第三十九ノ世界:偽りの代償
コツコツと踵を強く床に叩きつけながら歩く人影。人影は苛立ったように頭をかいた。頭の中であの言葉が巡っている。脳裏に焼き付いている。
「あいつらを全員、始末すれば貴様の思い通りだ。あいつらは代表者の中でも強く、一目置かれている存在。強いあいつらを殺したとなれば、他の代表者達は貴様に手を出すことを躊躇い、最終的には自滅にすら追い込める。それに、"復讐"も果たせる」
そう、復讐。欲望を破った相手ではなく、「破らせた」相手に行う復讐。人影はクスリと口元を綻ばせた。
「嗚呼、いいわぁいいわぁ。ははははは!怒らせた代償は、きっちり払って貰うわよ!〈シャドウ・エデン〉代表者、〈吉原の華〉代表者!!」
廊下で反響したのは、甲高い笑い声だった。
…*…*…
「ええ、鳳嶺は鬼よ」
「〈ドラゴン・ライン〉を消滅した」と神様が宣言してから早二日。やはり、殺し合いを制したから分かるが、外がどうなっているかわからない以上、本当に消滅したのか怪しいところだった。まぁ、消滅す事に意気揚々としていた神様の事だ。本当に消滅したのだろう。そう思うと、両の肩には自分だけではない命もあるのだと考えざるをえなくなる。そして、殺し合いと云う希望と絶望を孕んだ闘いと云うことも。
殺し合いに参加しない日々が何故か続いていた。と云うよりも代表者数名が匡華達を警戒し、後回しにしている事が原因のようであった。まぁそんなこんな、ゆっくりと休んだ匡華達は本日の朝食を頬張っていた。ちなみに千早は昨日、気絶から目を覚ましたので訊きたかった事を今、聞いているところだ。と云うのも鳳嶺が鬼かと云うことなのだが。
千早は「何を当たり前な」と言いたげに答えると朝食として用意されたトーストをかじった。千早が「おいしぃー」と頬を染める。その隣では鳳嶺が気に入ったのか紅茶を啜っている。今は殺し合いの時間ではなく休息時間なため、ほぼ全員が朝食を広間で食べている。
「………能力で得た後付けでもなんでもなく、最初から千早のサポートとして誕生た時から?」
「そうだ。ま、この前は本気に近いとこ出しちゃったけど」
自分の脳内を整理するように言う匡華に鳳嶺が同意しながら、頬杖をつく。紅茶は飲み終わったらしく、暇そうにいまだにもう一枚のトーストにかぶりついている千早を横目に見る。同じく紅茶を飲んでいた村正がカップから口を離すと気になっていたことを問う。
「能力は、持っていないんですか?」
その問いに千早も鳳嶺もキョトンとした。その問いの意図ーと云うよりもただの興味本位だろうがーに気づいていない二人を放って匡華が残ったトーストの端を食べる音が異様に大きく響いた。千早はトーストを両手で可愛らしく持ったまま鳳嶺を見上げる。鳳嶺は村正の問いの意図に気付き、クスリと笑った。
「えーと、鳳嶺、分かる?」
「嗚呼。俺は千早の能力でこの世に鬼として生を受けた。稀な能力も驚く事に手に入れてるよ。普段はサポートだからかな」
「では、その能力も本気の時に?」
「正解とも言えるし違うとも言えるな。鬼に戻るのも正解に近いけど」
千早は目の前で繰り広げられる難しいー千早にとってはー口論から現実逃避するとトーストを食べる。匡華はそんな彼女を見て、クスリと笑った。それが気になった千早は頬を膨らませながら目の前に座る匡華に言う。
「なによー匡華さん」
「いや?村正は興味本位で質問しているだけだよ。早く食べな」
「!」
匡華が千早を微笑ましそうに笑って言うと千早は顔を紅くした。自分が思っていた事を見抜かれて恥ずかしかったらしい。残っていたトーストを口に含んで千早は朝食を終了させた。その間も村正と鳳嶺は話していた、が次第に質疑応答は終わったらしく、暇そうにこちらを見ていた。それに気づいた二人は顔を見合せ、クスリと微笑んだ。
