第四十七ノ世界:彼女に伝えられた真実
睨み合っていた匡華と村正、茉亞羅の元へ影と闘い終わった千早と鳳嶺がやって来た。増えた敵と間接的ではないが負けた事に茉亞羅の怒りは頂点に達した。懐の特効薬の飴を使うことも考えていたがそれを忘れて、茉亞羅は怒りに任せて叫ぶ。
「この茉亞羅様に楯突くなんて……!身の程知らず!怒らせた事を後悔なさい!!『欲罪・強欲』!『欲罪・憤怒』、『欲罪・傲慢』!!」
トリプル?!驚く彼ら。いち早く我に返った匡華と村正が視線だけで会話し、頷き合うと自身の隣に立っている千早と鳳嶺を横へ押し出した。倒れ込むように二人に横へとずれた。その瞬間、刃のように鋭く強い風と花びらが匡華と村正を襲った。武器で防ぐ暇もなく、二人は強風で壁まで吹き飛ばされると、ズドン!と大きな音を立てて、壁にめり込んだ。壁に広がる亀裂。千早が心配した表情と声色で叫ぶ。
「匡華さん!村正さん!」
「「…………」」
悲痛な千早の声に壁にめり込んだ二人は微動だにしない。匡華の額からは頭を打ったのか、血が流れ出しており、村正は糸が切れた人形のようにカクンと首を垂れている。気絶しているのか。分からないが反応を示さない事に千早は唖然としたようだった。その様子に鳳嶺は拳銃を持つ手に力を籠めた。その時、甲高い笑い声が響き渡った。
「アハハハハハハハハッッッ!!!茉亞羅様に楯突いたからよ!茉亞羅様の欲望を踏みにじった罰よ!ハハハハ!」
「……お前ぇ…!」
笑う茉亞羅に怒りが込み上げて来る。千早の足元から靄が妖艶に立ち昇る。鳳嶺がトンッと軽やかに足を踏み出し、素早く茉亞羅に迫った。鳳嶺の行動に、感情が手に取るようにわかった千早は我に返ると紫と黒の靄を手元に引き寄せた。その時、彼女の横を風が通り過ぎ、靄を漂わせる手を引き止められた。
鳳嶺は目の前にまで迫った茉亞羅に向かって拳銃を放った。その一撃を茉亞羅は愉快げに笑いながらかわすとナイフを振った。鳳嶺は首を傾げる要領で一振りをかわしながら態勢を低くし、茉亞羅に向かって足刈りを放つ。クルンと踊るように回避する茉亞羅。鳳嶺がそのまま茉亞羅の背後に滑り込みながら下から拳銃を発泡する。突然の発泡に茉亞羅は上体を仰け反らせるが眉間に銃弾が掠り、血が悔しいと憤怒の表情をした顔を覆い隠していく。その隙をついて再び鳳嶺が足を刈った。思惑通り、茉亞羅は転ぶように後方に倒れて行った。鳳嶺は素早く立ち上がりながらナイフを持つ手元に銃弾を放ち、ナイフを弾き飛ばした。鳳嶺がきちんと立ったその時、殺気だけで人を殺せるほどのものが鳳嶺を襲った。それは、まさに「あれ」で。鬼の形相だった鳳嶺が顔を上げるとそこにいたのは羽交い締めにされて暴れる茉亞羅とそんな彼女を羽交い締めにした張本人、村正だった。村正からは凄まじいほどの殺気が放たれており、その殺気を直に受けた茉亞羅はぴたっと動きを止めた。突然の村正の登場に鳳嶺は面食らったように背後を振り返った。亀裂が入った壁には誰もおらず、安心仕切った表情の千早の隣には頭から流れ出る血を拭っている匡華がいる。困惑した表情で鳳嶺が村正を見ると彼はニッコリと笑う。
「敵を騙すなら味方から、ですよ。鳳嶺」
「………ふ、利用されたって訳か」
「ふてくされないでください。この人間に真実を教えるためです」
「分かってるさ」
鳳嶺の少し不満そうな表情に村正が言うと鳳嶺は苦笑すると抵抗をやめた茉亞羅の眉間に保険で拳銃を突き付ける。身長の高い鳳嶺を睨み付ける茉亞羅に鳳嶺も睨み付ける。茉亞羅の瞳からはやはり復讐と怒りが漂っている。
「さて、俺達の話聞いてくれよ?」
「はぁ?なんでこの茉亞羅様がアンタたちの話を聞かなきゃならないのよ!」
