第四十三ノ世界:求めた色と復讐
茉亞羅は粒子が漂う檻を苛立ったように蹴飛ばした。中に自ら入り、捕らえられた粒子が怯えるようにフヨッと動き、消えて行った。粒子の怯えた様子に茉亞羅は再び苛立ったのか、顔を歪めながら玉座に勢い良く座り、足を組んだ。
「(この茉亞羅様が逃がすなんて……!嗚呼!イラつく!……でも)」
茉亞羅は怒りを落ち着かせながら、頭の隅にあった疑問を自身に投げ掛ける。投げ掛けながら、懐から袋に包まれた飴玉を取り出すと口に放り込んだ。この飴玉は茉亞羅自らが特効薬を加工して作った自作の特効薬の飴玉だ。殺し合いの時間帯に誰かが部屋に侵入する可能性も考えての事だった。侵入した代表者が特効薬を盗むとは考えにくいが、勝つためには後ろ盾と云う特効薬が欲しい。だから茉亞羅は持ち歩ける後ろ盾を産み出したのだ。内側から癒されていく痛みに一瞬顔を歪めた。
「本当にアイツらは、理解していたの?」
あの、茉亞羅の怒りが理解できていなかった表情。身に覚えのない、と云わんばかりの困惑した表情。茉亞羅は「あの二人」が自分に教えてくれた事は事実だと思っている。だって「あの二人」は「ヘレーナと殺し合いをしていた張本人」なのだから。しかし、それでも心の何処かでは違和感と疑心があった。ヘレーナが死んだ後、茉亞羅様は最期までヘレーナと双子を見送った。その時見た三人の傷は今でも脳裏に焼き付いている。自分の生まれ育った世界の性質なのかどうなのかよく分からないが、傷をつけたと思われる武器が明らかに違っていた。ヘレーナを死にいたらしめたのは鋭い、例えば、自分が能力で出した狼の爪のようなもの。匡華と村正は刃物であるが、幅が恐らく違う。ヘレーナの体にあった別の傷は匡華の刃物であろう。千早の能力と云うのもあるが、狼達との闘いを横目に一瞬だけ見た際、刃物があった。しかし、こちらも遠目だったが致命傷ではなく、別の傷の方であった。と云うことは、どういう事か。
深く考えれば考えるほど、疑心は深まって行く。どちらが合っている?茉亞羅様は、どちらが嬉しい?
「考える、のは、アナタの役目…?」
「……何よ」
その不意に響いた自分以外の声に茉亞羅は不機嫌そうに顔をした。茉亞羅が顔を上げるとそこにいたのはある人物で。自分が何度も見た代表者。此処は神様が配置した闘技場だが、茉亞羅にとっては部屋と同じくらいの城だった。だからこそ、此処でなら匡華達に勝てると踏んだのだ。そんな城に茉亞羅の招待なく入ってきたその人物に茉亞羅は些か怒りを覚えた。その人物、一人は中性的な声で茉亞羅に話しかけながら彼女に歩み寄る。
「アナタは、何も考えずに指示を出せば、良い、良いだけ……ねぇ、そうでしょ」
「ふふ、そうね。考えるのはめんどくさいわ。でも」
ビシッと一人を指差しながら茉亞羅は言う。
「茉亞羅様は茉亞羅様よ。口出ししないで!」
茉亞羅のその言い分に一人は口角を上げて、笑った。その笑みが不気味で茉亞羅は怯えた様子で少し仰け反った。そんな茉亞羅に一人は素早く近寄る。突然、目の前に現れた一人に茉亞羅は驚いたが、まじまじと一人の顔を見る。そして、茉亞羅の瞳がキラリと輝き、ガリッと口内の飴玉を噛み砕いた。それに気づいた一人は再び口角を上げて笑った。二人の目が合う。
「ボクがお好み、だった…の?」
「ええ、まぁね」
茉亞羅はふいと一人から顔を背けるとその耳元に一人の中性的な声が響いた。
「ボク、見たんだ…よ。アナタが知りたい事実。犯人は、合ってる。復讐を。そうすれば、アナタは最強となる」
茉亞羅の口角が小さく、上がった。自分に自信が戻ってくるようだった。洗脳されるように一人の言葉が脳に浸透していく。それを気配で感じながら一人は笑った。
「「((誰が、信じろと言った?))」」
…*…*…
場面は変わり、暗い森の中。
伽爛はふと、青年と少年の爪の色が村正と同じ事に気づいた。青年は刃物を確認しながら、なにかを待っているようで球体を一向に割ろうとはしない。一方、少年はその理由を知っているのか、伽爛を観察している。
「聞いてもいいかな」
「ん、なんだ?」
伽爛が少し怯えながら少年に声をかける。少年は青年が一向に割ろうとしない事に伽爛が気になっていると思ったのか青年の方を向いて納得したように声を上げた。それを見ながら伽爛は頭の隅で考えていた。青年と少年の爪の色は、黒。村正くんの爪の色も黒。何故、同じ色?何か意味があるのかな?
