第7話 はじめての(本当の)護衛
手続きを済ませると、直ぐに依頼人が現れた。
50歳くらいのおじさんで、馬車は自分のものがあるからそれに乗っても良いと言ってくれた。ギルドの馬車を借りると高いので、二人は乗せてもらう事にする。帰りは根性で歩くしかない。
自前の馬車があるということは、お金持ちか商人と言った所だろう。
そうあたりを付けてから、海斗は鑑定した。
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Name:ラダマン
Caption:
- 職業:旅商人
- 所属:エイベン
基本スキル:
- 鉱石採取
- 融合
- ポーション生成
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やはり商人だった。
旅商人で所属がエイベンという事は、ここを拠点にして色々と行商していると言う事だろうか。
「久々の里帰りなんですよ。と言っても家族が居るわけじゃあないんですがね」
「キリリ村出身なんですか?」
「ええ。帰るのは2年振りくらいですかねぇ。まぁあんまり何もない田舎の村なもんで、大して変わっとリはせんと思いますがねぇ」
そんな会話をしつつも、時々出現するモンスター達を二人で倒していく。本来なら護衛も必要ないくらいの旅路だ。これで銀貨30枚は貰いすぎのような気がしないでもない。
海斗は失礼かなとは思いつつも、勇気をだして聞いてみた。
「ふふふ。安心してください。別に怪しい詐欺をしようってもんじゃないですよ。私からすればたった銀貨30枚で命を守って貰えるんですから安いもんです。それにもう、この年でモンスター相手に暴れるなんて疲れますわい。もう来年で60歳ですからなぁ」
何でもラダマンは世界中を旅して回っているとのことで、それはもう、壮絶な現場を何度も目にして来ているらしい。
ここに帰ってくる途中でも、Cランクの冒険者が一人、命を落としたとのこと。
「冒険者って言うのは難儀な商売ですなぁ。私らは冒険者の人たち相手に商売するんで、ほんと他人事ではないんですよ。あんたらも気をつけてくだされ」
海斗が以前居た世界では、人の命は非常に尊いものだった。
ところがこの世界に来てからは、常に死と隣り合わせだ。自分の家族が、いつモンスターに襲われて命を落とすか分からない。
そんなこんなで前方にキリリ村が見えて来た。ラダマンが言ったとおり小さな村だった。
「この辺りで結構です。どうもありがとうございました」
「いえいえ、こちらこそ依頼をいただきありがとうございます」
村の入り口で馬車を停め、依頼達成のサインを貰った。
「ところであんた達はここからどうやって戻るんですか? 徒歩だと丸一日くらい掛かるでしょう?」
「私たちはこの後、幻想の森に行くつもりなんです」
「ほぉ。あんな所に。珍しいですな」
「ですよね。修行がてら、ミニフロッダ狩りをしようと思って」
それを聞いてラダマンは驚いた顔をした。
「あんたら二人で、ですか? 失礼ですがEランクの方ですよね?」
「ええ、まあ。大丈夫です。何とかなると思います」
「そうですか……」
ラダマンとアンジーのやり取りからするに、Eランクでは戦うべきではないモンスターと思われる。
「ア、アンジー。そんな強いって一言も聞いてないよ」
「大丈夫よ。私が相手をするから。危なくなったら海斗は逃げなさい」
「に、逃げなさいって。そんな事できる訳がないじゃないか」
「いいのよ。私は大丈夫だから」
一体その自信はどこから来るのかと聞きたい。
だが、彼女の性格からして一旦言い出した事をやめるはずがない。
何か少しでも準備できるものは無いのだろうか。
「あの、ラダマンさん。グリーンポーションか何か、売ってもらう事はできますか?」
「ええもちろんですよ! 他にも色々ありますんで是非見て行ってください」
そう言って早速ラダマンが売り物を並べて行く。
行商人らしく、いつでもどこでも商売ができるようで手馴れたものだ。
「本当に海斗は心配性なんだから……」
溜息まじりにアンジーが言う。
でも溜息を付きたいのは海斗のほうだった。
「とりあえず、守りが心配なのでレザーアーマーにしようかな。いくらでしょう?」
「レザーアーマーは銀貨70枚ですね」
た、高い……。
とてもじゃないが手が出せない。
いや、今なら買える事は買えるんだが。ほぼ全財産の投入になってしまう。
「ならこれは?」
「バックラーですね。銀貨35枚と銅貨50枚になります」
「うーん……」
やはりポーションにしておくべきか。
使ったらなくなってしまうポーションよりも、防具のほうがトータルでは良いはずなんだが。
「ところで海斗さんの持っている武器ですが、珍しいですね。もし良ければ銀貨180枚くらいで引き取りましょうか?」
お金が足りないオーラ全開の海斗に対し、ラダマンが金策を提案してきた。おそらく鑑定して生成武器というのが分かったからなのだろうが、それにしても結構な高値を付けてくれている。もしや特殊スキルまでも見えているのだろうか?
