第十九ノ世界:敗走
「そうじゃ!これが妾の子供達、『千本の刄』じゃ!!」
両腕を広げて叫ぶ朱雀。その背後にはその正体を現した無数の刃物が匡華と村正に切っ先を向けて浮いていた。その数は多過ぎて不明だが、朱雀の言った通り、千本はあるのだろう。匡華の額から汗が滲み出、頬を伝った。匡華が村正を横目で見やると彼も匡華を見ていた。大丈夫。視線だけで二人はそう会話する。そして、匡華は村正が口角を上げて嗤ったのを見た。興奮しているのか、恐怖しているのか、匡華でも理解し難い表情だ。嗚呼。それに匡華は殺し合い中にも関わらず、嬉しかった。
「そうじゃ、お主らの名を聞いておらんかった……よし、お主らの名を聞き、我が能力の発動としよう」
「それは、言わない方が有利ですね」
「おや……ん?ははは!お主は面白いものを持っておる」
朱雀の興味深そうな視線が村正の持つ刀に向けられた。彼女は、村正が持つ刀を知っている。妖刀村正であることを。さすが幾多の戦場を制しただけある、とでも云ったところか。匡華と村正は態勢を低くし、朱雀に向かって跳躍した。朱雀は愉快そうに口元を歪めて、大太刀を持っていない方の手を二人に向けた。途端、彼女の背後に浮かんでいた無数の刃物が二人目掛けて雨のように襲いかかった。それらを二人は武器で弾き、時にはかわす。だが、多勢に無勢。傷はつき、彼らの体力を奪っていく。そして、その刃物は意思を持っているかのように動く。二人は云わば刃物の嵐の中にいるようであった。匡華は顔面目掛けて襲ってきた太刀を小太刀で振り払うと仁王立ちしている朱雀に向かって態勢を低くして、素早く駆けた。朱雀は迫る匡華に向かって大太刀を振った。それを頭上へ大きく飛んでかわすと匡華は小太刀の切っ先を朱雀に向けながら降下した。その時、匡華を見上げた朱雀は背中にあるもう一振りの大太刀を抜き放ち、降下してくる匡華に向けた。が、ギンッと刃物が交差する音がした。その音に彼女が顔を向けるとそこには刀で朱雀の大太刀を防ぎ、柄を持っていない方の片手で自らを狙っていた幾つもの刃物から身を守っていた。正確には、村正の手の付近で幾つもの刃物が操られているかのようにその動きを止めていたのだが。
「なっ?!」
朱雀の何故と云う驚愕が気配で伝わってき、村正はニィと口角を上げた。その時、匡華の刃物が朱雀に迫った。首筋に小太刀が刺さる、その時だった。誰かが、嗤った。愉快げに、興奮したように、嘲り笑うように、三日月のように。そして突然、匡華と村正の体が観客席まで吹き飛ばされた。ゴロゴロと階段を転げ落ちた村正は近くに転がっていた刀をすかさず掴み取ると近くで倒れていた匡華に駆け寄った。
「匡華、大丈夫ですか?」
「嗚呼…なにが起きた?」
「僕にも分かりません…」
匡華が村正の手を借りながら立ち上がると観客席から朱雀を見下ろした。そして、息を飲んだ。匡華と村正を囲むように幾つもの刃物が敵意を向けていたから。朱雀の周りに風のようなものが纏っていたから。その風のようなものは彼女の二振りの大太刀から放たれたらしく、シュウ…と音を立てて消えた。匡華はこちらに笑いかける朱雀と、全てであろう刃物が刃を向けているのを見て、冷静に分析を終了させた。
「…私と村正の攻撃を振り払い、その風圧で吹き飛ばしたか」
「は?!……どんだけ筋力があるんですかあの人間…!」
匡華の分析に村正が歯ぎしりしながら言う。その言葉が聞こえたのか朱雀は嬉しそうに微笑んだ。その笑みは不気味で嬉しいと云うよりは嘲笑っている、と云う方がしっくりくる。匡華は村正に支えてもらいながら、この状況を分析する。脳が高速で回転する。考えている間に朱雀が攻撃してこないとも限らない。それを瞬時に読み取り、村正は時間稼ぎを始める。村正は朱雀に向かって嘲笑した。朱雀がムッと明らかに不機嫌そうに顔をしかめた。
「なんじゃ」
「ふふ、いえ。馬鹿で愚かだと思っただけですよ」
「な、んじゃと?!」
