第8話 野宿の危機
「ふぅ~やっと地獄から抜け出せる」
「もう、大げさなんだから」
「いやいやいや、アンジーのその余裕は一体どこから出てくるんだよ。ホントに。死ぬかと思った」
「ないない」
その後も森の中をさまよい、ミニフロッダの巣を5つほど殲滅した。
本当は3つほど殲滅した時点で海斗はギブアップしたのだが、アンジーがどうしてもグリーンクレイを入手するまでは頑張ると言って聞かなかったので付き合わされる羽目になった。
そんなこんなで無事ドロップをゲットしてようやくスパルタから解放された。
「ってか、もうすっかり夜じゃん」
「だね。運が良かったわ。かなりのレアドロップだからね」
グリーンポーションが高い理由が分かる気がする。
この塊からいくつ作成できるのか分からないが、確かにこれじゃあ数が出回らない訳だ。もっと強いモンスターからは沢山ドロップが出るらしいが。
「じゃあ今日はこの辺りで寝ましょう。明日朝に出発すれば、明日中にエイベンまで戻れるし」
「え、この辺りで寝るってどういう事?」
「海斗は寝ないの?」
「いやいやいや、どこで?」
「だからここで」
数秒の間が空いた。
もしや、野宿をするのだろうか。
「あのう、質問いいですか?」
「どうぞ」
「アンジーは今から、この場所で、布団もないのに横になって眠るの?」
「そうよ。他にどうするっていうのよ」
「どうって、キリリ村に行って泊めてもらうんだよね?」
「あんな村に宿屋なんて無いわよ。だいたいEランクの冒険者なんて日をまたぐ依頼中に野宿するなんて当たり前の事じゃない」
なんてことだ。
この世界の布団があんなに眠りにくい訳が分かった。
皆、睡眠に快適性なんぞ求めていないのかもしれない。だが、海斗は認めたくは無かった。寝心地がどうこうというより、目の前の女の子が野宿をするという事実を。
もし元の世界に連れていったなら、間違いなくテレビで大活躍するくらいのルックスだ。そして、相手にされてないと知りつつも、海斗は惚れてしまっている。
「アンジー、ダメ元でいいから村に行ってみよう」
面倒だから嫌だという彼女を無理に引っ張り、海斗はキリリ村に入った。
確かに宿は無かった。
それどころか、店も一つもなかった。
ころふき村も似たようなものだったから、これが普通なのかもしれない。ころふき村では村長が用意してくれた家で寝泊まりさせてくれた。ここでも頼んでみれば許可もらえるのかもしれない。
そう思い、村長を探そうと村人に声を掛けていると後ろから呼び止められた。
「海斗さん、アンジェリカさん、お帰りなさい」
振り返ると、町からの護衛を受けたラダマンが居た。
「やはり無事だったんですね。並みの冒険者では無いと思っていましたが、さすがです」
ミニフロッダの通常ドロップである『水かき』を大量に抱えている二人をみて、狩りが問題なく終わった事が伝わったらしい。そう言うところを見ると、半信半疑だったという事か。
水かきは今制作中の防具の材料に使いたいという事で、全て引き取ってもらえる事となった。その他のドロップも含め、しめて銀貨13枚となった。
二人で銀貨13枚と言う事は、一人当たり6枚以上だ。海斗はようやく自力で毎日銀貨5枚以上稼ぐ事が出来るようになったのだと、あらためて思った。
これで最悪はグレンの家から放り出されても生活して行けそうだ。
もっとも、町の周辺でも同じくらいの稼ぎができるのかという疑問と、毎日宿に泊まれば手元に残るのが銀貨1枚ちょっと、という状況なので、まだしばらくはグレンの家にお世話になりたいところである。
「もしお泊りでしたらウチを使ってもらっても良いですよ。広さだけは十分なので」
ありがたい事にラダマンのところに泊めてもらえる事になった。
しかも風呂付きである。
驚いた事に、シャンプーみたいなものまである。
「はい、これは髪の毛を洗う時に使うものです。これくらいの量を出してお湯で混ぜれば泡が立ってくるので、頭全体にわしゃわしゃと伸ばして洗ってくださいね」
身振り手振りでラダマンが説明してくれる。珍しいものだから、と丁寧に使い方を教えてくれた。そもそも、風呂があることがすごい。
グレンの家も風呂があるのだが、水の準備とお湯を沸かす手間が大変で週に一度しか使っていない。
どうやったのか分からないがラダマンはいつのまにか簡単にお湯を沸かしていた。さすが世界を股にかける商人だ。色々と珍しいアイテムがあるのだろう。それを使っているに違いない。
