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第9話 はなむけの品は豪華だった


 馬車は非常に快適だった。

 今までのように、ガタゴトという振動が直接体に伝わって来ないのだ。


「これは、サスペンション? ものすごく快適だな。振動が全然伝わって来ない」

「ふふふ。この馬車は貴族が使う最高級のものですからな。これだけの高級な馬車は、私もレイチェル様のもの以外では乗せていただいた事はございません」


 海斗の疑問にラダマンが説明してくれた。

 やはり世の中カネなのである。

 おいしい食事も、寝心地の良いベッドも、快適な温度に設定された部屋も、全てカネがあればこの世界でも何とかなるのだ。


「できればオークあたりを相手に試してみたいところなんだが、大丈夫か?」

「はい、レイチェル様が居てくださるのならば問題ございません。彼らもギルドランクに似合わず非常に優秀な冒険者のようですし」

「ちょ、ちょっと。ラダマンさん。変に持ち上げないでよ」

「いえいえ。Eランク2人であそこまで深く幻想の森に行ける人たちなんてなかなか居やしません」


 確かにスキルがなかったら、攻略できなかったとは思う。そもそもEランクでは鋼鉄剣を買う事すら大変なのだ。貴族のようにカネ持ちならともかく。


 馬車は恐ろしいスピードで進んでいるが、体はどこも痛くない。これなら何時間か乗っていても大丈夫そうだ。下手したら眠る事さえできるかもしれない。


 一時間程で目的地に到着したらしく、レイチェルが馬車を降りる。海斗達も周りにモンスターが居ないのを確認しながら、おそるおそる外に出てみる。


 オークはかなり強力なモンスターらしいので、もし出くわしたらすぐにレイチェルの後ろに隠れるしかない。隠れている人間がターゲットになった際にちゃんと守ってくれるのか、という心配が無くはないが、まあ彼女が大丈夫といってるので問題ないのだろう。


「早速出たな」


 彼女の視線の先には、緑色の皮膚をした、でかいオノを持った筋肉質な化け物が佇んでいた。体長は2メートル近くあるのではないだろうか。かなりの威圧感がある。

 

 オークは空気が収束したような重い唸り声を上げながら、レイチェルに向かって駆け出してきた。彼女はコボルトソードを静かに構え、モンスターの突撃に備えている。何の気負いもなさそうだ。まるで人形に向かって試し切りをするかのような、そんな落ち着きがある。

 

 普段相手をしているモンスターとは、よほど格が違うのだろう。完全にザコ扱いだ。

 

 オークが体重を乗せて斧を振り下ろしてくる。

 レイチェルはそれを、コボルトソードを使って軽くいなす。それによってオークがバランスを崩して倒れそうになる。


 その事実がオークのプライドを傷つけたらしく、更なる強い鼻息をもって再度、突撃してくる。今度は両手で斧を薙ぎ払って来た。

 

 がきん、という固い物質同士がぶつかり合う音が響き、両者の動きが止まる。

 オークの斧は、レイチェルが持つコボルトソードによって完全に防がれている。あの小さな体に、一体どれほどのパワーを秘めているのか。彼女が更に腕に力を入れ、斧ごとオークの体をはじき返すと、次はこちらの攻撃だと言わんばかりに前進を開始した。

 

 オークのほうも相手が強敵だと分かったからなのか、少し大人しくなって身構える素振りを見せている。そこへレイチェルが流れるような動きで低い姿勢から剣を切り上げる。その軌跡は、オークの左腕をいとも簡単に切り飛ばした。


 痛々しいモンスターの叫び声が響き渡るが、彼女はお構いなしに更にもう一歩懐に入り込み、二の太刀を浴びせる。それは人間でいう所の左肺のあたりから右の腰に掛けて斜め上から切り下した形だ。

 