「質問は終わったのかい?村正」
「ええ、だいぶ満足しました」
「だいぶって、だいぶって。まだあんのかよ」
「あるに決まっているでしょう」
「あらあら」
村正の即答に鳳嶺は天井を仰ぎ、千早はクスクスと楽しそうに笑った。匡華も愉快そうに笑うと村正と鳳嶺もなんだか面白くなったのか小さく笑い出す。休息時間だからか、そこらじゅうで楽しい雰囲気が漂っている。暫く笑い合っていた間に、からになった朝食の皿は次第に薄くなって消えてしまった。以前からこういう仕組みだったので今更、驚かないがやはり違和感があるにはある。そんな消え行く皿とカップを横目に見ながら匡華が言った。
「このまま、誰も来なければ良いのだけれどねぇ」
「それは無理な話よ、匡華さん」
「そうだね……願わくは、神様が取り止めw「匡華さん!!」」
匡華が神様の名を出すと千早は怒った様子で匡華の言葉を遮った。以前のあれを少し引きずっているらしい。それに数秒後に気づいた匡華はクスクスと笑いながら彼女の頭を謝罪のつもりで優しく撫でた。それを見ていた鳳嶺が不機嫌そうに顔をしかめ、村正が可笑しそうにニヤニヤと笑う。
「匡華、千早は俺の主だからな?」
「あーはいはい、鳳嶺が嫉妬してますよ嫉妬」
鳳嶺が明らかに不機嫌ですと言わんばかりに千早の肩を抱いて自分の方に引き寄せた。千早は一瞬、驚いた様子だったが頬を乙女のように染めて嬉しそうに鳳嶺の腕に両腕を絡めた。自分からやったことなのに千早の行動と村正の意地悪な笑みに鳳嶺は顔を紅くした。
「「((分かりやすいなぁ…))」」
嬉しそうな千早と恥ずかしそうでありながらも嬉しそうな鳳嶺。分かりやす過ぎて、匡華と村正は顔を見合せて苦笑した。けれど、二人は相手の想いに気付いていない振りをしているのか否や。それとも、世界関係か?まぁ、そんな深いところまで探る必要はない。匡華は目の前の仲睦まじい友人達を微笑ましそうに見やった。その時、ゴーン、ゴーン、ゴーン、ゴーン、と殺し合い開始の鐘が大きく鳴り響いた。鐘が鳴り響いたと同時に朝食をとっていた代表者達は殺し合いへと駆けて行く。さっさと終わらせたいのか否や、である。意気揚々と駆けて行った者が一瞬、視界の隅に見えて、苦笑が漏れた。
「関わられる前に行こうか」
「そうですね」
匡華が立ち上がりながら言うと村正が同意しながら立ち上がる。鳳嶺が千早に手を差し出すとその手を取って千早がゆっくりと立ち上がる。そして彼らは広間をあとにした。その背中を憎らしげに睨み付ける視線があった。
その視線の主が動いたのは廊下を歩いていた時だった。何かの気配に気づいた匡華と村正が抜刀しながら後ろを歩いている千早と鳳嶺を緊迫した表情で振り返った。突然、振り返った二人に目を見開く千早と鳳嶺の背後には既に、「何かの気配」である黒い大きな手が伸びていた。鳳嶺がハッとしたように背後を振り返り、何も出来ないと考えたのか千早を守るように抱き締めた。黒い大きな手は二人を攻撃することなく、覆い隠すように掴み上げるとそのまま何処かへと戻っていく。その様子に呆けていた匡華と村正は我に返ると
「村正!追うぞ!」
「はい!」
友人を捕まえた大きな手を追った。大きな手は曲がりくねった廊下を右へ左へと曲がって行く。明らかに何処かの闘技場へ向かっている。しかも、対戦相手は捕まった千早と鳳嶺、そして、自分達。殺し合い時間なのに、油断していた。匡華は気配に気づく事に遅れた後悔をしつつ唇を噛みしめると、強く床を蹴った。




