第九十七ノ世界:過去の弔い1
沙雪は匡華と代役ー村正は匡華と一緒に含まれているーと和平案を結べて嬉しかった。同時に三人も!カインとアベル兄妹に比べればとても順調だ。まぁ、あの二人は例外として置こう。それでも、今日来たばかりの代役と和平案を結べたのは、大きく沙雪の理想に一歩近づく結果となった。代役も沙雪の意見には賛成のようで、会話をしている最中、しきりに頷いていた。それが何より、沙雪には嬉しかった。
沙雪は、無駄な闘いを好まず、話し合いで解決しようとする平和主義者である。生まれた世界の性質上、生まれた時から武器を握ってきた。その時、彼女の心情はその世界の性質に染まっていた。しかし、それを変える出来事があった。それ以降、彼女はなるべく武器を握らないようにしてきた。まぁ此処に来て不本意ながらも何回か武器を握ったが。
沙雪は頭に一瞬ちらついたものを振り払い、気合いを入れる。この調子で残りの二人とも和平案を結び、神様に交渉を進めよう。神様は自分に交渉してはいけない、だなんて云うルールは設けていない。ならば、それは可能だ。沙雪はこの後の事を色々と思考しながら、廊下を歩く。気分が浮いていたので軽く足はスキップを踏んでいる。とその時、目の前に残りの二人がうつった。自分の方に向かって歩いて来ているようだ。沙雪はこの調子ならイケるかもしれないと思い、声をかけた。
「ねぇ、ちょっと、私とお話してもらいらいんだけど、いいかしら?」
沙雪がそう、親しみ深そうに彼らに問えば、一人は一瞬、明らかに嫌そうに顔を歪めた。もう一人は様子を窺っているのか否や、何故か懐に向かって手を伸ばしている。
「(難しいかしら……)」
二人の様子に沙雪はそう顔をしかめた。確かに今の自分の声のかけかたは間違っていたと云われても納得できる。だが、沙雪はこのまま話していれば、匡華のように折れてくれるかもしれない、自分の思いに同意してくれるかもしれないと思い、話を続ける。
「アンタと話す事なんてないと思うけど?」
「そんな事ないわ。私は、殺し合いではなく、話し合いでこの事態を解決したいの。それを始めるのが遅くなってこんなに人が減ってしまったけれど、今からでも間に合「ハッ、話し合い?なら、なんで初めっから神様に直談判しなかった?アンタがそれを本当に望んでいなかったからだろ?」……え」
沙雪の懸命な叫びを青年が鼻で嗤い、一瞥する。沙雪は体中で興奮して、沸騰していた血液が一気に冷めていく感覚に陥っていた。そうだ、彼の云う通り。沙雪は〈闘技場〉にやって来た時からやれば良かったのだ。それか神様に直談判。それが出来なかったのは、沙雪自身の心が弱かったから。様子を見ていたから。でも、本当に望んでいなかった訳ではない。沙雪はギュッと拳を握り締め、自分を嘲笑う青年に向かって心の内を叫ぶ。
「そうね、此処に来た時からやれば良かったかもしれない。きっと私は、怖かったのよ……それでも、私は平和的に解決することを望んでいるわ!出来ないと思っているんでしょう?!きっと、できるはずy「弱虫」……なんなの?」
沙雪は話しているところをまたもや遮られて、露骨に顔をしかめた。今度は弱虫扱いか。沙雪は軽くこめかみを痙攣させる。が、深呼吸をして怒りを落ち着かせる。落ち着いて、落ち着いて。きっとこの人達は出来ないと思っているんだわ。カインくんや突然攻撃してきて話を聞いてくれなかった朱雀と同じ。みんな仲良く協力し合うなんて、無理なのかな…沙雪は一旦、引いた方がいいかもしれないと考えた。匡華や村正は以前一瞬ではあったが、顔を合わせたし、もう一つの事もあったのでスムーズに話を進められた。しかし、この二人は代表者として今まで話したことは一度もない。急ぎすぎたかもしれない、と沙雪は冷静に考えていた。目の前の二人は自分と話し合いで解決する気はないようだし。沙雪は軽くため息を吐くと二人の横を通り抜けようとした。その時、今まで話していた青年が口角を上げて嗤った。
「アンタのせいで、アンタの弟妹は死んだ」
ピクリ、と二人の横を通り抜けた沙雪の足が止まり、体が強張った。油が長年刺さっていない機械のように、沙雪がぎこちない動きで振り返る。その目には動揺と悲しみ、そして今まで沙雪が放っていた何かに対する畏れが宿っていた。彼女のその様子に青年は満足そうに口角を上げた。彼の隣に立つもう一人の青年、眼鏡をかけた青年が懐から手を引き抜く。その手には黒茶の少し古びた手帳が握られていた。手帳を握っていない方の片手には万年筆だろうか、なにやらペンが握られている。しかし、沙雪にとってはそんな事、目に入っていなかった。先程青年が言ったと思われる言葉が頭の中を反芻していた。そして、ようやっと沙雪の口から絞り出てきたのは、震える言葉だった。
「……な、なんの、事?何故、それを……?」
「へぇ…自覚はあるんだな。死なせた自覚が」
青年が沙雪を嘲笑うように腕を組んで言い放つ。やめろ。頭の中で黒い感情がボールのように跳ね回り、沙雪に頭痛を催す。沙雪が青年達を睨み付ける。そんな事など知った事かと青年が眼鏡をかけた青年に目配せする。と、彼は手帳に視線を一蹴移し、口を動かした。途端、廊下だった場所が歪んだ。視界も歪み、足元から崩れ落ちそうになる。それを踏ん張る沙雪。横目に睨み付けるように青年達を見れば、彼らはどうってことないと言いたげな余裕綽々とした表情で立っていた。歪みが消えた。フラッと沙雪が目眩を起こす。そして、チラリと周りを見渡した。
「……能力…」
廊下でも闘技場でもない、文章がかかれた背の丈以上もある紙が三人を囲んでいた。紙が間近にあるので圧迫感がある。紙と紙の隙間は人が一人通れそうな幅だ。沙雪がそちらに向かって走ろうと足に力を込めた。相手が何故、自分の事を知っているのか分からないが、相手の領域にいる以上、一緒にいるのは危険だ。さもなくは私の能力で!沙雪は腰に帯刀した武器の柄を握り締めた。そんな彼女を嘲笑うように青年達は、彼女の心を抉る。
「アンタの弟妹は、アンタのせいで死んだ」
姉さんのこの話、ずっと書きたかったのです!




