第四十ノ世界:拒否権を施行したい
両開きの扉を開け放ちながら大きな手がある闘技場へと駆け込んだ。それを追って二人も駆け込んだ。その闘技場は見えぬ天井にまで届くほどの格子があり、観客席には等間隔で檻のようなものが置かれている。床には古びたレッドカーペットが敷かれている。格子が天井で束になり、闘技場は微かに暗い。まるでこの闘技場そのものが牢獄のようで、少し不気味な雰囲気が漂っている。その雰囲気に匡華はブルリと体を震わせた。横目でそれに気づいた村正が心配そうに匡華の顔を覗き込んだ。匡華は大丈夫だと笑って見せた。すると、大きな手が千早と鳳嶺を捕らえた時のように突然、解放した。レッドカーペットが敷かれた床に落とされた二人は素早く立ち上がると身構えた。匡華と村正も素早く二人を心配して集う。
「大丈夫かい?」
「ええ、鳳嶺が守ってくれたから大丈夫よ」
「それにしても、こんな宣戦布告したのは一体誰?」
彼らの心配をする匡華の隣で鳳嶺が疑問を呟く。そう、千早と鳳嶺を拉致に近い形で連れ去り、匡華と村正を誘導したのはある意味宣戦布告である。と、その答えを見つけたのか村正が口角を上げて愉快そうに笑うと、殺気を放った。匡華達の周りをぐるぐると警戒と云うよりも遊ぶのを待っているかのように回っていた大きな手はびくりと怯え、動きを止めるとシュウウウと気の抜けた音を出して、粒子となって消えてしまった。その粒子は観客席に置いてある檻の中に自ら入ると、ゆらゆらと吹いていない風に揺られた。靄を両腕にまとわせた千早と両手に拳銃を持った鳳嶺が視線で周囲を警戒する。匡華は村正の様子に気付き、その方向を見た。
「匡華、"彼女"のお出ましのようですよ。ずいぶんなご招待ですね、それしか思い付かなかったのでしょうけど」
鼻で嗤いながら、村正が殺気を放つ。その方向を見て、匡華は納得したように頷いた。嗚呼。千早と鳳嶺もそちらを向き、二人は驚いたように声を上げた。
「え?!あ、あああの子って」
「言い争いをしていた子、か?」
「嗚呼、どうやらそのようだな」
匡華が小太刀を構えながら言う。彼らの視線の先にはこの闘技場には不似合いな豪華な玉座が鎮座しており、その玉座には一人の美人とも可愛らしいともとれる少女が不機嫌そうに座っていた。村正の言葉が癪に障ったのか、こめかみがピクピクと痙攣している。少女は組んでいた足を解くと匡華達を見下すように眺めた。村正が刀の切っ先を彼女に向けながら、言う。
「なんとか言ったらどうです?こちらが強者だから、怖いんですか?」
「そんな訳ないでしょ!?」
甲高い声で少女が反論し、ハッと口を押さえた。だが、そんな事気にしないとでも云うように髪を手で払うと立ち上がった。そして、自分を見る千早と鳳嶺を見て、「何故か」憎らしげな視線を向ける。匡華と村正にもその視線を向けようとしたが村正の殺気にその視線を逸らした。
「私達に何か用、と訊くには野暮だろうね。殺し合いをしたいのかい?」
「ええ、そうよ。この茉亞羅様がアンタたちを殺してあげる。感謝しなさい!」
ビシッ!と彼らを指差しながら少女が言う。何故、殺される事に感謝しなくてはならない、と言いたげな感じで少女の発言に村正は不愉快そうに首を傾げている。少女はふふんっと得意気に鼻を高くすると片手を胸元に当てた。その姿は凛々しくも美しい。少女は千早と鳳嶺、匡華と村正を見下ろしながら言う。
「アンタたちが〈吉原の華〉代表者、アンタたちが〈シャドウ・エデン〉の代表者ね?肯定も否定も受け付けないw「…用意された情報か?」」
自分の言葉を遮った鳳嶺に少女はあからさまに顔を歪めたが、ニィと口が裂けるのではないかと思うほどに口角を上げて笑った。それに千早は怯えたように少し後退った。
「どう思ってくれてもいいわ。どうせ、アンタたちは死ぬんだから!!」
両腕を少女が役者のように大きく広げるとその背後に自分達の背丈の倍以上もある、頭から白い布をかぶり背中に天使の羽を生やし、白い槍を持った人なのか人でないのか、そんなものが現れた。突然の事に驚く匡華達を見て少女は優越感に浸ったかのように満足そうだ。匡華と村正が武器を構え、視線で会話する。と匡華が口を開く。
「死ぬ、だなんてまだ分からないだ、ろっ!」
途端、人なのか人でないのかー羽から天使としようーに向かって匡華と村正が大きく跳躍し、布に刃物を振り下ろした。布なのに、カキンッと云う甲高い音がした。天使は突然の攻撃に驚いたようで仰け反ったが、痛くも痒くもないと言いたげだった。二人は切りつけた後、先程の場所に戻った。匡華は天使を警戒するように横目に睨み付けながら少女を見やる。少女はクスクスと笑う。と腰にさしていたナイフを抜き放った。そのナイフを匡華達に向け、少女は叫ぶ。その美しい、可愛らしい顔で。