ふわっと風呂上がりのアンジーから良い香りが漂ってくる。
なんと、香り付きのシャンプーだったのだ。
その香りに海斗はふらふらっとノックアウトされそうになった。だがその後、衝撃の事実が待っていた。
ラダマンが準備してくれた部屋は一つ。
そしてベッドも一つ。
いや、ベッドがあるのもすごい事なのだが。大きさはダブルくらい? 確かに二人で眠る事は出来る。
「あの~、あ、あ、あ、アンジー。寝る場所ってココだよね」
「当たり前じゃない。何を訳の分からない言ってるのよ」
「お、お先にどうぞ」
良い香りのするアンジーと同じベッドで眠るなんて海斗の理性が爆発しそうだった。
だがそこに氷よりも冷たい言葉が突き刺さる。
「変な事したら承知しないからね」
◆
翌朝、海斗にとっては眠ったのか眠ってないのか良くわからない状態でラダマンにお礼を言いに行った。
「では、もうお帰りで?」
「目的のドロップも無事手に入ったので」
「さようですか……。あのう、しつこいようですがその剣についてやはりお売りになる気はありませんでしょうか」
またまたラダマンが蒸し返してきた。どうしても欲しいようだ。
銀貨200枚、つまり金貨2枚まで出すと言ってきた。
さすがに海斗も考え込む。
「うーん、やはりこれは手放せないのですが、これとよく似た剣をもしかしたら手に入れる事が出来るかもしれません」
「本当ですか!」
とびあがるくらい嬉しそうに海斗の手を握りしめてくる。よほど欲しいのだろう。やはり世界中をみても特殊な剣という事なのだ。『合成』スキルがレアなのか、それともコボルトソードを武器化するという試みを誰も考えなかったのか。
どちらにせよ、あまり目立つのは良くない。海斗はこれまでどおり、スキルは隠す方向で行くことにした。
「いや、もしかしたらという確率です。少なくとも手に入れるまで日数はある程度……そうですね、一週間くらいは必要かもしれません」
「わかりました。それでは、一週間後にまたエイベンのギルドにお伺いすればよろしいでしょうか」
「はい、それでお願いします」
ラダマンとの商談を終え、海斗達はエイベンの町に戻った。徒歩なので、ほぼ丸一日掛かったが。これを考えると銀貨30枚というのも決して美味しい依頼ではないのかもしれない。二人で丸二日かけて30枚の稼ぎという事は、一人当たり、一日、銀貨7枚と銅貨50枚だ。
まぁ初級モンスターばかりの場所なので、一人で依頼を受けるのが普通なのかもしれない。
エイベンの町に戻ると、まずはともあれアンジーの武器へのスキル付与だ。この為に頑張ってミニフロッダ狩りをしたのだ。合成しているところを他人に見せるのは初めてだが、アンジーにはもうカミングアウトしてしまっているので隠す意味がない。
鋼鉄剣とグリーンクレイを台の上に並べ、合成スキルを発動する。
「あれ?」
だが上手く行かないのが世の中のようだ。
鋼鉄剣を選択し、グリーンクレイを選択した時点で、赤色反転が消えてしまう。
つまり、この組み合わせは合成できないって事だ。
がーん……。
「どうしたの?」
「うーん。アンジーって、剣が赤く光ってるように見えてないよね?」
もう一度合成を使い、剣を選択状態にしてから尋ねた。
「ええ、光ってないわ」
「だよね」
「光ってないのが問題なの?」
「いや、そういう訳ではないんだけど」
光っているのは他人には見えていないという事は分かったが、鋼鉄剣への合成は出来なかった。順番を逆にしてみようとも思ったが、出来たとしてもグリーンクレイに何らかのスキルが付くだけで鋼鉄剣は消えてしまうだろう。試すわけには行かない。
「この剣には付けれないみたい」
「え~。それは残念だわ」
「まぁ他にも何か候補が見つかったら試してみるからさ」
鋼鉄剣のほうは諦めて、海斗はコボルトソードを集める事にした。手元に残っているのが5本なので、強化15にするには、あと10本必要だ。
「オレはこらから暫くはコボルトソード集めに徹するからさ。アンジーはギルドの依頼を受けてくれてても良いよ」
「ラダマンさんに売るの?」
「そう。結構手間なんだよ」
「私も手伝おうかしら」
「いいよ。申し訳ないし」
はっきり言って、今の海斗であればコボルトをいくら倒したところで強くなるとも思えないし、何よりも退屈だ。アンジーなら尚更だろう。マゾ狩りは一人で十分だ。