 一瞬の後、モンスターの血しぶきが舞う。

 誰がどう見ても、圧勝だった。


 オークが居た場所には、ドロップ品らしき『鋼鉄の欠片』が残されている。


「うむ、確かに悪くない武器だ。これなら我がコレクションに加えても良いだろう」

「さようでございますか」

「オークの固い筋肉にも負けることなく切り裂いていたからな。合格だ」

「ありがとうございます」

「海斗。これはお前が造ったのか?」

「う、いや、まあ……」

「よい。つまらない事を聞いた。忘れてくれ」


 海斗が答え難そうにすると、レイチェルはすぐに引き下がってくれた。


「レイチェル様は、世界中のめずらしい装備品を探しておられるのじゃ。だから他にも珍しいものがあれば、是非お願いしたいと」


 ラダマンからもすかさずフォローが飛んでくる。


「うむ、その通りだ。見つけたら是非教えてくれ。お前からは、まだまだ良い品がもらえそうな気がするぞ」


 そう言ってレイチェルは怪しい笑みを見せた。

 完全に海斗が何か特殊な力を持っていると思い込んでいるようだ。

 実際そうなのだけれど。


「ああそうだ、ラダマン。前に話しをしておいた時空魔法の件はどうだ?」

「はい、レイチェル様。商人仲間のネットワークを使って色々と情報を集めたのですが、やはり確実な情報までは掴めませんでした。ですが、存在自体は……」

「ある、という事か?」

「はい。一説によると遠方へのコネクションだけではなく、異世界との扉も開くとか」

「それは非常に興味深い。引き続き調べてくれないか」

「承知しました」


 今までさらっと聞き流していた海斗だったが、異世界との扉と聞いて顔色が変わった。

 

 異世界。

 この世界の人間から見ると、異世界。それはつまり自分にとっては元の世界という事なのではないだろうか。

 

 もちろん、更に別の世界という可能性もあるのだが。

 ダメで元々。調べてみる価値はあるのだ。それこそ一生を掛けてでも。


 ふと気がつくと、レイチェルが更に怪しい目をして海斗を見ていた。時空魔法に反応して挙動不審になったため、変な誤解を与えてしまったのかもしれない。


「では町に戻るとするか。海斗よ、もし私に話しがあればギルドマスターを通じて連絡を取ってくれればよいぞ。お前には非常に期待している」


 結局なんのために連れ出されたのか分からないまま、試し切りの会は終了してエイベンの町に戻った。


          ◆


 コンラートの城下町では、ナッシュが父親と真剣な表情で対峙していた。


「親父、こんな話って無いぜ。何で俺らなんだよ! 何でユーグリなんかを守らなければならねぇんだよ!」

「取り乱すではない、ナッシュよ。我らはコンラートの騎士だぞ。この国を守る義務がある。それを忘れた訳ではあるまい」

「そんなの親父の勝手じゃねぇかよ。大体、あそこの町は本家の範疇だろ? おかしいじゃねぇか」

「どうした。何故そんなに拘るんだ。元々お前はどんな街でも勝手気ままに生活して来たじゃないか。弟のラアザのように騎士団に入る事も無く、私たちの反対を押し切ってまでもギルドに登録したくせに、いつまでもEランクのままだらだらとモンスター狩りだかなんだか知らんが、少しは家の事を考えたらどうなんだ?」


 ナッシュ自身も、何故父親に反抗しているのか分からなかった。

 ユーグリはコンラート王国の西端に位置する町だ。更に西側のルマリア王国との国境の町でもある。そこに突然配置転換を言い渡された。


 今までも騎士団の都合で何度か配置転換があり、色々な町を渡り歩いて来たナッシュにとって、住処が変わる事自体はそれほど受け入れられない事ではなかったはずだ。

 

 では何故、ここまで拒絶してしまうのか?

