第三十四ノ世界:開戦の音色と夜
カチコチと小さな音が時間を規則正しく刻んで行く。その音を耳にしながら人影は本当かと目の前の人物達に腕を組む事で問う。すると、一人の人物が人影に近づく。人影がなにやら攻撃されるのではないかと警戒するが背後は壁。そして、一人の人物が壁に右手をついたことによって退路が一つ消えた。俗に云う壁ドンを味わったわけだが嬉しくない。人影が嫌そうな表情で左側へずれて行くのを一人の人物は愉快そうに口元を歪めて笑った。そして、人影にこう囁いた。
「あいつらを全員、始末すれば貴様の思い通りだ。あいつらは代表者の中でも強く、一目置かれている存在。強いあいつらを殺したとなれば、他の代表者達は貴様に手を出すことを躊躇い、最終的には自滅にすら追い込める。それに、"復讐"も果たせる」
小さい声で囁いたにも関わらず、その内容は二人を見ていた人物にも聞こえていた。いや、正確に云えば「知っていた」、か。人物は人影が嬉しそうな、それでいて怒っているような笑みを浮かべたのを確認し、組んでいた右手を顎に当てて、小さく笑った。
…*…*…
同じ頃、匡華達は朝食を済ませるとすぐさま広間を出て闘技場を探した。本当に今日、桜丸と樹丸が来るかは分からないが念には念を入れておいた方が安心である。そして、匡華達が見つけたのは千早と鳳嶺の世界がモチーフとなった闘技場であった。空は三日月が輝いている美しい夜空。観客席の上の方には仄かに赤く光った提灯が所狭しと並び、美しい夜空を妖艶に仕立てていた。この闘技場に足を踏み入れた途端、匡華も村正もその美しさに思わず、感嘆の息をもらした。
「ほぉなんと。美しいね」
「僕も同感です」
「ふふ、気に入ってもらえたのならば嬉しいわ。いつかきっと、私達の世界に遊びに来て!」
「いいな千早。そうしなよ」
「ふふ、お言葉に甘えるとしよう。なぁ村正」
「そうですね」
楽しそうに笑い合う彼ら。だが彼らの云う「いつか」なんて神様が「世界を消滅させる」と言った瞬間から消え去っているのだ。それを知りながらも彼らは信じて、笑い合う。とその時、村正と鳳嶺がなにかを感じ取ったらしく険しい表情になって武器に手をかける。匡華と千早も警戒しながら周囲に視線を光らせる。すると、扉が勝手に開いた。少し開いた隙間から桜の花びらが優雅に舞いながら入ってくる。それに匡華達は桜丸と樹丸であろうと予測した。撤退する時と同じ花びらだからだ。匡華と村正が抜刀し、千早が靄を両腕と腰の辺りに纏わせ、鳳嶺が拳銃を構える。村正の殺気に花びらが一瞬、動きを止め、その場で渦を巻き始めた。そして、花びらが散って消えるとそこにいたのはやはり桜丸だった。桜丸の手には何やら小さな紙切れのような物があり、匡華と村正、千早と鳳嶺のどちらかそれとも両方の情報であろうと予測出来た。もしかするとただのフェイクと云う可能性もあるが。微かに残った花びらが桜丸の足元で舞っている。桜丸は武器を構える匡華達に向かって礼儀正しく軽く頭を下げると俯いた状態のまま、言った。
「『変化』、発動」
ブワァと残っていた桜の花びらが天高く舞い上がると桜丸の隣にはいつの間にか樹丸がニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべながら立っていた。その状況から匡華はやはり、推測は当たっていた。
「やはり、樹丸は能力か。気をつけておけよ?」
「心配ご無用よ匡華さんっ♪」
