第三十七ノ世界:狂った二人の人形
樹丸はその大きく変貌した右腕を匡華達に向かって振り上げた。月光の影が匡華達を包む。匡華達はその右腕を驚いて見上げると、慌てたように左右に避けた。途端に右腕が落ちて来た。床に爪が食い込み、地割れが出来た。樹丸は逃げた彼らをジロリとオッドアイになった瞳で探す。と背後に気配を感じ、右腕を振り返り様に振る。そこにいたのは匡華と村正。二人分の刃を鱗に覆われた右腕で防ぐ。鱗に刃が突き刺さり、匡華と村正が空中で静止する。
「しょうがない、かたをつけるぞ!」
「はい!」
匡華が足を樹丸の右腕に置き、勢い良く蹴ると小太刀を引き抜き、左腕目掛けて上段から振り下ろす。村正も刀を引き抜き、こちらは顔面目掛けて刀を振る。だが、樹丸は愉快そうに笑い、匡華の攻撃を何処からともなく出した短刀で防ぐと回転の要領で刃を弾き、そのまま回転しながら村正の刃をも弾く。弾きながら村正の腹へ右腕の爪を振り回す。それを刀を横にして防ぐ。
「(!?重いっ?!)」
ガキンッと音がしてギリギリで腹に爪が突き刺さるのを防ぐ。重い一撃を弾き、樹丸に向かって足を振り上げる。それを顎を引いて樹丸はかわすと背後から来た匡華の素早い一撃を見ずに横にかわし、近くの壁を駆け上がると観客席に辿り着いた。その時、匡華が樹丸から視線を外し、誰かに向かって視線を投げた。樹丸がそれに気づいた時には自分の背後からー同じく観客席ーいつの間に登ったのか鳳嶺がマシンガンを乱射してきた。その乱射を少なからず、体に当てながら右腕で蜂の巣状態になるのを防ぐ。銃弾をも防ぐ頑丈な鱗、いや右腕に乱射しながら鳳嶺は目を見開いた。だが、
「これで、終わりだ」
ジャラララッッ!!と云う金属が擦れ合う音が響いたと同時に樹丸の右腕が強い力で後方に引かれた。盾にしていたものがなくなり鳳嶺の乱射攻撃が樹丸を襲う。頬を貫く痛みを樹丸は感じながら右腕に感じる異物を見る。右腕の鱗に食い込むように紫色と黒色の鎖が巻き付いていた。樹丸は左手に短刀を持ち、銃弾を辛うじて弾きながら先ほどの鳳嶺の言葉を理解した。横目で背後を見ると高く跳躍した村正がいた。樹丸はニィと嗤いながら言う。
「終わんのはどっちだ?」
ブンッと樹丸が短刀を鳳嶺に向かって突然投げた。鳳嶺が驚いて乱射を止め、紙一重で突き刺さりかけた短刀を避ける。樹丸は鎖で捕らえられた右腕を軸に村正の方へ方向を変えるともう一振りの短刀を出し、それを村正に向けて投げた。空中で短刀を叩き落とすと村正はそのまま樹丸に向かって降下。刀を振り下ろすが、それを横にずれてかわすと樹丸は右腕を今度は自分の方へ引いた。突然の強い力に右腕を捕らえていた鎖は簡単に緩まり、鎖を自身の両腕に巻き付けて固定していた千早が前のめりになった。匡華が慌てて千早に駆け寄るよりも早く、千早が『闇』の鎖を引きちぎるよりも早く、樹丸は力強く右腕を振り回した。
「きゃあ!」
「千早!」
樹丸は鎖の長さを利用して千早を壁に打ち付けるつもりのようだ。突然の事に驚いた千早は鎖を解くのが遅れ、樹丸の攻撃に巻き込まれた。
「!この、やろっ」
鳳嶺が樹丸に向かってマシンガンを怒りの表情で乱射。銃弾の嵐を背に村正が樹丸に滑るように迫る。樹丸は気づくと意地悪な笑みを浮かべた。途端、鎖が右腕からするりと抜け落ちた。そして、その鎖を伝って鋭い爪の幻が壁にぶつかる目前の千早に迫る。千早が壁に打ち付けられ、爪が襲いかかるところへ匡華が間一髪で滑り込むと小さな透明な蝶を刃に纏わせた小太刀を幻に切りつけた。幻が消え、匡華は急いで千早を振り返った。千早の頭からは血が流れ出ており、壁にぶつかったせいか気を失っているようだった。匡華は千早をクモの巣のように亀裂が入った壁から連れ出すと彼女の名を呼んだ。
「う…」
「千早?しっかりしろ千早!」
「ははは、一人脱落だぜ。あんなに怒ってたのに、ざまぁねぇぜ!ははっ!」
愉しそうに嗤う樹丸。それに鳳嶺の表情が変わった。村正が気配でそれに気づくと遠くに見える匡華と視線で会話する。
千早は私が。
それでは、鳳嶺は僕が。
