第五十一ノ世界:逃亡と巻き添え
広間をようやっと後にした彼らは何処へ行くと云う当てもなく、ブラブラと歩いていた。とその時、ドガンッ!!と大きな音が近くで響いた。瞬時に警戒態勢を取りながら鳳嶺が言う。
「どっかで殺し合いでもしてんのか?部屋の中で」
「部屋と云うよりも闘技場でしょうね。それらしきものが前に」
鳳嶺の問いに答えるように村正が顎で音の発信源であろう少し手前の両開きの扉を示す。扉は先程からガタガタと小刻みに震えている。はたから見れば、ただのホラーである。鳳嶺が千早を背に隠しながら拳銃に銃弾を詰め込み、匡華と村正は柄に手を置く。
「確認します?」
「確認して相手が出て来た場合、殺し合いになるね…村正」
「ええ」
二人は視線を合わせ、頷き合う。千早が鳳嶺の後ろから顔を出しながら二人の会話の意図が分かったようで、それを口にする。
「素通りね?」
「その通り、千早。さあ、急いでいk」
行こうと足を踏み出しかけた匡華が止まった。そして、村正が殺気を放ち出す。匡華も扉の中にいるであろう人物を警戒し、目が鋭くなる。二人が何も言わずとも此処まで共に闘って来た千早と鳳嶺も理解し、千早は鳳嶺の背後で靄を手元に引き寄せ、顔だけで扉を背中から覗きこんだ。
「腹を括るしかなさそうだね。さて、誰が出て来るかな?」
匡華が愉快そうに云う。と、同時にガタガタッと扉が再び震えた。ガタガタッ、ガタガタッ、と扉が震え、今にも何かが飛び出して来そうな勢いだった。そしてそれはある意味正解であった。突然、ガタンッと大きな音がして両開きの扉が盛大に開かれた。そこから尻餅をつくように現れたのは天井のライトに反射して美しく輝く髪を持ったあの女性ー見た目的には少女と云った方がしっくり来るがーだった。ライトに反射しているだけでよく分からないが、恐らく彼女の髪は匡華と同じ白銀か灰色であろう。と、彼女がこちらを振り返った。今の今まで闘っていたのだろう、顔が汗まみれだ。そして何故か涙目だった。彼女の慌てたような視線を受けた彼らはその動きを警戒の意味合いで止めた。匡華と村正、千早と鳳嶺は一瞬にして感じ取った。彼女はあの沙雪と云う女性で、強い。あの殺伐としたオーラがなくとも、今のような状態でもそれは変わらない。朱雀と同じ、多くの戦場を制した強者。
彼女はこちらに気づくと素早く立ち上がり、こちらに向かって駆けて来た。殺し合いか。誰もがそう思い、武器を構える。間近に迫った彼女の表情に匡華は首を傾げた。青ざめている。何か怖いものでも目の当たりにたった今してきましたと言わんばかりだった。涙目はその怖いものを目の当たりにしたためだろう。彼女は持っている刃物を抜刀しかけている村正に向ける事もなく、滑るように移動しながら素早く納める。その行動に呆気に取られた彼らの横を素通りしていく。が、匡華の肩をトンと軽く叩いて行ったのだ。それに匡華は彼女に向かって素早く一線、小太刀を振った。だがそれを紙一重でかわしながら彼女は匡華に向かって両手を合わせ、「ごめんね」と謝る。何に対して謝っているのか?誰もがそう思い、通りすぎた彼女を振り返ろうとしたその時、彼女は扉の中、闘技場にいるであろう誰かに向かって全速力で走りながら叫んだ。
「アベルちゃんごめんね!」
「アベル?一体誰の事?」
廊下に反響する彼女の声。彼女はそのまま逃げて行ってしまった。千早がその名前に首を傾げる。村正が殺気を放ったまま匡華を振り返った。鳳嶺と千早も匡華を心配そうに窺っている。心配そうに匡華を見る彼を安心させるため、大丈夫と匡華は千早と鳳嶺に軽く手を振り、村正に向かって笑う。
「何、されました?」
「さあ。まだわからん」
匡華が彼女に叩かれた肩を触る。指先に触れたのはドロッと冷たい感触。それがついた指先を顔面に持ってくるとそれは黒い液体。匂いを嗅いで害がないと判断した匡華はそれを今度は掌で払い落とした。服からも液体だろうに、綺麗さっぱりなくなった謎の液体。彼女がつけたこれは一体なんなのだろうか?とその時、千早が匡華の腕を、鳳嶺が村正の腕を後方に強く引っ張った。驚きながらもそれに素直に従う二人。そして廊下に一例に並んだ彼らは扉から放たれる悪寒と村正とはまた違う殺気に身を固くした。匡華と村正が鞘から少し刃物を抜き、鳳嶺が拳銃を構える。
「待ち伏せしましょ!今逃げたら危険だわ!」
「千早に同意。さっきの女性が本当に敵前逃亡したのかも怪しいし」
「そうですね」
そう、千早と鳳嶺の考えに頷き、警戒する二人。
そう、今此処から逃げようとすれば、闘技場から出て来る者に背後から攻撃される。実力が分からない以上、無謀にも背を向ける事は避けたい。そして、先程の女性がもしも、共犯だった場合、逃げたところで挟み撃ち確定である。逃げると云う選択肢を失った彼らには、ひとまず様子を見ると云う選択肢しかなかった。それか隙をついて逃げる。だが、そういうのは相手が一人の場合ならば実行出来るが、二人以上であった場合、選択肢は限られる。