「そんなにするの?」
「先ほどの戦いぶりを見ていて、おそらくアンジーさんが使っておられる鋼鉄剣と同じくらいの威力かと思いまして。それならば150枚くらいが相場なのですが、かなり珍しいものですので少し色を付けております」
良かった。
別に特殊スキルが見えた訳ではなさそうだ。
確かに銀貨180枚は魅力的だが、もう一度作るとなると、コボルトソードを追加で10本くらい入手しなければいけない。体力回復スキルは見えていないだろうからグリーンクレイは不要としても、集めるには相当の時間が掛かるだろう。
冷静に考えると、それほど美味しい話しではないのかもしれない。
いや、そうか。コボルトソードは買えば銀貨1枚いかないくらいの値段だろう。10本買い集めて合成して売るのを繰り返せば、超美味しい。
これは是非考えてみるべきだ。
だがとにかく今は無理だ。
「いや、やめておきます。今はこれしか武器がないので売ってしまうと闘えない」
「そうですか……。ではこうしましょうか。鋼鉄剣とバックラーをセットでお渡ししますので、それと交換でいかがでしょう」
ラダマンが更に食いついて来た。物々交換に変わったとはいえ、実質、先ほどより買い取り金額が上がっている。やはり特殊スキルが見えているのではなかろうか。
ただどちらにしても、この取引はすべきではない。
威力は鋼鉄剣と同じだとしても、体力回復スキルの存在が大きいのだ。おそらくこれは金貨複数枚とかいうレベルの物に違いない。
海斗は取引を断り、結局はグリーンポーションを3つ購入しただけでラダマンとは別れた。心なしか、彼がもう少し何か言いたげな目をしていた気がする。
「なあ、アンジー。この武器って何か変なスキルでも付いてるように見える?」
「ん? 特に見えないわよ」
「だよな。何であんなに高値が付いたんだろ」
「珍しいからじゃない? こんな強力なコボルトソードって聞いた事ないもの」
「そうだよな」
やはりアンジーには見えてないらしい。
「でもどうして取引き断っちゃったの?」
「……うん、実はね」
海斗は生成したコボルトソードに体力回復スキルが付いている事を話した。
「え? それって神器レベルじゃない」
「そうなの?」
「だよ。何でそんなもの造れるのよ」
「オレにも分からないよ」
「もしかしてグリーンクレイを手に入れたいのと関係ある?」
「うん、武器に合成したら体力回復スキルが付くんだ」
「あきれた……。てっきりポーションでも作成するのかと思ってた。そんなスキルがあるならミニフロッダなんて全然大丈夫じゃない。海斗ってホントに怖がりだね」
アンジーから更なるダメ出しをくらいつつ、狩場に到着した。『幻想の森』とは良く言ったものだ。森の中はうっすらと霧がかかっていた。視界が悪くなる程ではないので、モンスターが出て来ても戦いにくいという事はなさそうだが。
森の中を進んでいると、突然ガサガサと音がしたかと思うと見知らぬモンスターが襲い掛かってきた。
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Name:ウドゥン
Caption:モンスター
基本スキル:
- 分裂
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枯れ木の形をしたモンスターだった。
海斗は一瞬焦ったものの、すぐに態勢を整えてモンスターに対峙した。モンスターの手にあたる部分が四方八方から襲い掛かってくるため、全てを防ぐことは難しそうだ。ならば多少の被弾覚悟で攻撃するしかない。
被ダメージは思ったほどではなかった。
細い枝による攻撃だから大した事がないのかもしれない。二人掛かりで攻撃を叩き込むと、ほんの短時間で葬り去る事ができた。
「ぐずぐずしてたら分裂して数が増えるから、さっさと倒してしまうに限るわ」