コボルトソードは本当に完成まで一週間掛かってしまった。所詮は銅貨30枚程度のドロップのくせに、やたらと出る確率が低い事に腹が立つ。確かにこれを集めて武器にしようとする人間は居ないだろう。っていうか、買えば良かった。忘れてた。
ギルドに行くと、ちゃんとラダマンが待ち受けていた。
期待に満ちた目をしている。
というか、視線は剣だ。すかさず鑑定もしている事だろう。
特殊スキルが見えてないとすると、回復機能付きの剣との違いは分からないはずだ。だが海斗は詐欺師扱いされるのが嫌だったので、同じ剣とは言わずに手渡した。
するとラダマンは隣にいた女性に剣を見せながら話しかけた。
「いかがでございましょう。これがお話していたものです。私も世界中を旅しておりますが、コボルトソードを武器化したものはほとんど見たことがありません。いえ、単なる形だけの武器化ではなく、ここまで実用的なレベルまで仕上がったものは初めてです」
知り合いを連れて来ていたらしい。
剣を手渡された女性は、何やら真剣な眼差しで色々な角度から、まるで出来上がった工芸品を検査するように細部まで確認している。
「うむ、確かに非常に珍しい剣である事は間違いない。だが実用的かどうかは一度使ってみない事には分からないな。少し試し切りをしたいのだが?」
「もちろんでございます。ああ、海斗さん。剣は例の金額でよろしいでしょうか?」
急に振られて一瞬驚いたが、金貨2枚で買い取って良いか、という念押しらしい。
「え、ええ」
「ではこちらをお納めください」
渡された紙包には、黄色の貨幣が2枚入っていた。
これが金貨か。もう少し鮮やかに光っているのかと思ったのだが。
初めて見たので偽物だったとしても分からない。
「確かに受け取りました」
「ありがとうございます。ご承知のとおり、すぐ移動しなければなりませんので、あらためてのお礼はまた別の機会に……」
そう言ってラダマンは連れの女性と外に出ようとした。おカネも貰った事だし、別にあらたまってのお礼なんかはいらないのだが。
おそらく試し切りとやらをするのだろう。あの剣はラダマン自身が欲していた訳ではなく、連れの女性に渡すためのものだったようだ。
「そうだ。できれば元の持ち主であるそなた達にも付いて来て貰いたいのだが」
ギルドを出ようとしたときに、急に女性が振り返ってそう言った。
「レイチェル様。彼らは一般の冒険者ですので」
「ここのギルド員であろう? であればギルドマスターに話を通せばよいだけの事ではないか」
「まぁその通りでございますが」
「待っておれ」
そう言ってレイチェルと呼ばれた女性は本当に扉を開けて中に入っていった。
扉の向こう側に行く瞬間に鑑定をしてみると、騎士だった。
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Name:レイチェル・マルソリア
Caption:
- 職業:騎士
- 所属:ルマリア
基本スキル:
- 将の誓い
- 聖なる光
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何か神々しいスキルが並んでいるが、もちろんこれだけでは無いのだろう。
「ルマリア国の騎士だそうだ」
「うん、なんか強そう」
「何か用事があって来たんだろうか。わざわざこんな剣のためだけに来るとは思えないし」
ひんなヒソヒソ話をしていると、ラダマンが申し訳なさそうに謝ってきた。
「本当に申し訳ございません。巻き込んでしまいまして」
「いえいえ。ルマリア国って随分遠くから来られているのですね」
「ええ。色々珍しいものを集めるのがお好きな方ですので。私も時々こうやって品物をお売りさせていだたいているのですよ」
「じゃあもしかして、本当に、この剣のためだけに?」
「そうです。たまたま近くにいらっしゃった、というのもあるんですが」
がちゃりと音がして、執務室の中からレイチェルと共にギルドマスターも現れた。
「話しは聞かせてもらった。君たち、本当に問題ないのかね?」
ギルドマスターが、別に断っても良いのだぞ、みたいな雰囲気で尋ねて来る。
が、まあ特に悪い人たちには見えないし、海斗もどんな風に試し切りするのか見てみたいという思いもあった。
「試し切りに付き合うだけ、との事ですから」
「わかった。ではレイチェル様、よろしくお願いします」
何故かギルドマスターの腰が低い。他国の騎士だからなのか。
そんな疑問が少し頭をよぎりながらも二人はレイチェルの馬車に乗せられて狩場へと出発した。