第二十八ノ世界:束の間の一時と共に
翌日、〈無双ノ血潔〉が消滅した事が明らかになった。彼女の最期を見ていた匡華達は知ってはいたが、既に二つも消滅された事に代表者達の顔が険しくなった。他はどうだか知らないが匡華達よりも殺し合いに時間が食っているようであった。強い者同士を闘わせて、弱ったところを突く作戦なのか、はたまた別か。千早と鳳嶺以外と共謀していない二人にとっても彼女達にとっても知るよしはない。
休息時間が終わるまであと十五分。広間で最初に出会った頃のように匡華達はソファーに座って寛いでいた。彼らの他にはオドオドとしたあの、代表者らしくない怯えた少年とヘレーナを殺した青年二人と落ち着いた様子の青年がいる。他は部屋なのか姿が見えない。匡華は手に持っていたカップを口に付け、紅茶を飲む。この紅茶は千早が飲んでみたいと言ったので自分が使っている部屋から拝借してきた。お茶や酒に慣れている千早と鳳嶺は興味深そうに紅茶を飲んでいる。千早は紅茶が気に入ったのかカップを両手で可愛らしく持ってほんわかとしている。彼女の周りに花が舞っている幻覚が見える。
「美味しいかい?」
「ええ、とっても!!」
「なんか意外…」
「ふふ、貴女達の部屋にもあると思うよ?」
「本当!?」
匡華の言葉に千早がカップを近くのテーブルに置いてキラキラとした瞳をする。それに鳳嶺が明後日の方向を向いた。が千早はそんなことお構い無しに彼の服の裾を掴むと「あとで探しましょ!」と訴えた。鳳嶺は呆れたように彼女の頭を優しく撫でて同意した。千早が嬉しそうに微笑む。それを見ていると薦めた自分も嬉しくなってくる。と、匡華は会話に村正が加わっていない事に気づいた。自身もカップを置き、隣の村正の様子を窺う。いつもと違い、前のめりになって座っており、顔にかかった髪で彼の様子も表情も窺えない。が、テーブルに置かれたカップは一度も手にしていないのは見て分かった。
「村正」
「……ん、なんですか?」
匡華の呼ぶ声に村正がゆっくりと反応した。顔を上げ、心配しないでくださいと言いたげに匡華に向かって笑いかけるが匡華は瞬時に分かった。この反応の遅さに、無理矢理のような、心配をかけまいとする笑み……嗚呼、貴方は。
匡華は心配そうに村正の肩に手を置いた。村正の様子が可笑しい事に気づいた千早と鳳嶺も心配そうに彼を見やる。
「大丈夫かい?」
「大丈夫?」
「大丈夫です。ご心配には及びません」
村正は匡華の手を肩から優しく外しながら言う。けれど、匡華には心配でならなかった。千早と鳳嶺には村正がどのように可笑しいのかまでは理解出来ていない。本人が大丈夫と云うから大丈夫なのだろうと思い、紅茶へと意識を戻していた。だが、匡華には分かっている。匡華は村正の手をギュッと握る。村正は握られるとは思ってもみなかったのかビクリと驚いたようで、大きく反応した。匡華は村正の耳元に口を寄せ、囁いた。
「疲れて来ているんだろう?昨日のあれにこの生活だ…無理はしないでおくれ、貴方が心配だ」
「………ふ、ふふふ。あーあ」
小刻みに震えて笑った後、村正は先程よりも晴れやかな気持ちで匡華に笑いかけた。本当、あんたには敵わない。
「匡華にはお見通しですか。正直に言うと少し……あと、イライラします」
「やはりか…まだ時間はあるし、部屋に行って休もう。その方が少しでも回復するだろう」
「いえ、僕一人で行きます。ちょっと考え事したいので」
村正が匡華の提案を断ると匡華は優しく笑って頷いた。「後で私も行く」と云う意味だと村正は読み取った。そして、ゆっくりと立ち上がった。フラッと昨日の後遺症かふらつき、ソファーの背もたれに手をついた。
「おいおい、そんなんで闘えるのか?」
鳳嶺が悪戯っ子の笑みでニヤリと笑いながら村正に向かって言う。その隣では千早が心配そうに見上げている。村正は鼻でその言葉を笑うと言い返す。
「闘えるに決まっているでしょう?相手が死にかけでどんな攻撃をしてくるかわからなくて危ないのに、突撃しようとするあんたよりは」
「もうそれは理解したって言っただろ昨日!!」
鳳嶺が頭をかきながら「勘弁しろ!」と云うように叫ぶと村正はクスリと勝利の笑みを浮かべた。匡華と千早も顔を見合わせて、プッと吹き出す。ちなみに、この昨日の話は鳳嶺が村正によってこってり搾られた。それを匡華と千早は笑って見てました。助けろ切実に。
「ま、無理すんなよ」
「鳳嶺に言われたくはありません。しかし、注意しておきます」
「そうしろ減らず口」
一瞬睨み合って笑い合う。本当に仲が良いと匡華は思わずにはいられない。と、何か気配を感じ、辺りを見回した。しかし、誰もこちらなど興味ないと言わんばかりに見ていない。気のせいか?匡華は不思議に思いながら村正の方へ意識を向けた。
「それでは、お先に」
「後で会いましょー」
去っていく村正に千早が軽く手を振る。村正はゆっくりとした、それでいてしっかりとした足取りで広間を出て行った。
「ねぇ匡華さん。村正さんどうs」
千早は匡華に問おうとして言葉を止めた。匡華が小太刀を手に立ち上がったのだ。その顔は真剣そのもの。そして、あまり感じた事がないオーラが匡華から放たれていた。なんと言い表せば良いか、迷うようなオーラ。ぶるりと寒気がした気がして千早は鳳嶺にくっついた。それに鳳嶺が慌てたように顔を紅くしたが、彼女の視線と自身も感じたオーラに立ち上がった匡華を見上げた。
「どうした?」
「気になる事があるから村正を追いかけようと思う」
「嗚呼、分かったが気になる事って?」
鳳嶺がそう問った時、ゴーン、ゴーン、ゴーン、ゴーンと殺し合い開始の鐘が鳴り響く。先程まで和やかムードだった広間が一瞬にして殺伐とした雰囲気に包まれる。千早も鳳嶺も次の相手が誰かも、誰が誰と殺し合いをしているのかもわからないため鋭い視線を周囲に走らせる。匡華も周囲に鋭い視線を走らせながら、小太刀を鞘から少し抜き放つ。それにあのオドオドとした少年が小さく悲鳴を上げた。匡華は確信した。匡華は千早と鳳嶺に視線を戻し、真剣な、緊張感を孕んだ声で告げる。
「頼む」
何を頼むか、言われなくても分かるのは当然なのだろうか。と自惚れてみる。千早と鳳嶺は力強く頷くと、匡華も頷き返す。嗚呼、本当に頼もしいね。
クルリと匡華は扉の方へ回転すると少し開いた隙間に向かって跳躍し、そのまま廊下に飛び出ると急いで駆けた。抜きかけた小太刀を携えて。
寒くなって来ましたねぇ。皆さん、風邪を引かぬよう気をつけてくださいね!




