第四十四ノ世界:開始の合図は、問い
その翌日。殺し合いの鐘が遠くから鳴り響く。匡華達はどうせ茉亞羅の世界がモチーフの闘技場に連れて行かれると考えていたのだが、一向に動きがなく、途方にくれていた。
「どういう事ですかね?」
「様子を見ているんじゃないか?」
村正と鳳嶺が廊下の壁に背を預けながら言う。今二人は千早と鳳嶺の部屋の前にいる。広間から出てきたはいいが、茉亞羅の襲撃も他の襲撃もないため、千早の要望で一度部屋に帰っていた。着物を直したいそうだ。ならば鳳嶺と一緒に入った方が良いのに何故か千早は匡華を選んだ。全くもって意味が分からない、が恐らく紅茶でも教えてもらっているのだろう。そう考えて、鳳嶺はチラリと村正を横目で見た。あの時感じた恐ろしい問い。それを今此処で口にしたらどうなるだろう。
「鳳嶺?どうしました?」
いつの間にか村正を凝視していたらしい。村正が怪訝そうに鳳嶺を見返す。鳳嶺はなんでもない、と手を振りかけて止まり、こう問った。
「匡華と村正は、何者なんだ?」
殺気、恐怖。入り交じった感情とオーラが鳳嶺を包みこむ。それを放つのは紛れもなく村正で。村正は悲しそうに笑いながら言う。
「……そのうち、教えます」
「……そうか」
重い静寂が二人の間に降り注ぐ。鳳嶺は二人になにやら事情があるのか、と自分を嗜めた。人には人の事情がある。村正に何故か親近感を感じたように。けれど、それは鳳嶺の頭の片隅では疑心にしか成り得なかった。
その時、部屋の扉が開き、匡華と千早が姿を表した。鳳嶺がすかさず千早に近寄り、その手を当たり前のように取る。それを千早は当たり前のように受け止める。匡華はそんな二人を微笑ましそうに見ると村正へと近寄った。そして、なにやら違う彼を心配し、言う。
「どうしたんだい?村正」
「いえ……ただ、"何者"って云うのは少し怖いですね」
自分の体を抱き締めるようにする村正。嗚呼。匡華は大丈夫、と彼を安心させるように彼の腕を擦った。村正と親近感を持つ鳳嶺の事だ。少なからず気付き始めているのだろう。
「貴方の言いたい時に言いな?」
「はい。そうします。友人、ですからね」
小さく笑う村正。その視線の先、鳳嶺と目が合った。「さっきは突然すまん」と謝罪の意で頭を軽く下げる鳳嶺に対し、村正も軽く頭を下げて答える。その様子に匡華は本当に、貴方は変わったねと嬉しく思った。何も知らない千早は一人取り残されたと思ったのか、プクゥと頬を可愛らしく膨らませた。
「なによなによ~」
「ふふ、なんでもないよ千早」
膨れた千早をあやすように匡華が言い、鳳嶺がその頭を優しく撫でた。それに千早の機嫌はすぐさま直ったようで少し恥ずかしそうに笑った。その時、気配がした。それを感じ取った匡華達は真剣な表情で辺りを見回した。自分達に向けられている殺気、怒り。恐らく茉亞羅だ。村正が彼女を見つけ、三人に見るよう視線で合図する。そこは角で茉亞羅の姿はない。だが、殺気は此処から漂って来ている。恐らく角の向こう側に隠れているのだろう。村正が殺気を放てば、ビクリと怯えたような気配が混じった。この近くに闘技場はない。確か少し離れた場所になら…匡華はそこまで考えると小声で指示をした。
「少し遠いが闘技場があるところまで走ろう。此処で殺し合いを始めたら千早と鳳嶺の部屋が犠牲になる」
「そうね。部屋がなくなるのは困るわ」
匡華の指示に全員が頷く。鳳嶺が静かに千早を横抱きにすると彼女は驚き、声をあげかけた。が、口元に両手を当てて出さないようにする。いつも急いでいる時などは横抱きされていたが、必ずしも慣れていると云うわけではないらしい。と云うよりも千早の場合、鳳嶺の顔が近くになるからか。本当に純粋で可愛らしい友人に匡華は小言で小さく笑った。
「僕が用心のために後ろ行きましょうか?」
「いや、大丈夫だ。俺はそんなに頼りないか?」
村正がそう提案すれば、鳳嶺が千早を横抱きにしたまま胸を張って言って来る。それに村正は悪戯っ子のように笑った。
「いいえ。コケないでくださいね、さすがに笑えません」
「笑わすためにコケるか?」
「私が怪我しちゃうわよ鳳嶺!」
「馬鹿ですか」
村正にノッたのになにこの仕打ち。鳳嶺がしょぼーんとした顔をする。が顔は笑っている。クスクスと小声で笑い合う二人に匡華と千早もつられて笑う。緊迫していた空間が少し和らぐ。さて、と匡華が小太刀の鞘を押さえる。村正も同じように刀の鞘を押さえ、千早が鳳嶺にギュッと抱きつく。鳳嶺は千早を落とさぬようしっかりと抱き締める。真剣な表情の彼らを確認し、匡華は言う。
「では、行こうか」
力強く頷いた彼らを伴い、匡華は床を強く蹴り、跳躍した。その後に同じスピードで村正、少し遅れて千早と鳳嶺が続く。ワンテンポ遅れて茉亞羅が慌てたようにその後に続いた。茉亞羅自身も匡華達の思惑に気付きながらも追ってきている。それほど、騙されていると云えば良いのか、はたまた復讐に駆られていると云えば良いのか。その答えを匡華達は知るよしもない。
暫く走っていると目的の闘技場が見えて来た。なんの変哲もない両開きの扉。そこに向かって村正が素早く駆けると体当たりして扉を開ける。そして彼らはその闘技場へと駆け込んだ。中央まで駆け込んで匡華は背後を振り返りながら闘技場を見渡す。クリスタルが置かれた、見慣れた場所。〈シャドウ・エデン〉がモチーフの闘技場だ。茉亞羅が闘技場に駆け込んで来た。と同時に鳳嶺が千早を下ろした。茉亞羅は匡華達から殺気と怒りの視線を逸らさずに、闘技場を見渡す。それに気づいた匡華と村正がゆっくりと刃物を抜き放つ。茉亞羅がニィと笑い、ピッとナイフを片手に持つ。千早が靄を両手に纏わせ、鳳嶺が二丁拳銃を持つ。
「こんなに茉亞羅様を走らせたんだから、どういう事か分かってるわよね?」
笑っていない笑みを茉亞羅が返せば、村正と鳳嶺の殺気が出迎える。茉亞羅が小さく、額から汗を流し決意を固める。
「『欲罪・強欲』」
茉亞羅の隣に粒子がクルクルと踊るように舞う。そして形作られたのは等身大のもう一人の茉亞羅。違うところを挙げれば、肌が真っ黒で口がないところか。それを気配で感じ取った千早が小さく笑い、言う。
「まるで『闇』みたいね」
「はは、似ても似つかないと思うけど?」
千早の両手に纏わっていた靄が鳳嶺の言葉に同意するかのように揺れた。匡華は村正に視線を移す。彼は力強く頷いた。
「アンタたちは此処で茉亞羅様のために死ぬのよ!この怒りも欲望も、全てを受けて死になさい!」
「そうはいかないんだ。貴女には教えなければならない事があるしね」
「ええ、そうですね。教えてあげます」
両者、相手を睨み付け、そして、跳躍した。匡華達は殺し合いと誤解を解くために。茉亞羅は殺し合いと復讐のために。