「仕方ないからこの茉亞羅様が名乗ってあげる。感謝しなさい!〈イヴィル・リベリオン〉代表者、蝶番神 茉亞羅とはこの茉亞羅様の事よ!さあ、茉亞羅様を怒らせた代償を払いなさい!〈吉原の華〉代表者、千早と付き添いの鳳嶺、〈シャドウ・エデン〉代表者、加護夜 匡華と同じく付き添いの村正!」
名前まで知っている。それに彼ら全員が驚いた。匡華と村正は顔を見合せ、同じ事を考えているのを確認して頷いた。恐らく、少女は千早と鳳嶺、匡華と村正の情報を持っているーまぁ、村正の情報に至っては過ちだがー。しかし、〈吉原の華〉の情報はヘレーナが壊しているし、匡華と村正どちらかの情報は桜丸の亡骸と共に消えている。と云うことは、別に神様が用意したものがあったのか。それとも、誰かから情報を買ったのか。嗚呼、そんな事、分かるはずがないではないか。目の前の少女に訊くか、推測するしかないのだから。
千早と鳳嶺を横目で見ると二人は行けると頷き返した。少女の背後に佇む天使も殺る気のようで槍を小さく胸の前に掲げた。少女は怒りに歪んだ表情を彼らに向けていた。
少女、蝶番神 茉亞羅は菖蒲色のセミロングで髪をポニーテールに結び、少し髪を下ろしている。瞳は青紫色。少しつり目。頭に青と紫のビーズで形作られた髪留めをしている。爪に藍色のマニキュアを塗っている。服は黒のワンピースでー上はセーラー服に似ているー膝上スカート。左右の肩が大きく出ており、袖は半袖で胸元に小さな紫色のリボン。スカートの裾には控え目にフリルがあしらわれておりふんわりしている。ガーターと黒のニーハイソックスと踵の低い黒のブーツ。
両者が相手に向かって跳躍した。匡華が大きく突き下ろされた槍をかわすとその槍を駆け上がり、天使の白い手に小太刀を突き刺した。が、やはり、甲高い音が響くのみで。槍から手を離した片手で天使は手に乗っている匡華を摘まもうと手を伸ばす。ちょうどその時、その手にピシピシと当たるものがあった。天使が布を揺らしながらその方向を見やるとそこにいたのは拳銃を構えた鳳嶺。匡華の後方支援をしているらしい。天使は匡華に向けていた手を鳳嶺に向かって振り下ろしつつ、槍を振った。槍も手も範囲が広く、鳳嶺が逃げるのは難しい。鳳嶺は拳銃を放り捨て、新たにマシンガンを両手に出現させ、横にずれ…
「そのままでいな」
「?!」
なかった。耳元でしたその声に驚愕で動きを止めた。途端、ズダン、と音がして甲高い音しか奏でなかった天使の片腕が切り落とされた。その片腕は粒子となって消えて行くが殺る気のようで片手で槍を構えながら、上昇する。何があったと視線を走らせた鳳嶺の視界の隅に匡華が軽く佇んでいた。その手にある小太刀には、赤黒い血のような色をした透明な小さな蝶が舞っていた。美しいと云えばいいか、不気味と云えばいいか分からない光景に鳳嶺が驚愕していると匡華が彼を振り返った。小太刀に舞うあれは能力か?
「鳳嶺、悪いが支援を頼むよ……千早なら安心しな」
鳳嶺の胸中で思っていた事を見事一つ当てながら、匡華は小さく笑って上昇する天使に向かって壁を蹴り上げて跳躍する。ハッとした様子で鳳嶺がマシンガンを構えた。あの笑みに何故か、畏れを抱いた自分がいたんだ。ただの、安心させるために俺に向けられた笑みなのに。
村正は千早に向かってナイフを上段から振り下ろす茉亞羅を確認すると素早く周囲に視線を走らせる。匡華は天使の相手、その後方支援に鳳嶺。鳳嶺が千早を支援しないのは珍しい。だが、彼の頼んだと云う視線と千早の頼りにしていると云う視線にクスリと笑った。そして、千早と茉亞羅の間に滑り込むと刀で防ぎ、ナイフを弾いた。弾かれた事に茉亞羅は驚いたようであったが、クルンと回りながら追撃に備える。その時だった。ズダン…と音がしたのは。慌ててそちらを見るとあの天使が何故か消えかけていた。粒子になりつつある天使を見て、茉亞羅は先程の表情から一変。鬼の形相で叫んだ。
「あああああああ使い物にならないわね!!!茉亞羅様の許可なしに消えるなんて……」
「しょうがないじゃない。こっちも必死なんだから」
千早がそう呟くと茉亞羅は彼女を見て、ニィと笑った。一段落したーと言ってもたったの数秒の出来事だったがー匡華と鳳嶺がこんなに早く終わるとは思っていなかったらしく、酷く困惑した表情で村正の隣と千早の隣にやって来た。茉亞羅はナイフを頬に当ててクスクス、クスクスと嗤う。
「そうね、そうよね。でもね、これで茉亞羅様が終わりだと思ったら大間違いよ?アンタたちには、この茉亞羅様の怒りの鉄槌を受けてもらうんだから!!茉亞羅様の欲望を踏みにじったんだもの。拒否権?ないに決まってるでしょ?!」
両腕を広げながら茉亞羅が言う。何をそんなに自分達に対して怒っているのか、理解出来ない。茉亞羅が何か仕掛けようとしている。それを止めるために千早が靄を放ち、鳳嶺が銃器を放つ。が、匡華と村正は違い、顔を見合せると二人を振り返り、手を引いて後退した。その途端、憎々しげな表情で、鬼の形相で、茉亞羅が叫んだ。
茉亞羅の曲って、これかなーってのが多過ぎて確定できない。さすが茉亞羅様