そう会話すると村正は樹丸に刀を振った。匡華は気絶した千早を抱き抱えて少し壁がくぼんだ、扉部分へと移動する。村正の背後から降り注ぐ銃弾を左側に受けながら右腕で刀を防ぐ樹丸。村正の殺気に怯えたものの、また嗤った。その時だった。銃弾の嵐が突然止んだのだ。樹丸が首を傾げながら村正を弾き、観客席から飛び降りようとする。それを村正が追おうとすると軽く肩を引かれた。肩を引いた人物を横目で確認した村正は驚愕で目を見開いた。扉の部分で小太刀を構えていた匡華も驚愕で呆気にとられた。そこにいたのは鳳嶺であって鳳嶺でない者。藍鼠色の髪の隙間から覗き込む赤い鋭い角は両のこめかみから美しく伸び、浅紫色の瞳の中には赤い靄のようなものが漂っていた。月光を浴びて妖艶に佇むのはまさしく、鬼であった。
「鳳嶺…」
「俺の支援頼む。千早の元には行かせない」
静かに鳳嶺から放たれる怒りと殺気に村正は口角を上げて承諾の意味で笑った。鳳嶺が滑るように飛び降り途中の樹丸に迫る。樹丸が鳳嶺の気配に右腕を振った、が
「…は?」
空振りだった。虚しく空振った右腕。確かに気配だけだったがそこに鳳嶺がいるはずだった。呆気にとられる樹丸の頭が上から物凄い力で床に向かって打ち付けられた。土煙が上がり、床に亀裂と窪みが出来上がるその中央に倒れた樹丸は頭上から襲ってきた刃の切っ先に慌てて横に転がった。亀裂と窪みが更に深くなるのを横目に素早く立ち上がると手元にないはずの短刀、ではなく脇差を慣れない手付きで左手で構える。村正が刀を引き抜き、両者は相手に向かって跳躍する。ガキンッと甲高い音が夜の闇に響いた。樹丸が右腕を村正に向かって振り、体を引き裂こうとする。が、慣れない脇差を使ったのが仇になった。交差していた脇差は村正の刀によって弾かれた。村正が樹丸の攻撃を素早く体を低くし、右腕の鋭い一撃をかわすついでに腕に向かって軽く刀を振った。それは運良くか彼の実力か、樹丸の左腕に傷を与えた。だが、樹丸の攻撃が少し左腕にかすったらしく浅い線が残像で見えた。村正は足元に落ちてくる脇差を痛みが一瞬走り、顔を歪めたが左手でキャッチする。その脇差は村正の手中に入ると桜の花びらになって散った。樹丸が右腕を自分に向かって振り下ろすのを彼を見上げる形で確認する。樹丸は何故、村正が態勢を低いままにしているか分かっていないようだ。村正は俯かせたまま、口角を三日月のように歪ませて嗤った。
「(嗚呼、愚か。だから)」
樹丸が村正から漂う殺気に一瞬、動きを止めた。そこへ村正が刀を突き刺す。樹丸の顎へクリティカルヒット、である。突き刺された顎からは血は出ない、が樹丸は体中を駆け巡る凄まじい痛みに顔を歪め、耐えると自分から後退し、刀の切っ先を抜く。後退したところへ村正が低い態勢のまま回転し、足を刈る。樹丸は足を刈られ、ヨロヨロとしたが態勢を立て直す。あまり、村正と距離は離れていない。樹丸は前方を向いて、目を見開いた。跪くように片膝をついた村正の背中に軽めに指先を置いて、空中で一回転しながら鳳嶺が降り立った。何処にいた?!樹丸は驚愕し、彼の異変に気づいていないようだった。鳳嶺は素早く樹丸に迫る。樹丸が慌てたように右腕を振るがその一撃を軽やかにかわし、鳳嶺は樹丸の懐に潜り込む。スローモーションで樹丸の首に鮮やかな桔梗色のマニキュアが塗られた鋭い爪が伸びる。が、鳳嶺の片手は樹丸の腹に深く叩きつけられた。腹に来た痛みに樹丸が顔を歪めると上へ跳躍し、右腕を振り下ろす。血が出なくとも、傷は樹丸を徐々に不利な状況に追い込んで行っていた。大振りな右腕の攻撃に鳳嶺は彼の手首を狙って腕で防ぐと顔面目掛けて足を振り上げた。それを左腕を盾に防ぐ。その態勢のまま、樹丸が鳳嶺を煽るように叫んだ。
「はっ、やっぱりバケモノじゃねぇか!オレも汝も、死さえ訪れぬ不死者。汝と共にいるあの口うるさい女は汝を知っているのか?本物のバケモノである汝を!!」
鳳嶺が足を振り切り、樹丸が風で少し下がった。鳳嶺が樹丸の顔を狙って片手を突き出した。樹丸の顔面を鳳嶺の片手が、鬼の手が掴む。樹丸が右腕を振って鳳嶺を後退させると鋭い爪が樹丸の片目を傷つけたらしく、片目から血が溢れ出る。樹丸がその片目を押さえ、鳳嶺を睨み付ける。片目を押さえる手の隙間から見えた色は、灰桜色だった。鳳嶺の隣に村正がやって来る。その手にある刀からは禍々しいオーラが漂っている。睨み付けられた鳳嶺も村正も無表情で樹丸を見つめている。無表情の、凍てつくような四つの瞳に樹丸は後ろめたい事でも思い出したのか、突然、顔を歪ませた。そんな彼を見て、村正は思う。
「(そんなに後ろめたい気持ちがあるのならば、言えば良いのに。本体と能力、それで区別されたあんた達は、一体 感情に操られたのでしょうねぇ)」
相手を思ってやった行動は、時に狂う。彼らのように。