 

 答えはもう、自分でも分かっていた。アンジーだ。

 

 コンラートからエイベンなら、馬車で片道2日間。

 しかし、ユーグリから移動するとなると、片道6日間くらい掛かってしまう。更には、途中に強力なモンスターが生息するエリアがあるため、騎士団と共に移動する必要がある。ギルドに護衛を依頼するにしても、Cランクの複数人パーティが必要となるだろう。

 

 とても気軽に移動できる場所ではない。

 また、ユーグリに配属された騎士は例外なく戻って来ないのだ。理由は、ユーグリの町の景気が良く、町の規模拡大や近隣の村々の増加など、騎士団の人間がいくら居ても足りる事が無いからである。


「とにかくもう、決まった事なんだ。良いか、これはお前との相談話しじゃないんだぞ。一カ月後の移動日までの間に身支度を整えておくんだ。いいな」


 ナッシュが黙り込んだのを良いことに、父親は畳みかけるように言うと部屋を後にした。残されたナッシュは、どこを見るともない瞳の中でアンジーの事を考えていた。


 いつの間にか彼女への想いが強くなっていたのだ。まさか、これ程までとは自分自身でも気が付いていなかった。離れてみて初めて分かったのだ。

 

 翌朝ナッシュは馬車を手配すると、エイベンの町へと向かった。


          ◆


 海斗は昨日繰り広げられたレイチェルの戦闘を思い出していた。見学していただけなのだが、オークは現時点で自分には手も足もでないモンスターだと言うことは良くわかった。

 

 あの非常に重たい攻撃は、たとえ両手でも受け止める事はできないだろう。そしてあの強靭な肉体。彼女はいとも簡単に切り裂いたが、海斗が同じようにやったところで弾き返されるのがオチだ。


 もちろんこれから地道に経験を積んで強くなっていけば、いつかは倒す事ができるだろう。だが時空魔法の話しを聞いて状況が変わった。

 

 元の世界に戻れるのであれば、何としても戻りたい。

 世界中を旅する商人達の情報網を持ってしても、まだ見つける事が出来ていないのだ。だから見つかる確率は微々たるものかもしれない。


 しかし、チャレンジする意味はある。

 そしてそれには、世界中を回れるくらいの実力が必要になってくる。チンタラしていらいないのだ。

 

 海斗は考えた。

 合成だ。

 

 合成しまくるしかない。

 どんどん合成して装備を整え、より強いモンスターを倒すのだ。そうすると、より多くの経験を得る事が出来、おのずと己の肉体も強化されるはずだ。


「カネを稼いで上手い物を毎日食べる。ってのはやめだ!もう慣れたしな」


 海斗は決意の心を表明した。


「な、何よ。いきなり」

「何でもない。さ、今日も新たな依頼を探そう! そうだ。ちょっとレベルアップして、Dランクの依頼なんかも見てみない? 『相談可』のやつがあるだろ?」

「ちょっと。どうしたのよ。突然積極的になっちゃって。いつも止めるくせに」

「はははっ。オレもだんだんアンジーのやり方に染まって来たのかな」

「ばかっ」


 そんなやりとりをしながらギルドに到着し、扉を開けるとそこにはナッシュが居た。


「よっ! おひさ」

「ナッシュ! 帰ってたの? 元気そうで良かった」

「ははは。お前たちこそちゃっかりEランクになっちゃってさ。やるじゃんか」


 ナッシュが戻って来た。

 以前と変わらない姿で、以前と変わらない友達として。

 

 海斗はそう思っていた。最初のうちは……。


「とりあえず、前みたいにまた三人で狩りに行こうぜ。何だったらギルドの依頼でもいいけどさ」


 そんなナッシュの言葉で、短時間で終わる依頼をこなした後、ナッシュが改まった。


「話しがあるんだけど」


 海斗にとって、それは素直に受け入れられる内容ではなかった。

 結婚?

 ナッシュとアンジーが?


 二人は単なる友達じゃなかったの?

 

 そんな疑問の数々が頭の中を飛び交う。

 海斗にとって、その疑問は最初から疑問では無かった。単なる願望だ。

 

 アンジーの表情がそれを物語っている。いきなりだから、ちょっと考えさせてと彼女は言った。しかし、答えは既に出ているかのような顔をしている。父親にどう切り出そうか、突然ユーグリという遠方の町に行く事になるが、大丈夫だろうか、そういった類の心配だけなのであろう。


 海斗はその場に居る事が辛くて仕方が無かったため、素材集めのため一人で狩りに行くと言って飛び出した。その後はどこをどう歩いたのかも覚えていない。その夜、あれほど野宿を嫌っていた海斗だったが、店に戻るのも嫌だったため町の片隅で一夜を明かした。