「嘘を信じたままは、嫌だろう?」
「…………どういう事よ」
絶体絶命であるにも関わらず、そのナイフのように鋭い瞳をこちらにやって来る匡華と千早に向ける茉亞羅。千早は茉亞羅を睨み付けている。茉亞羅は匡華の言葉に興味をそそられたのか、復讐と怒りの中にランランと光る別の欲を表している。匡華は鳳嶺の拳銃を何故か軽く手で押し退ける。不満そうに顔をしかめた鳳嶺が千早の元へ後退する。だが、拳銃の銃口は茉亞羅から外れていない。匡華はそれを横目に茉亞羅にズイッと近寄る。突然の事に茉亞羅が顔を背ける。匡華の小太刀を舞う赤黒い血のような色をした透明な小さな蝶が茉亞羅の足元に舞い躍りながら移って行き、茉亞羅を優しく包み込んでその足元で消えた。だが、それに気づいていたのは本人である匡華と村正だけである。
「貴女の共犯はヘレーナかな?」
「……!…そうよ。アンタたちがあの子達を殺したのは分かってるんだから!!」
茉亞羅が匡華に噛みつく勢いで叫ぶとやはり、と彼らは思った。茉亞羅は騙されている。
「違うよ。青年達に何か言われたんだろうけれどね。ヘレーナを殺したのは、貴女に嘘を教えた青年達。私達は、彼女達と殺し合いをした。決着が着くと云うところで青年達が突然現れ、ヘレーナを攻撃。そして、ヘレーナは殺された。これが真実だ。貴女も、少なからず気づいていたんじゃないかい?」
優しく、語りかけるように言う匡華。匡華の一言一句を茉亞羅は口の中で噛み砕いて聞いていく。そして、茫然と目を見開いた。抵抗を止め、腕をダランと垂らして動揺した様子で顔を俯かせながら考え込む。
あの二人が嘘をついていた?あの時、考えていた事が事実だった?何故、気づけなかった?何故、何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故!
………嗚呼、悪いのは全て、アイツらとこの茉亞羅様。あの二人の策であろう嘘に色欲、考える事を怠惰、自分が正しいと傲慢、嘘であるにも関わらず勝手に憤怒、疑心を暴食、全てを嫉妬、そして、強欲した。全て、茉亞羅様の罪。自分が引き起こした、偽りの罰。
「…………………ふふ」
「?」
「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッッ!!!」
突然、茉亞羅が狂ったように笑い出した。茉亞羅を拘束していた村正も驚いたようだ。千早が小さい悲鳴を上げて鳳嶺の背中に隠れた。匡華と鳳嶺が怪訝そうに茉亞羅を見る。と彼女は涙を流していた。それに匡華は咄嗟に村正の手を引き、自分の方へ引き寄せた。突然の事に驚きながらも村正も理由がわかったらしく匡華に従う。拘束を逃れた茉亞羅は泣き笑いのまま、クルリと回り、スカートが可愛らしく揺らめかせる。鳳嶺が拳銃を発泡するとその銃弾を彼女の前に現れた透明な壁が防いだ。茉亞羅は赤くなった顔と体を匡華達に向けながら、弱々しくも、力強く言い放つ。
「嗚呼、茉亞羅様は……溺れたのね?ふふふふ、ありがとアンタたちのおかげよ。光栄に思いなさい?ふふ」
タッと突然、茉亞羅は匡華達に背を向けて扉に向かって駆け出すと大きな音を立てて開け放つと闘技場から飛び出して行った。一瞬、茫然としていたが我に返った匡華と村正が叫ぶ。
「茉亞羅を追おう!あの様子だと本当の敵討ちをしに行ったんじゃ?!」
「ヘレーナを不意討ちで殺した相手です。恐らく、茉亞羅も…!」
それに千早が心配そうに顔を歪め、鳳嶺と目を合わせると鳳嶺が千早を抱き上げた。この方が移動が速いのだろう、大変急いでいる場面では。
そして彼らは全速力で茉亞羅を追った。




