で兄妹を睨んだ。先程の会話は何処へやら。
さあ
「開戦」
…*…*…
村正は一歩足を踏み出すと滑るようにこちらに向かって跳躍してきたアベルを捉えた。速い。誰がそう思ったか。村正は恐ろしいほどに静かな視線でアベルに向かって刀を振り下ろす。それをダガーでガードするが、上段からの重い一撃は女であるアベルには堪える。アベルは刀を弾くと先に後方支援を担う鳳嶺から先に仕留めようと、村正の横を通り抜けようとする。が、それよりも早く、鳳嶺の銃弾がアベルの頬を掠り、彼女は一旦、身を引いた。そこへ背後からアベルの首筋に静かに当てられた切っ先。首に少し突き刺さり、血が少量出た。しかし、アベルはそれに心の底から恐怖したわけではなかった。可笑しいほどに冷たい切っ先と、殺気に恐怖したのだ。アベルは首から真っ二つにされることを覚悟して、後ろを見ずに回し蹴りを放ち、村正はどんな態勢になっているのかも確認せずにダガーを切り裂く。微かに血が舞った。何処かしら切ったのは確実で、それと同時にアベルの右肩にも血が舞う。痛みに顔を歪める両者。アベルはダガーをクルリと手元で弄ぶと村正の腹に突き刺した。その後の行方も見ずに、後方に宙返りすると床に手を置き、態勢を立て直すと鳳嶺に向かって迫った。
「村正!くっそ!」
腹にダガーが刺さったかもしれない村正を気遣いながら、鳳嶺はこちらに接近してくるアベルに向かって拳銃を乱射する。アベルは武器なし。一体どうすると?アベルが移動しながら、床に手を当てるとそこから新しいダガーが現れる。
「!そう来るのかよ…」
だったら、
鳳嶺が片手の拳銃を手中から放り捨てる。とちょうどその時、アベルがダガーを鳳嶺に突き刺した。がそれを鳳嶺は素手で鷲掴みした。
「え…!?」
驚くアベルの目の前で鳳嶺の姿が鬼へと変貌する。刃を素手で掴んだ手から血が滲み出るが鳳嶺はお構い無しにもう片方の拳銃をアベルの腹に突き付け、容赦なく引き金を引いた。閃光と痛みがアベルを支配する。が、アベルはダガーを引き抜き、腹にある拳銃に突き刺した。拳銃の乱射が止まる。驚く鳳嶺に向かってアベルは口角を上げて笑いながら、もう片方の手にダガーを出現させるとその右肩に向かって突き刺した。拳銃を手放し、その手で殴りかかって来る鳳嶺の一撃を顔を横にずらしてかわす。が、次の瞬間、アベルは鳳嶺を見失った。途端、ガクンと体が傾いた。まさかと視線を下げると鳳嶺が足を刈ったようで、鳳嶺が低い。態勢を立て直し試みるアベルよりも早く、その足を鋭く尖った爪で攻撃した。仰向けで倒れこむアベルに向かって新たに出した拳銃を突き付ける。が、それよりも早く反動を使って立ち上がりかけると鳳嶺の頭目掛けて蹴りを放つ。突然の事で避けきれなかった鳳嶺は、その一撃を受け、そのまま腹にも一撃、回し蹴りも一撃受け、床にバウンドして打ち付けられた。床にバウンドした拍子に拳銃は手元から零れ落ちており、うつ伏せになった鳳嶺は頭から流れ出る血を拭いながら立とうとするが、頭を強く打ち付けたらしく体が動かない。動けない鳳嶺にアベルは容赦なく迫り、ダガーを振り上げた。が、突然襲った凄まじい殺気にアベルは動きを止め、そして慌てて振り返った。そこにいたのは村正で。腹からは服が黒くて分かりずらいが、血が滲んでいる。しかし、大した傷ではないのか悠々とアベルに向かって刀を振り回している。アベルは驚いた。だって、だって
「あたしは、君の腹を抉ったはずなのに!」
そう、アベルは村正の腹にダガーを突き刺したのではなく、抉ったのだ。抉ったついでに追撃として腹を刺したのだ。だが、村正の腹は抉れていない。村正はアベルに向かって刀を振り回す、とそれをアベルはダガーで慌てて防いだ。しかし、タイミングは遅く、アベルの首筋に刀が食い込んだ。痛みに苦しみながら、その刃を掴むと彼は何故か、簡単に引き抜く。首から血が吹き出し、そこをアベルが押さえる。と目を見開いた。自分の顔面に、いや、正確に云えば数センチの距離で村正が微笑んでいたから。簪で舞っていた華と、能力であろう二色の美しい蝶がアベルの頬を、使用者である村正の表情とは裏腹に優しく撫でて行く。その光景と村正の凄まじい殺気、畏れは体を動かす事が出来ずに悶えるだけであった鳳嶺も感じていた。
「抉れるなんて、ないでしょう?ちゃんと見る事でしたね、愚者」
「!!……うっ」
鼻で嗤った村正と共にアベルの左胸に広がる痛み。すかさずダガーで村正を攻撃にかかるが、それを片手で掴まれ、そうして強い力で握りつぶすように握られれば、痛みでダガーを手放すのは容易かった。左胸の痛みと片手をつんざく痛みにアベルが軽く仰け反る。口元から紅い血が流れ出す。痛くても、兄が死ぬまで死ねない。ある意味、拷問だ。
村正はアベルの片手を放り投げ、刀を容赦なく抜き放つ。そして、そのまま回し蹴りで軽く弾き飛ばすと鳳嶺の元へと移動した。
「全く、馬鹿ですねぇ鳳嶺」
「う……るさいなぁ」
差し出された村正の手を借りながら、鳳嶺は立ち上がると横目に彼を見た。そして、手首の感覚を確認するように手首を回した。ポキポキと、微かに音がした。すると、至るところから流血したアベルがダガーを構えて立っていた。立つのも痛みでやっとだろうに、その根性は凄まじい。そこは、兄と同じようだ。その様子に、村正が妖艶に嗤った。
「いつまで持つでしょう?」
「さあ、ね……でも、あたしは、やるべき事があるから、だから、それまでは、絶対に倒れないっ!」
アベルの真剣な、真っ直ぐな視線に村正は軽く息を吐いた。そして、刀を構える。鳳嶺も、いつでも行けるように態勢を整える。
「あたし、まだ行けるよ?」
「準備はいいか?村正」
「愚問ですよ、鳳嶺」
両者、一瞬睨み合い、相手に向かって跳躍した。体に刻まれた傷をもろともせず。




