第三十二ノ世界:ほんわかと参りましょう
「まさか、背後から、なぁ。警戒が足りないんじゃないのか?」
「具合が悪かった、とこれは言い訳ですので。反省点ではあります」
「………」
素直な村正の解答に彼の目の前に座っていた鳳嶺が怪訝そうに眉をひそめ、首を振った。
「面白くない」
「僕だって反省すべき点は分かっていますから」
クスクスと口元を押さえて村正が妖艶に笑った。それに鳳嶺も吹っ切れたように笑う。天井のライトに反射して村正と鳳嶺の爪に塗られた黒と桔梗色が妖艶に輝いた。今彼らは匡華と村正が使っている部屋にいた。今は殺し合いの時間帯なため別の代表者に当たる前にと急いで部屋に駆け込んだ次第だ。匡華と千早が部屋の中で特効薬を探している間、怪我をしている村正に説教ー仕返しとも云うーでもしてやろうと彼の前に陣取った鳳嶺であるが、この状態である。
と、その時、村正の背後でバタンと何かが閉まる音がした。特効薬を見つけたのだろうか。と鳳嶺が村正の肩越しに向こう側を見る。千早が特効薬の小瓶を両手で大切そうに持ち、その隣にはお盆を持った匡華がこちらに向かって歩いて来ている。お盆の上にはティーポットとカップが一組鎮座している。何故?と鳳嶺が首を傾げていると村正がその質問に答えた。
「特効薬って、味ないでしょう?それを言ったら匡華が紅茶に混ぜて飲もうって」
「まぁ、味ないな。飲むと内側から痛みが来るくらいだし…俺達も今度はさk「酒はやめなさい、酔いますよ」それくらいで酔ったらある意味、仕事出来ない」
鳳嶺は鼻で村正の言葉を一蹴する。村正はなんとなく鳳嶺の仕事が理解出来たので言わないでおいた。鳳嶺が足を組み、こう言った。
「この前の酒盛りでも飲んだが、俺、酒に強いからな。すぐには酔わないぞ」
「飲む前提で言うんじゃありません。僕も強いですけどね」
「村正もじゃねえか!!」
顔を見合わせて睨み合う。暫くして、どちらが先かはわからないが吹き出し、二人は笑い出す。楽しくて仕方がない。何が面白いのかさえ、分からないのに、楽しくて仕方がないのだ。
「おや、楽しそうだね二人共」
「ふふ、嫉妬しちゃう!」
すると二人の元に匡華と千早が到着した。千早は村正と鳳嶺が座るソファーに挟まれるように置かれているローテーブルに特効薬を静かに置くと鳳嶺の隣へダイブした。ソファーが軽く悲鳴をあげるのもお構い無しに千早は鳳嶺の腕に両腕を巻き付けて「私のよ」と主張する。千早は悪ふざけのようだが、鳳嶺は慌てたように頬を赤くしている。それに気づいた村正がクスリと笑った。その間に匡華はお盆をローテーブルに置き、小瓶の蓋を開けるとカップに注いだ。白いカップに黄緑色が鮮やかに広がる。そこに匡華は紅茶を注ぎ込み、色は濃い緑色になった。色的には抹茶味と云うか、見た目は健康に良さそうで野菜の味がしそうだが。匡華が千早と鳳嶺を微笑ましそうに見て、カップを村正に渡す。村正はカップの匂いを嗅いで、一気に飲み干した。飲み干した後、怪訝そうに顔を歪めた。その表情に匡華は失敗かな?と不安になりながら訊く。
「どうだった?」
「……味しない」
「失敗だね」
「そうですね」
匡華は愉快そうに笑いながら村正の隣に座った。ちょうどその時、村正の左肩辺りに内側から痛みが走った。回復が始まったのだ。その痛みに堪えていると匡華が彼の頭を優しく撫でた。「大丈夫」、そう言っているように感じられ、村正は少し嬉しかった。嬉しかった村正は匡華にお礼、という意味で頭を撫で返す。それを見ていた千早と鳳嶺がなにやら恥ずかしいものを見たような気分になって少し頬を染めた。千早は両手を頬に当てて乙女のように微笑む。
