第四十八ノ世界:騙しの代償消化
茉亞羅はようやっと見つけた目当ての相手を睨み付けた。相手は、自分に背を向けて歩いている。茉亞羅はナイフを手元で弄ぶ。背後から匡華達が追って来ている音と気配がしている。自分を止めようとしているのだろう。ヘレーナを殺した相手だから。それでも、
「この茉亞羅様を怒らせた報いを、受けなさい!」
「茉亞羅!」
茉亞羅は青年に向けて駆け出すとその背中にナイフを突き立てた。ビクリとナイフを突き立てた青年の背中が痛みに震え、前方から嗚咽が漏れる。近くにいたもう一人の青年も彼も自分達が不意討ち、しかも茉亞羅が来るとは思ってもみなかったようで動揺している。動揺なんて縁がなさそうな二人が動揺している。嗚呼、なんとも滑稽かしら。茉亞羅は歓喜で口角を上げて嗤った。と、その時、甲高い悲鳴が響いた。千早の声だ。それと同時に村正が素早く迫る。が距離が遠すぎる。村正がそれに気付き、手を伸ばした。それに気づいた茉亞羅は村正を一瞥するとニッコリと心の底から笑った。全て分かっていると言わんばかりの、年相応の、美しくも可愛らしい笑み。
ありがとね、アンタたち。やっと決心がついたわ。茉亞羅様の世界が「邪悪の反乱」と云う意味を持つのなら、そのように動きましょう。茉亞羅様は『悪』。〈イヴィル・リベリオン〉での『悪』に片寄る者。殺されるならば、それは茉亞羅様に相応しい最期!喜びなさい?アンタたちはこの茉亞羅様の最期を目の当たりに出来るのよ?………ごめんね、みんな。
それと同時だった。
「ハッ、これで敵討ちとか思ってんの?バカじゃねぇの?」
スパンッと云う音と共に茉亞羅の首が飛んだ。手を伸ばした村正の手に頭と切り離された胴体の手がなんとも遅く、届いた。首から吹き出る血と床にゴロンと落ちた笑った茉亞羅の頭。音と気配から首を切られたのだろうと察した千早が顔を両手で覆いながら悲鳴を上げる。鳳嶺がそんな彼女を落ち着かせるように抱き締め、見えないようにする。匡華もギョッと驚愕しながら村正の元へと駆け寄る。と匡華の首筋に当てられた刃物の気配。咄嗟に茉亞羅の冷たくなった胴体を抱き抱えた村正の前に躍り出ると小太刀でその刃物を弾いた。
「へぇ、タクの攻撃に反応できる奴だったんだ。やっぱ」
その刃物が誰のものかは分からないがその正体はやはり、あの青年達であった。眼鏡をかけた青年が茉亞羅を殺したのは事実で、鋭く伸びた爪がヘレーナの時のように紅く染まっている。匡華と村正、鳳嶺が茉亞羅に刺された背中の痛みをもろともせずに愉快そうに笑う青年と死んだ茉亞羅を嘲笑う青年を睨み付ける。睨み付けられた事に気づいた青年がその視線が鬱陶しいのか顔を歪める。
「んだよ。騙される方がわりぃじゃん」
「それでも、殺し合いだからと言っても、騙すのはどうかと思いますよ」
「ハァ?なに言ってんの?神様だってルールでそんな事言ってないじゃん」
青年の言い分に村正が唇を噛み締める。そう、神様は騙してはいけないなどとは一言も言っていない。逆に騙してもいいとも言ってないがそこは世界で得た能力と云うことになるのか、はたまたその世界の性質と捉えられるのか。
青年はハッと鼻で嗤うと眼鏡をかけた青年に目配せするともう用はないと言わんばかりに去って行った。空間を支配していた緊迫感と怒りがしぼんで行く。匡華は小太刀を納め、冷たい床に転がった茉亞羅の頭を悲しそうに顔を歪めて持ち上げた。持ち上げた拍子に切れた首から血が滴る。足元を見るとそこには血溜まりがあった。匡華は笑ったままの茉亞羅の瞳を手で閉じさせる。ちょうどその時、村正が彼女の胴体を横抱きにして持ち上げながら立ち上がった。顔には苦痛の表情が浮かんでいた。
「村正のせいではないよ。茉亞羅は笑っていた。こうなるつもりだったんだよ」
「……そうでしょうか」