「そうなのか。確かにスキルに『分裂』とあった」
「わざと分裂させてドロップを稼ぐ人も居るけど、大して収入にならないの」
ドロップを鑑定すると『枝』と出た。
枝て……。
そのまんまだ。焚き木にでもするのだろうか。
まあ合成の材料になるかもしれないので、一応持っておく。
「やはり空間収納が欲しいな」
「だね」
「グレンに頼めば貸してくれないかな」
「無理だと思うわよ。父さん、ああ見えて商売には厳しいから」
「金貨30枚かぁ……。めちゃくちゃ遠いな」
この世界は馬車が発達しているから、多少の荷物は基本的に馬車で運べば良いのかもしれない。
が、馬車は馬の世話やらメンテナンスが非常に大変らしいので、海斗は極力持ちたくなかった。だから、何としても空間収納を入手したいところである。
その後も何度かモンスターに遭遇したが、特に問題にはならなかった。やはりアンジーの言うとおり、心配しすぎなのかもしれない。それとも武器が良いのか、はたまた、経験を積んでDランクに近づいて来たのか。
「それは無いわ」
アンジーにあっさり否定された。
「よほど才能がない限りDランクになるのって、1~2年くらいは必要ね」
「まじで? でもオレらって一カ月でGからEにあがったじゃん」
「GとFは主に非戦闘職向けのランクだから(笑)。戦闘職としてはEが一番下よ」
「なななんと……」
その一番下のランクで、ミニフロッダを倒せるのだろうか。世界を旅する通商人の目からみて驚くくらいの無謀さのようなのだが。
「着いたわ。確かこの辺りだったと思う」
「そういえば、アンジーって何でこの辺詳しいの? 町から殆ど出た事ないんでしょ?」
「昔、ちょっとね」
答えをはぐらかされたので、もう少し聞いてみようと思ったがモンスターの襲撃に遮られてしまった。
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Name:ミニフロッダ
Caption:モンスター
基本スキル:
- ウォーターシュート
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「おおお、なんか物々しいスキルがあるんだが」
「大丈夫よ。気にしないで」
気にしないでと言われても。
まぁ、どちらにしても倒すしかないので、気にするなというのは正論かもしれないが。
形は蛙だ。
名前は『ミニ』のくせに、小学生の子供くらいの大きさをしてやがる。
蛙の口が大きく開く。次の瞬間、水鉄砲のようなものが海斗に向けて発射された。
「おわっ!?」
間一髪避ける。
「何だっ? 今のがスキルか? アンジー、どうすりゃいいんだ」
「我慢すれば良いのよ。大して痛くないから」
「が、我慢……ね。りょうかい……。ぐわっ!!!!」
突然背中に衝撃が走る。
もう一体のミニフロッダが出現した。
「ミニフロッダの巣と言ったじゃない。沢山くるわよ」
彼女の言う通り、あちこちから水鉄砲が飛んでくる。攻撃単体では確かに大した事はないのだが、これだけ連続してやられるとさすがにつらい。やはりEランク二人で戦うべきモンスターではないのでは、と思った。
これは魔力を温存したまま戦える状況ではない。
海斗は衝撃波を剣に乗せ、それを更なる衝撃波スキルで飛ばすという複合技を使って戦う事にした。名付けて『ダブル衝撃波』だ。今までも実践で何度か試していたのでぶっつけ本番ではない。
「海斗! なんなの、その射程距離は」
通常の衝撃波で戦っている彼女の、ゆうに二倍はあるかという距離で敵を倒していったのでさすがにバレてしまったようだ。
「単なる衝撃波だよ。そんな事より、早く殲滅してしまおうよ。痛くて痛くて……」
なんて数だ。さすがに巣と言うだけの事はある。これはもう、複数の敵に攻撃できるスキルを早く入手しなければいけない。