エピローグ
世界は目まぐるしく動き、各地で様々な事件が起こっている。
人々はテレビやネットで即座に情報を仕入れ、反応する。
もし仮に、他で大きな事件が起こっていたなら、その事件は世に出る事はなかったかもしれない。注目もされなかっただろう。
しかし世界は平和だった。
日本も平和であり、大物俳優がクスリをやったり有名人が不倫をしたり、そんなニュースはたまたま無かった。
オリンピックもワールドカップも無かった。
だから、普段なら何かの隙間にちょこっとだけ報道されるようなニュースが詳しく取り上げられた。
高校生36名を載せたバスが事故を起こし、全員が意識不明の状態となったこと。
バスが大破するような大事故だったにも関わらず、死者は出なかったこと。
それどころか、誰も外傷がなかったこと。しかし3日経っても誰も目を覚まさなかったこと。
原因不明のまま3日が経ち、1人が目覚めたこと。
――そして、目が覚めた男子生徒は翌日、再び意識不明の状態となったこと。
更に奇妙な事に、何故か事故に遭った女子生徒の妹までもが同じように意識不明状態となってしまったこと。
人々は、そのニュースに頭をかしげた。
変わった事もあるもんだと。
しかしそんな出来事も時間と共に人々の記憶からは薄れていく。
◆
ミカは海斗からの手紙を読んで、半ば放心状態となっていた。
その手紙は確かに海斗の直筆であり、何やら意味不明の内容がつらつらと記載されていた。
元の世界に戻る?
一体何のことだ。
元の世界って何だろう。
まるで月から来たという『おとぎ話』のようなものか?
そもそも何の関係もない自分をいきなり蘇生させたりして、最初から何がしたかったのか分からない人物だった。
恩着せがましく何かを要求してくるわけでもなく、かと言って突き放す訳でも無い。
パーティを組んでいたときは何時もミカの心配をしてくれていた。
いや、まあ誰に対しても気を配っていたのだろうが。
そんな事だから、すっかり気を許していた時期もあった。
もしかしてこのまま付き合う事になるのかと考えたりもした。
だが急に孤児を拾って来たと思えば長旅に出たきり戻って来なくなり、あげくの果てには手紙一切れ残して『もう会えない』と。
最初から最後まで、よく分からない人物だった。
「ミカりん、何て書いてあったの?」
「あんたも読んだでしょ」
「うん。でも良く分かんなかった」
「わたしもよ。これでお別れだって。まぁ放っておきましょ」
「えええ? もう会えないの?」
マリンの『よく分からない』は、きっと本当の意味すら良くわからないって事だと思う。あの子はホントに言葉通りストレートに受け取るだけだから。異世界のような遠い所に戻るので戻れない可能性が高い、と記載されていても別れの手紙だとは気が付いていないだろう。
「そうよ。これは別れの手紙。アンタ、そんな事だからすぐに騙されるのよ。しっかりしなさいよ、もう」
まぁこれが彼女の良い所でもあるのだけれど。
「ミカりんは、それでいいの? 追いかけていかないの?」
と思ったら、妙な所で鋭いツッコミを入れて来た。
「うるさいわね! 余計な事だけ変に気が回らなくて良いのよ!!」
幸いショップは順調だ。
連日大賑わいとまでは行かなくても、それなりに客足は絶えない。もう少し大きな店舗にしても良かったかなと思えるくらいなのだ。
今日も明日も明後日も、接客や品物の仕入れに忙しい日々が続くだろう。
海斗の事なんて考えているヒマは無いのだ。
◆
「ラーシャ様、ご無事で!?」
「何とかね。他のみんなは?」
「無事です」
「そう、良かった」
禁呪の一部を手に入れた事に気を良くしてレイチェルに戦いを挑んだのは浅はかだったようだ。まさかこれ程までに実力の違いがあるとは思ってもみなかった。
「ほんっとにムカつく娘だけど、実力は噂以上ね。まぁ敵対しなければ向うから襲ってくる事は無いでしょう。で、ここは何処なの?」
「ザルビア国のようです。少し行った所にグリズの町がありましたので」
「グリズの町って南東の端じゃない? エラく飛ばされたものね」
「いやはや、恐ろしいお方ですな。禁呪無しでこれ程の事ができるなんて」
「でも好都合だわ。ここからだと帝国にも近いし」
幸いにも、目的地は帝国の東の果てにある。偶然ではあるがレイチェルには移動を手伝ったもらった形となった。
「飛龍で行けば数日で着きましょうな」
「予定よりも早くなりそうなので、途中、もう少しトレーニングしましょう」
「といいますと?」
「確かグリズの南に神獣が居たよね。1週間くらい遅れても大丈夫だからね」