匡華の言葉に千早が安心させるかのように笑う。それに匡華も安心したように笑った。一方、桜丸と樹丸は匡華達に気づかれぬよう手元の紙切れと匡華達を見比べていた。そして、樹丸がニィと余裕の笑みを浮かべる。桜丸も少し自信ありげに笑い、紙切れを折り畳んでズボンのポケットに入れた。これが分厚い本や手帳ならば、胸元に喜んで仕舞いたいものだが紙切れなのでズボンのポケットに。そして、二人揃って武器を構えた。構えた途端、匡華と千早の鋭い視線と村正と鳳嶺の殺気が二人を襲った。昨日よりも凄まじい。だが、桜丸も負けじと睨み付けた。両者、相手の動きを見逃さぬように睨み付ける。緊迫した空気が妖艶な闘技場を支配する。
「今度こそ、私達の世界の生存のために……死んでください」
「えーと、こういう時ってどう云うんでしたっけ?……嗚呼、そうでした。嫌です、絶対」
桜丸の喉の奥から搾り出したような言葉に村正がニッコリと笑っていない笑みで返した。それに鳳嶺がクスリと笑い、樹丸が口角をヒクリと上げた。途端、両者が己の目的のために跳躍した。
…*…*…
千早は紫色と黒色の靄全てを手元に引き寄せると『闇』全てをこちらに駆けて来る樹丸に向けて放った。彼は刃のように鋭くなったそれらを器用に二振りの短刀で弾くと動かぬ千早に迫った。しかし、鼓膜をかすった微かな音にすぐさま引き返す。と千早を念入りに眺める。彼女を取り巻く『闇』の羽衣。そして
「見つけたぜ!」
「へぇ…」
背後に迫った怪しい気配。その気配に向かって右の短刀を振り返り様に振り回す。と何かが切れた感触と共に防がれた。樹丸はそのまま回し蹴りを放ちながら左の短刀も背後にいた人物、鳳嶺に振りかざす。が、鳳嶺は右の短刀を持っていた拳銃で弾くと後退。だが、樹丸は前のめりになる事もなく、グィと鳳嶺に回し蹴りの反動を使って懐に潜り込む。鳳嶺が焦ったように拳銃を彼の眉間に当て、容赦なく引いた。その時、千早は何か、変な感じがした。こう、なんであろうか、言い表せないが、それでも…千早は自分を守るように包んでいた『闇』を両手に手繰り寄せ、槍を作り出すとゆっくりと慎重に歩み出した。此処が自分の世界がモチーフだからか、闘技場全体が自分の体のような錯覚に陥りながら駆け出し、緊迫した面持ちで鳳嶺の名を叫んだ。
「鳳嶺!」
「!?」
千早の呼ぶ声と共に鳳嶺は目の前の現状に冷や汗を流した。眉間に撃ち込んだ銃弾。樹丸は発泡の衝撃で一旦は後ろに仰け反ったが、何事もなかったかのように鳳嶺の懐に潜り込んでいた。眉間には明らかに当たったであろう銃弾がめり込んでいるが樹丸は気にした様子もない。少し違うけど、似たような事あったなぁと頭の隅で鳳嶺が思う。樹丸が鳳嶺に向かって右の短刀を首筋に、左の短刀を左胸目掛けて突き刺す。どちらも防ぐのは難しい。だが、鳳嶺はニィと笑って間一髪で拳銃を使い右の短刀を、紫と黒の煙で出したもう一丁の拳銃でこちらも間一髪で防ぐ。鳳嶺の腕は交差した状態なため、力の押し合いでは不利であるし、後方支援と接近戦と云う点でも不利である。
「やっぱ能力だから生きてるかぁ。普通とは違うよ、なっ!」
ギリギリと押し込まれて迫る刃物を辛うじて押さえる鳳嶺。だが、やはり不利だ。樹丸がそんな彼を見て嘲笑う。グサッ、と起動が逸れた右の短刀が鳳嶺の右の肩に突き刺さった。痛みに顔を歪める鳳嶺を思いっきり弾き飛ばすと、短刀を振り切って手首を狙い、二丁の拳銃を弾く。
「そりゃあ、な?バケモノじみているのは、オレらだけじゃねぇぜ?」