「微笑ましいわ~ねぇ鳳嶺」
「あ、嗚呼。見てるこっちが恥ずかしい」
鳳嶺が目元に手を当てて言うと匡華はクスクスと楽しそうに笑い、村正が置いたカップを片付け始めた。
「そうかい?それほど仲が良いってことだよ。ねぇ、村正?」
「ふふ、そうですね、匡華」
そう二人が笑い合う。答えになっていないような気もするが。それにしても、本当に仲が良い二人だ。自分達と同じ、いやそれ以上か。信頼関係が、絆が強いのだと千早は微笑ましく思った。そうして鳳嶺を見上げると彼も千早の頭を優しく、愛おしげに撫でてくれた。嗚呼、嬉しい。
「僕達よりも二人の方が、見えますよね」
「恋人?」
「それです」
村正が小声で今思った事を言えば、匡華も同じだったらしく二人は顔を見合わせて笑ってしまった。何故、二人が笑ったのかわからないまま、千早と鳳嶺も笑う。殺し合いの中、楽しく過ごす彼ら。彼らのこの関係が、友人がいつまでも続きますように。けれど、そんな願い、儚いだけの物語なのだけれども。
「あ、あの人達との二回戦?私、樹丸って人、潰すからちょうだいね匡華さん、村正さん♪」
「私達は別にいいが……怒っているねぇ千早」
千早が思い出したかのように二人に向かって言えば、彼女はにっこりと笑っていない笑みを返した。よほど怒っているのが見て取れる。鳳嶺は千早の様子に少し呆れたようで彼女に気づかれぬよう小さく苦笑した。村正は千早を怒らせるようなことを言った樹丸に向かって胸中で合掌した。本当、ドンマイとしか言いようがない。
「じゃあ、匡華と村正がえーと…桜丸って人、相手取るのか?」
「そうなりますね」
「お願いできるかしら?」
「嗚呼、了解した」
矛先を変えるように鳳嶺が問いかけると二人は快く頷いた。友人の願い?なのだから、聞かなくてどうする?そんな返しが視線で伝わって来た。真剣な表情で彼らは頷き合う。
「じゃあ、答えは聞かなくても良いわね?匡華さん♪」
楽しそうに千早が鳳嶺の腕に両腕を強く絡めながら言う。匡華が笑いながら頷いた。鳳嶺が再び、頬を赤くしたのを見て村正がクスリと笑うとそんな彼を鳳嶺が睨み付けた。スルッと視線を逸らす。
「嗚呼。千早もだね」
「村正は背後気をつけろよ」
「言われなくてもそのつもりですよ鳳嶺」
お互いを激励し合い、彼らは誰と言うわけもなく立ち上がった。相手側、桜丸と樹丸の事情があるので今すぐ突撃はしない。多分、あちらから来る。具合の悪かった村正を背後から狙ったように。匡華は殺し合いで、具合が悪かったにも関わらず村正を狙ったことに少し腹が立っていた。すぐさま駆けつけたは駆けつけたがもっと早くに桜丸の行動に気づくべきであったし、村正を一人にするのではなかった。謝罪の気持ちで村正を見上げると彼は大丈夫と笑っただけで。匡華は目を見開き、顔を俯かせた。嗚呼、貴方は。匡華はスッと顔をあげ、村正と視線で会話をかわした。そして彼らは残り時間を有意義に過ごすために行動を開始した。
村正が「鍛練しましょう」と言い出して鳳嶺が意気揚々とそれに乗って、部屋が大荒れになるのはこの数分後だったりする。
濃い緑、どう表そうか迷い、こうなった(言い訳)