朱雀は幾多の戦場を制し、突破した強者…戦士と云うよりも武人だ。全世界共通は異名だけではない。武器も全世界共通しており、今は有名な武器などは各々に合う世界で実在している。他にも共通はあるが。そして、その武器に秘められた逸話も。各々の世界の歴史が違えど、元は一つであった名残で共通している。ならば、朱雀の武器で脅威なのは逸話を持つ名刀ではなく、無銘。無銘の多くは逸話を持たない。いや、聞かない。つまり、実力が不明。朱雀の武器の大半は名刀。そういうのは如何せん、強いと考えるのが妥当だろう。朱雀がそれを理解してこちらに向かわせれば、だが。
「妾の何処が愚かじゃと?妾は幾人もの敵を葬り、幾千もの戦場を潜り抜けた。これほどまでに、最強な者はおらんであろう?」
「ふふ、そこが」
それに千本と云うことは、朱雀の能力はあの人物がモチーフなのだろう。〈無双ノ血潔〉の正確な情報は知らないが、伽爛や「あの子達」が言っていたな。〈無双ノ血潔〉は先祖返りが多い、と。つまり、作戦は一つ。
「馬鹿なんですよ」
村正が朱雀を嘲笑する。見下すようなその笑みにピク、と朱雀のこめかみが痙攣した。堪忍袋の緒が切れかかっているようだ。と村正は匡華の視線に気づいた。そして、匡華は村正の耳元で小さな声で告げる。自分が導きだした、この状況を乗り切る出口。それに村正は再び、嗤った。朱雀が憤怒の表情で大太刀を振った。合図だ。二人を囲んでいた刃物が一斉に襲いかかる。が、二人の体に刃物が突き刺さった瞬間、体は無数の黒と白の蝶になって消えた。無数の美しい蝶がちょうど暗くなった空へと消えていく。それを朱雀は悔しそうに見上げ、ガンッと床を蹴った。
「くそッッ!!」
悔しそうな叫びが闘技場に虚しく木霊し、それが朱雀の怒りをまた掻き立てた。
…*…*…
千早は鳳嶺と共に特効薬を手に、自分達の部屋で小さな傷をたくさんつけた匡華と村正を治療していた。
数分前、無数の美しい蝶に包まれてこの部屋に姿を現した二人。信じていなかったわけではない。けれど、生きている二人を見て、ホッと胸を撫で下ろす千早と鳳嶺がいたことは確かだ。
「で、どうだった?」
村正から空になった特効薬の小瓶を受け取りながら鳳嶺が問う。村正は、体の内側から癒されていく痛みに顔を少ししかめると、一瞬気遣うように匡華を見た。匡華は千早と特効薬片手に話しており、彼の視線に気付くと頷いた。それに気づいた千早が真剣な表情になる。嗚呼、此処は、心地好い。村正はあの記憶と今を比較してしまい、軽く頭を振ってそれを掻き消すと先程までの殺し合い相手、朱雀について話し始めた。
「彼女は〈無双ノ血潔〉代表者、呀武叉 朱雀。能力が厄介…と云うか筋力が女性じゃないです」
「……戦場行ったから?」
「知りませんが、あの人間は規則を重んじています。それに『千本の刄』と云う名の能力……数が多い」
「敵に自分の手の内を明かすのは関心しないが、俺達が二人の支援に回れば行けるんじゃないか?」
村正と鳳嶺の会話に千早が「でも」と不安そうな声を上げて乱入する。千早は両手の指と指を合わせながら言う。
「私と鳳嶺で捌き切れるかしら…?それに、朱雀、さんだっけ?その人もそこまで馬鹿じゃないと思うわ。きっと対策を考えてくるわ」
「確かに。けれど、懐に入り込むのは容易かった…ただ単に懐に入られても大丈夫な自信があったのあろうか…」
そこに匡華も加わり、収集がつかなくなると感じた全員は一体、静まり返った。
「まぁ」
一瞬の間の後、匡華が纏めるように言った。
「自分の目的のために進めば良いんだ」
その一言に、強く頷く。そうだ、自分達の目的のために進もう。多くの命と、これからの未来のために…
ギュッと千早が胸元の服を握り締め、覚悟を決めたかのように、真剣な表情で顔を上げた。そして、声を出す。腹から声を。
「私に、作戦があるの」
朱雀姐さんはあのパーリィの台詞、合うと思うけど…想像したら想像したらで違和感MAXです(困惑)と、云うか朱雀姐さんは能力名でだいたいわかる(困惑)うえーい(棒)




