第十八ノ世界:武人な女、女武人
「さっさと殺らないの?」
「「!?」」
気配もなく、現れたその声。声のした方向を見れば、ソファーに優雅に座ったフード付きローブの人、神様がいた。女性は神様に気づくと驚いた様子もなく、気安く笑う。
「今から始めるところじゃ。じゃが、妾は一発で終わらせる気など、全くない。神よ、違うところに行く事をおすすめしよう」
「……チッ、本当、君は面白くない。あんま此処、壊すなよ。直すのめんどい」
神様は不機嫌そうに顔を歪めて文句を言うと、組んでいた足をほどき、スゥ…と薄くなって消えていった。一体、何をしに来たんだあいつ。いや、審判なんだろうけれども。匡華は、また、神様は来る気がした。確証はないが、神様は、自分達と女性を見て「嗤っていた」。その意味が容易に導きだせそうで、匡華は思わず身震いした。
「……来ないなら来ないでいればいいのに」
ボソッと村正がいなくなった神様にそう言い放つ。それが、匡華の調子を取り戻させた。匡華は村正に手を差し出した。彼は、ニィと笑い、その手を軽く叩き、ハイタッチをかわす。そして、柄に手をそえて構えながら殺気を放つ。女性はその殺気を肌で感じ、興奮で身震いした。ギュッと肩に担ぐ大太刀の柄を強く握り、目の前の二人を見た。
嗚呼、愉快。そう、歯を見せながら笑う。
「では、始めようではないか」
「殺る気満々なのは、馬鹿らしくて引きます」
「はっはは!!」
「……匡華、斬っていいですか」
「落ち着け村正」
村正が毒を吐くと女性は「なんのこれしき!」と云うよりも「面白いな!」と言わんばかりに体を反らして笑った。その反応が癪に触った村正が顔をしかめ、殺気を先程よりも放つ。それを匡華が彼の裾を引っ張って押さえる。いや、てか。村正、もう刀抜いてるでしょこれ。
笑い終わった女性は「すまんすまん」と悪びれた様子もなく云うとニヒルに笑って、自分の世界でもしていたのであろう、堂々とした声で、言い放った。ちなみに、その時の声は、自室に先に帰らせられた千早と鳳嶺の耳にまで入るほど大きく、威厳があったと云う。
「妾は呀武叉 朱雀!〈無双ノ血潔〉の代表者であり『戦乱』の特攻隊所属である!さあ!妾と血で血を洗う闘いをしようではないか!」
女性、呀武叉 朱雀は真紅色の長髪で、その髪を首根っこ辺りで一つに束ねている。瞳は牡丹色で、右目に黒い眼帯をしている。服…と云うよりは全身黒の鎧で、軽装なためか露出が多い(足や肩などが出ている)。下はスカートのようになっており、靴も膝までを覆う黒の鎧製である。両手首に籠手を巻いている。露出が多い分、防御されていない部分には幾多の掠り傷や切り傷があり、よく目立つ。その背中にはもう一振り、大太刀があるのか柄が彼女の頭から見える。露出された腕は大太刀を振るうためか、とても鍛えられているのがよく分かる。
朱雀はそのまま、床を蹴って匡華と村正に向かって跳躍し、大太刀を振った。リーチの大きい大太刀の刃から逃れるように二人は左右に飛んだ。大太刀の刃が開け放たれた扉に大きな一線を刻む。それを片膝をついて匡華は見、冷や汗を垂らした。あれがもう一振り?自分達が切り刻まれる前にこの広間が終わる。そう思った匡華は自分と同じように片膝をついた村正と視線で会話する。此処で闘うのはある意味、こちらに不利だ。と、二人は朱雀が大太刀を振り返り様に振る前にもう一つの扉に向かって駆け出した。
「ふふふ、移動か?面白い。妾は走るのは得意じゃぞ?!」
扉を開け放ち、逃亡を図る二人を追って、朱雀は愉快げに笑いながら後を追った。
…*…*…
廊下を全速力で走りながら、村正は匡華に向かって問う。
「匡華!どうするつもりですか?」
「嗚呼!何処かの闘技場に逃げ込もう!そこで…」
「戦闘、ですか。分かりました」
背後に朱雀が迫っている足音が響く。と、村正の視界の隅に扉が入った。村正は走る匡華の手を取ると方向転換。驚く匡華も視界に扉を見つけると口角を上げた。二人はこちらも方向転換をした朱雀から逃れるように扉を開け放った。そこは、匡華と村正の世界がモチーフではなかった。簡単に云えば、恐らく朱雀か彼女と似た世界がモチーフであろう。観客席にはボロボロになった旗や真新しい旗が何本も掲げられており、空は昼と夜を数分毎に繰り返していた。