「兄貴は待っているだけだ。あの球体、アンタが知りたい事はある意味深い。割る時間を間違えると戻って来れなくなる……アンタじゃなくて「遮って悪いけど…」……」
伽爛が少年に申し訳なさそうな表情で言葉を遮る。伽爛には少年が何かに怯えているように見えた。目に見えない何かに怯えていたから、伽爛は少年の言葉を遮った。遮られた少年は不機嫌を表す事もなく、逆に安心したのか恐怖と警戒で険しかった表情が和らいだ。伽爛は睨まれなかった事に胸を撫で下ろす。少年は右側だけの顔で伽爛を見上げる。伽爛が話し始めるのを待っているようだった。初めて会った時よりも警戒が和らいでいる事に伽爛は嬉しく感じた。
「気になったんだけど、村正くんとマニキュアの色同じなんだね。何か意味があるのかい?」
気になった事を素直に云うと少年は嬉しそうに笑った。心の底から嬉しそうに。その意味が分からなくて伽爛は途方にくれた。たまたま視界に入った青年はこちらを見て微笑ましそうに笑っていた。少年は右手の黒い爪を撫でながら、少し俯き加減で嬉しそうに言う。
「証」
「証…?」
「そう、証。兄弟の証」
つまり、彼らは。
伽爛はいつの間にか少年の頭を優しく撫でていた。少年は驚いたように右目を見開いた。
「う、うわぁ?!ご、ごめんね!?」
伽爛自身も無意識だったらしく、慌てて少年の頭から手を外した。少年は怒る事もなく、ただゆっくりと青年と視線を合わせた。伽爛は殺される?!と怯えたが違うようで青年の仮面の笑みが完全に外れた。直感的に伽爛はそう思った。少年がクルリと伽爛を見上げた。そこに初めて会った時の警戒の色はない。
「本当に匡華と兄さんが認めたんだな。なんでアンタを認めたか、分かった気がする」
「ぼくはまだなんとなくだけど。でも、分かったよ」
「え?え?」
伽爛だけが分かっていないようだった。それでも、これだけは言える。
「(味方として認められた?)」
多分。青年の顔にはまだ伽爛を疑っている色が見え、少年の顔には少しの不安と恐怖があった。嗚呼、初めて会った村正くんみたいだね、君達は。
伽爛は子供を見守るような心持ちでにっこりと微笑む。
「『異世界案内人』ではなく、ただの伊達 伽爛として君達と接するよ。教えてくれないかな?」
何を、と言わなくても分かるのは何故だろう。青年は少し俯いて、クスリと笑った。嗚呼、分かる気がするよ匡華、村正。二人が、村正が「なにもしなかった」理由が。
青年は球体から離れると少年の元へと歩み寄る。ガリガリと刃物が地面を削るが森に不気味に響く。その音に伽爛が少しびくつく。軽く刃物を浮かせて鞘に納める。心の中ではまだ伽爛が裏切らないかと不安だ。けれど。
青年は少年の隣へ並びながら、真剣な瞳で伽爛を見つめた。
ねぇ
「信じてもいい?」
それに伽爛は力強く頷き、笑った。