緊迫する空間に、殺気が立ち込める空間に鳴り響く甲高い音と荒い息。近づいてくる不穏な気配に緊張感が増す。そして、扉の向こう側からその気配の正体が姿を表した。先手必勝、千早が靄をその正体に向けて放った。靄はその正体に向かって一直線に向かって行く。靄は鋭い一本の剣となり、扉から飛び出た気配に勢い良く突進した。その剣は気配の正体を確実に貫いた。貫いたのだが、紙一重でそれをかわし、空中で回転するとそのまま剣をガキンッ!と踏みつけた。力強かった訳でもないのだろうが、剣は根元からポッキリと折れてしまった。
「折れ…折れたぁああ!?」
あまりの衝撃的な光景に千早が驚愕の声をあげた。驚く彼女に早く戻ってこいと促しつつ庇う鳳嶺、匡華と村正はその正体と共に現れたもう一人を睨み付けた。人数は二人。凄まじい村正の殺気とはまた違う殺気を放つ一人とそんな一人を呆れたように見ているもう一人。もう一人の視線は一瞬、匡華達の向こう側、女性が走って行った方向に向いたがその視線はすぐさま一人に戻った。一人の足元には折れた剣があり、紫と黒の靄に包まれて消えていくところだった。靄は妖艶に舞い踊りながら千早の両腕に巻き付いた。それを目で追っていた一人の鋭い目が千早と鳳嶺を見、村正を見、そして匡華で止まり、口が裂けるのではないかと思うほどに口角を上げて不気味に嗤った。その笑みに千早が小さな悲鳴を上げ、鳳嶺が彼女を背に再び隠す。匡華と村正も相手を睨み付けながら殺気を放つ。二人の殺気に一瞬、一人は後退りかけ、もう一人は明らかに一歩後退った。
「………沙雪さん、逃げてもいいってあたし言ったから、言わなくてもいいのになぁ。まぁ、沙雪さんらしいからいっか」
もう一人、少女は匡華達に向けてにっこりと親しみ深い笑みを浮かべる。とその時、
「アッハハハハハ!!次はキサマかぁ!?」
一人、青年がそんな奇声をあげながら匡華に向かって突然、駆けた。一踏みで匡華の懐まで一気に迫ると手にしていた刃物を振った。それを小太刀を横にして防ぐ、が力が強い事と突然の事に反応が遅れた。追撃を加えようとしてくる青年に村正が刀を振り回す。それを青年は匡華の小太刀を足場に回転すると空中で村正の刀を防ぎ、片手に持っている別の刃物を振った。それをかわし、村正が追撃。匡華も追撃を加えると青年は壁を駆け上がり、跳躍。少女の元に舞い戻った。素早い動きに驚く彼らを横目に青年はランランとした、狂気じみた瞳を匡華に「のみ」向けている。その瞳で匡華はまさかと思い、あの黒い液体を触った指先を見つめた。だが、確証はない。警戒しながら二人を見るとなにやら言い合っていた。
「兄さん、突然はダメだよ」
「あ"あ"?なんでだよぉアベル。オレ様はアイツを殺してぇ!それで十分だろぉ?!」
「し・つ・れ・い・で・す!!」
今にも飛びかからんばかりの青年を頑張って抑える少女。少女が哀れに一瞬思ったがその少女の目には誰かに向けた殺気、愛憎が宿っていた。
「えーと、大丈夫?」
「ちょっ、千早!」
「だって…」
少女が不憫に思えたのか顔を出しながら千早が問う。鳳嶺が千早に云うと彼女は頬を膨らませた。青年を抑えていた少女は千早の配慮(?)に「すいません」と頭を下げた。そしてにっこりと青年の服を掴んだまま微笑む。
「兄さんが自分の標的につける印が沙雪さんじゃなくて君達にあったから、兄さん、飛び出しちゃって」
「……完全に巻き込まれたなこれ!!」
「嘘でしょう!?」
「マジかよ!?」
申し訳なさそうな表情の少女の言葉に悲痛な叫びを上げる三人。つまり、あの謎の液体は青年にとっての印。逃げた女性は恐らく、あの青年と殺し合いをしていて、無理だと感じて偶然居合わせた匡華達ー正しくは匡華だが、確実に四人であるーを隠れ蓑に逃げたらしい。先程、少女が言っていた言葉から以前からあったらしい。恐らく、女性は少女のために、とでも云うのだろうか殺し合いをしていたのかも知れない。
「これ、逃げれる…か?」
「無理でしょうね」
「やっぱり?」
「はい」
小声で鳳嶺の問いに即答する村正。二人の顔が少し不機嫌なのは気のせいだろうか。巻き込まれたは二回目だ。だからかもしれない。そんな二人を背後から千早が宥める。その様子に少女は心底申し訳ない事をしたと言わんばかりに表情を歪めたが、殺し合いをしない、と云う選択肢はないらしい。青年が暴れ始めた。それに少女は軽くため息をつきながら言う。
「兄さんが殺る気だし、少し殺ろうよ?もっとも、あたし達は殺る気だけど」
「アッハハハハハ!!」
にっこりと笑っていない笑みを浮かべる少女と狂気じみた笑い声を上げ、少女に同意する青年。匡華達は顔を見合わせ、武器を構える。匡華と村正が刃物を構え、千早が手元に靄を引き寄せ、そして鳳嶺が両手に拳銃を握る。こうなったら、受けるしかない。彼らのその姿勢が気に入ったのか否や、青年は再び、口角を上げて不気味に嗤った。
もう12月…今年が終わりますねぇ…一年って本当に早い




