第四十九ノ世界:疑心暗鬼と嘘八百についての論題
鳳嶺は茫然とベッドに横たわる首から真っ二つに裂かれた亡骸を見ていた。此処は茉亞羅の部屋だ。千早と鳳嶺が使っている部屋の二つ隣である。この部屋にいるのは鳳嶺だけだ。匡華と村正、千早は匡華と村正が使っている部屋に先に戻っている。鳳嶺が戻らせたと言っても過言ではない。「先に戻っててくれ」と言って鳳嶺が戻らせたのだ。村正が首を傾げて怪訝そうにしていたが、それを笑って手を振る事で誤魔化した。
鳳嶺は静かに考え込んでいた。「あの時」感じた殺気とオーラ。そして、凄まじい強さ。自分達以上のその威力。「何者」だと考えるたびに深まる疑心。友人を疑うなんて、酷いと感じる自分がいるにも関わらず疑いの目を向ける機会を狙う自分もいる。どっちが本当の自分か、疑心暗鬼の沼にはまり、それすらも分からなくなる。
「ッ!?」
その時、背後に気配を感じた。この部屋にいるのは鳳嶺だけのはず。もし、血の跡を追って来た者がいなければの話でもあるが。鳳嶺が勢い良く背後を振り返るとそこにいたのはいつの間にか部屋に侵入した、あの代表者らしからぬ人物だった。殺し合い初日に、沙雪と云う女性の殺気に怯えていた人物とは思えないほどに鳳嶺の警戒と殺気に臆せず、飄々と扉の前に立っていた。扉が開く音さえしなかったのに、いつの間に入った?!驚く鳳嶺に人物、少年はクスリと笑い、中性的な声で言った。
「音もせずにどうやって入った?とか思ってるでしょう?気配を消せば、音は立たない。ま、出来る人は多分、限られるけど」
「………何用だ?殺し合いする気か?」
長い袖の中で鳳嶺は相手に気づかれぬよう拳銃を出現させて持つ。銃弾は装填されている。が、少年は鳳嶺の行動に気づいていると言わんばかりに口角を上げて嗤った。鳳嶺はその動揺を悟られぬよう、警戒した表情で少年を睨む。
「殺し合い?しないよ。ボクはただ」
「!?」
トンッと少年が軽やかに一歩足を踏み出した、次の瞬間には鳳嶺の目の前に迫っていた。素早い動きに目を見開き、後退った。背後は茉亞羅の亡骸が横たわるベッドがある。その奥には壁。もしもの時は、大きく跳躍して、壁を使って扉の前まで逃げる。鳳嶺は感じ取っていた、少年から恐ろしいほどの畏れを。本当に、この子は初日にオドオドしていた子か!?
鳳嶺が袖の中に隠していた拳銃を懐に迫ってきた少年の眉間に当てた。少年は拳銃に驚く事もなく、愉快げに嗤っていた。その笑みが恐ろしく不気味で、鳳嶺は冷や汗を垂らす。
「ボクはただ、アナタにこれを渡しに来ただけ」
そう言って少年が懐から取り出したのは一枚の封筒。鳳嶺が拳銃を向けたまま、警戒しながらその封筒を受け取る。中に二枚ほど紙が入っているようで封筒の上からでも厚い紙だと云うことが分かる。少年はニッコリと笑って「開けてみて」と鳳嶺に封筒を開けるよう促す。鳳嶺は怪訝そうに首を傾げながらその封筒を開け、中の紙を開いた。紙に並ぶ多くの文章と、右上に描かれたリアルなある人の似顔絵。文章を読んで行くと鳳嶺の目が驚愕で見開いていく。どう云うことなんだ、これは。鳳嶺はチラリとニコニコ笑っている少年を見ると、疑問を口にする。
「この情報を何処で手に入れた?」
ガチャと拳銃を再び眉間に突きつけながら鳳嶺が言う。すると少年は驚いていた鳳嶺の心情が手に取るようにわかってると言わんばかりに目を細めて笑った。
「何処で?それは、アナタにとって重要な事ではないでしょう?重要なのは、その中身。感じていた疑問と疑心を真実へと導く片鱗。アナタにとって重要なのは、それだけ」
少年は鳳嶺の左胸に人差し指を置きながら言う。そう、少年の言うことは正しい。鳳嶺にとって「何処で手に入れた」かは重要ではない。重要なのは、「中身の事実」。少年は、信頼できるのか?鳳嶺はチラリと紙の文章を一瞥する。描かれている似顔絵の人物の名前や性格までもが、ピッタリと当てはまっている。此処までは、調べれば誰でも分かる。しかし、出身の世界は名乗らない限り知らない情報であるし、神様が無差別に配置した個人情報、能力や異名までもが記載されている。それほど、少年には情報収集の能力があると云うのか。鳳嶺に信じてもらえるように、ということなのか二枚目の一番下の行には千早と鳳嶺の情報が記載されている。
「(……信頼できる…?)」
鳳嶺は警戒しつつも少年を見定める。少年は鳳嶺の険しい顔付きに初日と打って変わって怖がる事もなく、ニコニコ笑っている。鳳嶺は一応、信頼したと云うことで拳銃を少年から外した。少年は鳳嶺の意図に気付き、心の底から嬉しそうに笑った。少年、二重人格者とかじゃないよな…?あまりの初日などとの別人さに鳳嶺は一瞬そう思った。
「嗚呼、それとボク、二重人格とかじゃないよ。普段は怯えるような演技してるだけ。そうすれば、皆、"簡単は後回し"にしてくれるし」
考えていた事が顔に出ていたのかと鳳嶺は怪訝そうに眉をひそめた。そうして、封筒を懐にしまいこんだ。それを見て、少年は再び、心の底から嬉しそうに笑う。封筒を、情報をしまうのは信頼した証拠だと読み取ったようだ。実際、鳳嶺も一応そのつもりで拳銃の矛先も変えたのだ。後は、情報が事実かどうかと云う裏付けだけ。それを言うと少年はまた鳳嶺を言いくるめるのだろうと彼は思い、こうなることも少年の中では想定済みなのではないかと深い思考に陥る。鳳嶺は軽く頭を振ってその考えを打ち消すと鳳嶺と距離を取るように一歩下がった少年に問う。
「お前は、誰だ?」
その問いに少年は笑って快く、親しみ深い笑みを浮かべながら答えた。
「ボクはアーギスト。〈夜の京〉代表者。宜しく」
少年、アーギストは千草色のセミロングで両のこめかみの先に天鵞絨色のビーズを着けている。瞳は珊瑚色。服は高麗納戸色の袖が長く、振袖のようになっているチャイナ服の上のみでー手元が少し隠れているー、下は黒のキュロット。黒のニーハイソックスに黒が多めの茶色のブーツを履いている。
二人の視線が交差し、アーギストがニッコリと笑った。それに鳳嶺も笑い返した。今此処に、二人が仮契約が成立した。契約は、情報が事実だと判明したその時だろう。鳳嶺がアーギストの横を通りすぎようとすると彼は鳳嶺の耳元で囁いた。それを聞いて鳳嶺はクスリと口角を上げて、妖艶に笑い、部屋を出て行った。
残り、七
進みますー!




