第三十八ノ世界:美しき鬼
鳳嶺はクスリと妖艶に笑った。
「千早?千早は俺の事を知っているさ。俺は千早の能力で誕生た者。意志疎通は基本中の基本。それが出来ずに、糸を離したお前が言う資格なんてないこと、わかってんだろ?千早に手出したら、本気で殺す」
鳳嶺の殺気に樹丸が怯えた表情で半歩下がった。鳳嶺が言うのもごもっともで正論だ。だが、だがな、オレと桜丸は
「それでも、操られなければ生きていけない」
狂っている。
樹丸は心の底から嬉しそうに笑うとクルリと踵を返し、匡華と千早目掛けて素早く駆けた。匡華が小太刀を構えながら気を失っている千早を抱き寄せる。迷う事なくこちらに向かってくる樹丸。村正は分かりきったかのように刀を納めた。隣で風が吹いた。風によって頬に当たるこめかみの髪を片手で押さえながら妖艶に笑う。
「手加減なさい、鳳嶺」
その声は既に樹丸の背後に迫った鳳嶺には届いていない。鳳嶺の表情は無表情ながら、怒りが宿っていた。鳳嶺が樹丸に向かって右手を心臓目掛けて突き出した。二人の目の前で振り上げられた樹丸の右腕が力なく下がっていく。樹丸は困惑した表情で胸元に広がる痛みに目を向けた。そこにあったのは紅く染まった鳳嶺の手で。心臓が握り潰されたと気づくのが早かったか、それともこの出血ではもう無理だと気づいたのが早かったか。樹丸は初めて死を覚悟した。鳳嶺が手を抜くと袖まで紅く染まった腕が顔を覗かせる。樹丸がゆっくりとうつ伏せに倒れていく。その表情はとても穏やかだった。床に倒れると彼はゆっくりと瞳を閉じた。
「ほら、バケモノでも死は訪れるだろ?」
鳳嶺のそんな台詞に答えを返す気力はなかった。今まで、どれだけ大怪我を負っても死ななかったのは桜丸がいたからで、樹丸のせいじゃなかった。なんだ、操られてたのは二人一緒かよ。背中を預けてたはずなのに、いつの間にかすれ違った。今、樹丸は気づいていた。けれど、考えるのもめんどくさい。体が桜丸のせいか眠くなってくる。嗚呼、眠い……
それ以降、樹丸は動かなくなった。床に染み渡る紅い水溜まり。と次の瞬間、樹丸、いや桜丸の体が桜の花びらになって消えていく。全てが花びらとなった元体は夜の闇に上っていった。なんとも美しい光景だった。すると、花びらが起こした風で千早がうっすらと目を開けた。意識は戻っているのか、いまだ夢の中なのか。千早はしっかりと鳳嶺を見て、言った。
「…やっぱり綺麗ね、鳳嶺は」
そう言って頬を染めた。夜の闇に一人の鬼が舞っていた。
…*…*…
鳳嶺は真っ赤に染まった手を拭い、匡華から千早を預かった。鳳嶺のこめかみから伸びていた角も爪も何事もなかったかのように薄くなって消えていく。数分後にはいつも通りの鳳嶺がいた。
「どう思います?」
匡華がその問いに顔をあげると村正がいつの間にか自分の前に立っており、手を差し伸べていた。その手をありがたく取ると村正は匡華を立ち上がらせた。その横では鳳嶺が心配そうに自分の腕の中で気絶と云うよりも眠りに入ったらしき千早を見つめている。
「どう思うって、何がだい?」
悪戯心で村正にそう問い返しながら小太刀を納める。村正は面白くなさそうに答えた。
「あの二人」
あの二人が、どの二人を示すかは聞かなくても分かる。匡華は大丈夫とでも云うように村正の肩を少し背伸びをして叩いた。
「千早と鳳嶺は貴方が思っているよりも強いから安心しな。樹丸のような…いや、桜丸と樹丸のようなすれ違いが起きる可能性はない」
「……なんで、すれ違ったんでしょうねあの二人」
「輪廻転生を知っているかい」
匡華がクスクスと楽しそうに笑いながら村正に訊いてくる。それに村正は「知ってますが」と首を傾げ、匡華の言いたい事に気付いて自分も小さく笑った。樹丸が言ったことが本当なら、本来であれば樹丸と桜丸は兄弟であったのだろう。だが、恐らく病弱であった樹丸が死に、桜丸の能力として輪廻転生を果たしたのだろう。能力と本体。歪な関係に二人は操られたのかもしれない。知っていて、黙っていたのかもしれない。けれど、
「けれどね、村正。これは彼ら二人が望んで手に入れた結果なんだよ。赤の他人が、殺意を持って答えた私達が干渉する義務はないんだ。まぁ、彼ら二人が干渉を望むのなら、喜んでそうしようじゃないか」
「ふふ、そうですね匡華。もし、そうならば、仕方ありませんが答えましょう。ところで」
「ん?」
匡華が村正を見上げると彼は新しいなにかを見つけたかのように愉快そうに微笑んだ。それを見て、「嗚呼、ドンマイ鳳嶺」と思った匡華は悪くない。
「鳳嶺って鬼なんですね……面白いです。能力…ですかね」
「能力で誕生ても能力を得ると云うのは稀にあるからね、能力かもしれないし、別かもしれない。とりあえず村正、帰って怪我の治療をしよう」
「分かりました……鳳嶺!そんなに心配しなくても大丈夫ですよ」
「で、でもさ…」
「そんなにひ弱じゃないでしょうが」
鳳嶺に向かってそう言いながら村正が彼に歩み寄る。痛み出した左足を少し引きずりながら。鳳嶺はピシャリと村正に言われてもまだ心配なのか、オロオロとしている。匡華はついさっきまで殺し合いをしていたのが嘘のようだなと思い、苦笑した。そして、夜空を見上げる。視界の隅にピンク色の花びらが一つうつった。
「………貴方達は、死してこそ分かり合えたのかもしれないね。どうだい?」
誰に問うわけでもなく匡華が呟く。視界の隅にうつっていた花びらは匡華の問いに返答するようにその場でクルクルと回った。風がないのにクルクルその場で回る花びらは不思議で美しい。匡華はその返答にクスリと笑うと踵を返し、三人の方を向く。何処までも続く夜空に登っていく花びらを一瞥しながら、匡華は小さな声で呟いた。
「干渉を望んでも、叶えられるかは分からない。悪いね。ちゃんと兄弟喧嘩しなさい。桜丸と樹丸は、元に戻ったんだからね」
三人の方へ向かって行く背後で誰かが匡華に向かって笑顔で「ありがとう」と言った。それに匡華は小さく笑って答えた。
残り、八