          ◆


「おかえり。どこ行ってたのよ。心配したじゃない。素材集めって言うからそれほど強いモンスターには遭遇していないはずだとは思っていたけど……」


 翌朝、バツの悪そうな顔で店に戻った海斗を見て、アンジーがちょっと怒ったような声を上げる。


「ごめんごめん。心配掛けちゃって。つい夢中になりすぎたんだ」


 そんな苦しい言い訳をしたが、何より悲しかったのは、海斗の様子が変なのは自分のせいだと気が付いてくれていない事だ。いや、むしろ気が付いてなくて良かったのかもしれない。変に同情されると余計に悲しくなってしまうから。


「グレンには、もう話したの?」

「何を?」

「ナッシュのこと」

「……うん。昨日ね」

「そっか」


 海斗は潮時だと思った。

 どうせ一カ月後にはアンジーはユーグリに旅立ってしまうのだ。そうなると、この店に今までどおり居候する訳には行かない。少なくとも、今なら一日銀貨5枚程度は何とか稼ぐ事ができるのだ。此処に世話にならなくてもやっていけるだろう。


「アンジー、あのね。黙っていた事があるんだ」

「どうしたのよ、あらたまっちゃって」

「前にレイチェルって騎士の人が話していた時空魔法なんだけど、オレ、心当たりがあるんだよね」


 それを聞いてアンジーは、手を口に当てて驚愕の表情をした。


「いや、時空魔法そのものじゃないんだけど、その時空魔法でつくられたコネクション?って言ったかな、そんな感じの物を通って、オレは遥か遠い所から移動して来たんだ」


 本当の事ではないが、異世界に召喚されたのなら同じ原理なのだろう。全然間違いではないはずだ。


「もしかして、記憶が戻ったの!?」

「ううん。突然どこか遠くから引っ張って来られたっていう記憶は前からあったんだけど。時空魔法なんて知らなかったから話しても信じてもらえないかと思って」

「……そう」

「うん。でね、オレはそれを探し出して元の場所に戻りたいんだ。本当に探す事ができるかどうか全然わからないんだけど」


 しばらく、二人の間に沈黙の時間が流れる。


 特に口に出しては言ってないが、海斗は、まさに今から直ぐにでも出発するとでも言いたげな雰囲気を出しており、それがアンジーにも伝わったのだろう。実際、もうこの店で生活するのは避けたかった。町から出るのは後にするとしても、とりあえずどこかの宿で暫く暮らそうかと考えている。


「すまん、立ち聞きするつもりは無かったんだが」


 突然、店の奥に続く扉からグレンが姿を現した。まぁこんな朝早くの静かな時間帯でしゃべっていれば、嫌でも聞こえてしまうのだろう。後からもう一度説明するのも面倒なので、ラッキーだった。


「いえいえ、おと……いや、グレンさんには本当にお世話になりました」


 思わずお父さんと言いかけてやめた。グレンはいつもの突っ込みをせず、全てわかったような顔を海斗に向けている。娘は鈍感だけど、父親はまぁ普通並みに察する事が出来るらしい。


「んで海斗には餞別として、これをやる」


 そう言って海斗の手にねじ込むように渡されたものを見てみると、見たことのあるネックレスだった。


「こ、これって……」

「いいから取っとけ」

「いやいやいや、こんな高価なもの、受け取れま――」


 返そうとしたら、キッとグレンに睨まれてしまった。


「言ったろ。もともとコネで手に入れたものだからカネの心配はしなくていい。それに旅をするなら必要になるんじゃないのか?」


 その通りだ。喉から手が出るほど欲しいアイテムである事に間違いは無かった。

 だから金貨30枚貯めて是非とも入手するつもりではあったのだが。


 海斗は部屋に残しておいたドロップ品を全てアイテムボックスに収納し、二人に別れを告げた。

 

 別にこの町をすぐに離れる必要はないのだが、どうせなら、活動拠点も変えてみようと考えた。ギルドで依頼を探してみると、ちょうど良いことに、ランソールの町付近でのモンスター退治依頼があった。


 

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