「嗚呼、そうだよ。残酷な事を云うようだが、此処は殺し合いの場。助けられるものも助けらないものもある…日常と同じように、"私達のように"」
「…そうですね匡華」
両目を押さえて鳳嶺の腕の中で震えていた千早が「もう大丈夫」と鳳嶺の袖を引っ張った。が、それでも彼は離そうとしなかった。理由は、青年達のせいではない。匡華と村正の言動である。本当にあの二人は「何者」だ?疑心が鳳嶺の心を暗くする。が千早の声で引き戻された。茉亞羅の亡骸を持った二人がこちらにやって来るのを確認すると千早はスルリと解放された鳳嶺の腕から出ると匡華の持つ茉亞羅の、冷たくなった頬を優しく撫でた。千早は、ヘレーナの時と同じ心情になっているようだった。もし、殺し合いがなく、世界同士を自由に行き来出来たならば、彼女達はきっと姉妹のように仲良くなっていただろう。しかし、もうその未来は永遠に来ない。
「………許さない」
千早がポツリと呟いた。その声色とオーラからは静かな怒りが漂っている。殺し合いとて、人を失う悲しみも怒りもある。匡華は村正と視線を合わせる。
「(青年達は、大きな障害になる。あれほどの頭脳と攻撃力だ……厄介な者達が手を組んだものだな)」
「(そうですね。沙雪と云う人間もあいつらも、代表者と云うからには、異名を持つからにはすぐには死なず、殺しを極めている…と云うことでしょうか)」
「(そうかもしれないね……嗚呼、早く伯父の家に帰ってみんなでお茶したいよ)」
「(匡華らしくない弱音ですね)」
「(からかうな。つい出てしまったんだよ)」
そう、視線で会話する二人。言わなくても会話が成立するのは相手を心から信頼仕切っているからだ。千早が首を傾げて匡華を見上げている。鳳嶺も何も喋らない二人を不思議そうに腕を組んで見ている。それに気づいた二人は苦笑をこぼす。
「茉亞羅の亡骸を部屋に運ぼう。神様が敗退者の亡骸をどうしているのか私達が知らない以上、放って置くのは可哀想であるし何より……」
「そうね。私、茉亞羅の部屋知ってるわ!二つ隣なの」
「なら、案内をお願いします」
「任せて!」
どんと来いと云うように胸を張る千早に匡華が小さく笑い、歩き出した彼女の後ろを追って歩いて行く。その後ろを村正が追いかけようとして、立ち止まったままの鳳嶺に気づいた。怪訝そうに首を傾げながら彼を呼ぶ。
「鳳嶺、行きますよ」
「あ、嗚呼」
我に返った、とで云うように鳳嶺はハッとすると慌てたように匡華と千早を追った。その背を見て、村正はよく分からないが胸騒ぎがした、嫌な予感がした。村正にとって友人は、千早と鳳嶺ー村正にとっては千早は無意識だがーが初めてだ。匡華と村正が云う「仲間」は最初から、「生まれた時からの村正の仲間で友人で兄弟」。経緯は違うにしても匡華も「仲間」で友人だ、「生まれた時からの」彼らと同じように。千早と鳳嶺とは、普通の友人となったきっかけも場所も、訳が違う。
「(友人との接し方とは、難しいものですね……彼らとはまた違い、戸惑います…)……ちゃんと、話さなくては」
ポツリとそう呟いて村正は少し遠くなった三人の背中を見やった。そして、ダランと垂れ下がっていた茉亞羅の両腕を片手で彼女の腹の上に乗せると彼らを追った。
そんな彼らの背後には、一人の人物。茉亞羅と昨日、話していた人物だった。だがそんな事、彼らは知らない。人物の言葉が茉亞羅の疑心を一瞬、なくしたことも彼らは知らない。人物は口元を袖口で隠して笑う。そして、チラリと背後を一瞥した。そこにいたのは久しぶりに見た神様で、険しい顔付きだ。自分が何かやらかすのではないかと、監視しているのか。まぁ、それでも良い。自分は自分のために行動するだけ。
人物は再び、クスリと笑うと気づかれぬように彼らを追った。
神様は、その場から消えた。神様がついさっきまでいたところでは微かな風の渦が舞っていた。
千早、ヘレーナ、茉亞羅は姉妹組かな