「おや、妾の世界ではないか」
二人に遅れて入ってきた朱雀はそう、嬉しそうに微笑んだ。匡華も村正も、彼女の世界など興味ない。あえて云えば、彼女の世界じゃない方が嬉しかった……そんな事を考えていると朱雀が大きく跳躍し、大太刀を二人に向かって振り下ろした。続いてこちらも左右に分かれてかわす。朱雀は大太刀を軽々と操り、匡華に向けて振った。匡華は素早く小太刀を抜き放ち、刃に手を当ててボロボロの床と平行にするようにし、その重い一撃を防いだ。
「ほぉ、守ったか」
匡華の防ぎに朱雀は感嘆する。とその背後に村正が刀を伴って迫る。彼女の首筋目掛けて刀を振ると朱雀は素早い動きで匡華を弾き、大太刀を後ろに回して防いだ。村正が朱雀の大太刀を弾き、懐に潜り込む。至近距離に迫った村正に驚く朱雀。その顔が滑稽で、村正はニィと口角を上げた。朱雀が大太刀を振るう。が、それを村正はしゃがんで回避、その後、足元が疎かになった彼女の足を刈った。宙に浮く朱雀の体に匡華が上段から踵落としを食らわす。腹に重い一撃。床がボゴンッッと音を立てて朱雀と共に沈んだ。匡華と村正は朱雀が腹を押さえながら素早く立ち上がる前に距離を取った。まだ、まだである。朱雀にとっても、二人にとっても。朱雀の大太刀は範囲が難しい。が、こちらはそれよりも短い刃物。素早く立ち回り、徐々に体力を奪う。匡華と村正はそう考えていた。けれど、そんなことで朱雀を倒せない事は分かっていたし、何故か違和感があった。
立ち上がった朱雀は痛むであろう腹をもろともせずに、愉快だと言わんばかりに、再び笑う。
「此処までとは!いやはや…妾も」
来る。笑っていた顔が真剣な表情になり、二人を見据える。だが、それより先に、一手を打つ!匡華は滑るように朱雀に接近する。朱雀も匡華に滑るように接近し、大太刀を振った。両者の武器が交差し、ガキィンと大きな金属音を奏でる。そこから二人は弾いては防ぎ、弾いては防ぎの繰り返しだった。その間、村正は匡華の助太刀をしようと、ちょこまかと朱雀の背後や左右から攻撃をしかけた。目の前の匡華に夢中になっていた朱雀の露出した肌に新しい紅い一線が刻まれていく。と、匡華が前触れもなく、ゆっくりと後退した。朱雀が一歩、大きく踏み込み、大太刀を振り下ろす。振り下ろされた一撃をかわしたが、風圧で匡華の頬に肩に一線増えた。が、匡華は笑う。それに朱雀が首を傾げていると右肩に軽い衝撃が走った。驚きながらそちらへ顔を向ける。
「なっ?!」
「一人でも二人でも、見失うのは駄目ですよ?愚者」
朱雀の右肩に手を置いて、村正が朱雀の頭上で回転すると、回転の力を使って朱雀のに向かって回し蹴りを放つ。朱雀が観客席まで飛んで行く、が床に足をつけてギリギリで壁につくのを回避。朱雀は頭から垂れてきた血を拭う。村正は空中で一回転しながら着地すると匡華と並び、朱雀に武器を向ける。すると朱雀は、二人の表情に、自分に刃物が向けられている事に興奮し、夜になった空を仰ぎながら大笑いした。高いような、低いような笑い声が闘技場に木霊する。村正は苛立つのを押さえるように柄を握りしめ、匡華はそんな彼を横目で見て少し、嗚呼、いつも通りだと小さく笑ってしまった。そして、笑い終えた朱雀を鋭い視線で見やる。村正も殺気を放ちながら刃物のように鋭い視線を向ける。それをもろともせずに朱雀は叫んだ。
「………妾もそろそろ、お主らのために、いや、妾自身のために使おう。妾を楽しませた事、妾に使う事を考えさせた事を、身を持って後悔するが良い!」
途端、匡華も村正も息を飲んだ。朱雀の背後にゆっくりと現れ始める無数のものに驚愕した。
「な…んですか…あれは…」
「これが、貴女の、能力か…?」
息を吐くような匡華の問いに朱雀は嬉しそうに、興奮したように口元を三日月のように裂けて笑った。
朱雀姐さんの時は和風の戦闘系の曲流れますが、ピッタシ来る曲がそうそうないです。さすが朱雀姐さん