樹丸が嘲笑して足に力を入れ、跳躍すると武器を持たぬ鳳嶺に攻撃した。腕で辛うじて急所を守りながら鳳嶺は武器を出すタイミングを伺う。その間にも傷はどんどん増えていく。ガシッと樹丸の左手首を掴む。突然、防ぎっぱなしだった鳳嶺が行動に出たので樹丸は面食らった。鳳嶺は足を蹴り上げて右手首にダメージを与える。そして、片手に出したマシンガンを彼の腹に乱射した。乱射の反動を受け、痙攣する樹丸。だが動けるようで、ぼろぼろになり、肉は削げ、骨が丸出しになった腹のまま一旦後退。その時、ピタリと首筋に添えられた冷たいもの。忘れてたぜ…樹丸が自分に落胆したと同時に冷たいもの、槍が背後から突きつけられる。がそれをしゃがんでかわし、背後にいた者の足、千早の足を刈る。倒れ込む千早に向かって短刀二振りを振り下ろす。左足に深々と刺さり、右のこめかみをかすった途端、倒れ込んだ千早は持っていた槍を靄に戻し、
「目眩まし!」
「うわ!?」
樹丸の目を狙って放った。樹丸が靄を追い払おうと立ち上がり、短刀を振り回す。その間に千早は立ち上がると近くの壁に飛び移り、残った靄を手元に手繰り寄せ、今度は一振りの刀を作り出した。そして、見よう見まねで力いっぱい壁を蹴った。それと同時に鳳嶺がマシンガンを樹丸に向かって乱射。痛みと見えぬ暗闇に迷う樹丸に千早が『闇』の刀で攻撃する。鳳嶺の方へ渡り、傷だらけの彼を心配そうに見上げながら千早は刀を靄に戻す。
「…鳳嶺」
「俺は大丈夫」
心配そうな彼女に向かって鳳嶺がニッコリと笑い、いつものように手を取った。息が少し荒い。けれど、どうってことない。千早はうん、と力強く頷いた。鳳嶺が頑張っているのに私が弱気になってどうするの?!
キッと蜂の巣状態になったにも関わらず、短刀を持って立っている樹丸を睨んだ。血は出るのか、眉間からの血が顔の半分を覆っているが他は出血していない。不思議と云うよりもニィと口が裂けるのではないかと思われるほどに上げて笑った顔のせいで不気味に感じた。樹丸は顔の血を拭うとぼろぼろになった自身の体を他人事のように眺めた。そして、愉快そうに笑い、両腕を大袈裟に広げて見せた。
「なぁ、なぁなぁなぁ!汝も分かるだろうぜ?バケモノは、能力で誕生た者は、本体のための生きる屍!ふ、はははは。いつまでも、いつまでも出来るなぁ?!」
狂ったように言い放った樹丸。鳳嶺はそう言われて自分の怪我を見た。普通に血は出ているし、痛いが樹丸のような酷いことにはなっていない。普通なら死んでしまうのに、彼と俺は何が違うのだろう。バケモノと云う言葉に関しても反論はないし。鳳嶺はそんな自傷的な自分がいたことに自分を嘲笑う。その時、だった。樹丸が怪訝そうに眉をひそめ、「初めて」怯えたのは。
「……でしょ。そんなわけありんせんでしょ!?」
プツンと堪忍袋の緒が切れた千早が鬼の形相で叫べば、『闇』の靄が彼女の怒りに共鳴して夜空高く、オーロラのように舞い上がった。鳳嶺が驚いて手を取っている千早を見やる。千早はそんな鳳嶺をチラリと横目に見ると彼にだけ分かるように笑って見せ、叫ぶ。
「能力で誕生た者が生きる屍?冗談も休み休み言いなんし。能力にしろ人にしろ、生まれた者は皆同じ生き物。バケモノなんかではない!!」
嗚呼、本当にお前は優しいな。鳳嶺は嬉しくなって千早の手を握った。千早もゆっくりと握り返す。樹丸は千早が言った事が理解出来たのか否や、突然静かになった。嗚呼、分かってる。んなこと分かってんだ。でもよ…
「あいつにしてやれる事は全部、命を捨ててでもやってやりたいんだぜ」
「あらそう。なら、その意志、わっち達とどちらが勝つか勝負しんしょう ?」
千早が妖艶に、手元に残っていた微かな靄を扇のようにして口元に当てて言う。鳳嶺が片手にマシンガンを構える。樹丸は千早の言葉に一瞬、面食らったが次の瞬間には意地悪な笑みに戻っていた。
「いいぜぇ?木っ端微塵にしてやるぜ」
「わっちの力、その身を持って体験しなんし」
「俺を甘く見るなよ…!」
両者、睨み合い。相手に向かって跳躍した。全ては、己の目的のために。
そして二つ投稿する(いそいそ)
…微スランプ中なんですよ…うわーん(泣)