今回のような醜態は、もう御免だ。
まさかレイチェルは居ないと思うが、まだまだ帝国には強者が沢山いてもおかしくない。
誰が相手でも後れをとる事のないように、完璧に禁呪を使いこなすようになるのだ。
そして自分が、この世界の支配者となってみせる。
ラーシャの野心は留まる事を知らない。
◆
「海斗のやつ、本当に異世界に戻ったのか……」
事前に聞いていたとはいえ、到底信じがたい事実である事は確かだ。
レイチェルも、自分の目で見なければきっと信じはしなかっただろう。
空間を切り取って異空間に送るというスキルを目のあたりにしたからこそ、信じる事ができる。確かにスキルが発動すると共に彼と破壊神の気配が消滅した。
尤も、単に別の場所へ転移しただけという可能性もあるが。
スキルの内容からして、それは無いか。
破壊神がいなくなり、すっかりと静まり返った戦場にてレイチェルは手元の魔石を眺める。
これを使えば『スキル生成』が付くと海斗に聞いた。
ジェイコブの魔石を色々と調査した結果、分かったらしい。『スキル生成』はジェイコブが持っていたものと全く同じだと言う。
レイチェルは空を見上げた。
レジスタンスのリーダーは、おそらくザルビア国あたりまで飛ばされた事だろう。それなりに鍛えられた人間ばかりだったはずだから、命に別状は無いはずだ。だからこれからも禁呪を求めて活動するに違いない。
己の欲望のために。
しかし思い返して見ると、自分と何が違うのか。
国と袂を分かち、趣味と称して世界中の色々なアイテムを収集して回っている。
レイチェルは再度、魔石を見た。
これを付けて、更に色々な珍しいスキルを手に入れるのも悪くない。もしかすると、海斗の居る異世界とやらに行く事も不可能ではないかもしれない。
禁呪に心奪われし未熟者、か……。
自分で自分の言葉に恥ずかしくなる。
とりあえずは、ルマリア国の立て直しに助力するか。
レイチェルは一旦ヘブラ山に戻って報告したあと、ルマリアの城へと向かった。
◆
一旦元の世界へと戻り、またこちらへ来ると予想どおりと言うか当然というか、装備品は全て無くなっていた。
グレンに貰った大切な空間収納をはじめ、色々と苦労して作成した装備品他、全てである。海斗は、空間切削で自分を切り取る瞬間に装備品を外さなかった事を今更ながらに後悔したのである。
文句を言っても始まらない。
幸いスキルは全て残っていたため、モンスターの討伐には困る事がない。
ジャングル内でエンカウントした沢山のモンスターを倒して手に入れたドロップを元手に、再度揃えて行くしかないだろう。
ジャングルを抜けると街道が続いている。
暫く進むと、漸く人影が見えて来た。
都合のよい事に、商人だ。
馬車で移動している事から、行商人かもしれない。それならどうやってコンラートへ戻れば良いか聞く事が出来るかもしれない。
手紙を出したとは言え、皆には挨拶すらせずに別れてしまったのだから。
「コンラート?」
「はい、色々と事情があってもしかすると遠くまで来てしまったかも知れないので」
「うーん……。知らねぇなぁ」
商人は言った。
やはり、かなり遠い場所に降り立ったのかもしれない。
「なら、ルマリアやブランカは知ってますか?」
「それも分からないな」
「ええーっと、あ! 帝国なら分かるのでは?」
「……」
帝国すら知らないようだ。
一体、どれほど遠い場所に降り立ったのだろうか……。
まさか、また別の異世界とか。いや、それはないか。ユリエスが連れて来てくれたんだし。
「おっ! 帝国ってもしかしてアダマン帝国のことか?」
商人が何か思い出したように言った。
どうだったか。名前までは憶えていなかったが、多分そうなのではないだろうか。
「分かるんですか!よかった」
「おう。確か東のラージニア大陸にある帝国だったはずだ」
おおお。何やら非常に遠い予感が。
大陸名すら異なるのか、この場所は。
「ってことは、ここは?」
「ん?オルガネラ大陸だが……ってかアンタ、此処が何処だか分かってなかったのかい」
商人は呆れ顔だ。
まぁそれはそうだろう。誰かにさらわれて連れてこられたとか、そんな事でも無い限り起こりえない事だから。
だが更に色々と話しを聞くと、困った事が分かった。
目的のラージニア大陸に行くには、海を越えなければならないのだそうだ。
という事は船が必要になるが、この世界には船は大変珍しく、ちょこっとおカネを払ったくらいでは到底乗る事は出来ないらしい。そもそも大陸間で移動する文化が無いとの事で、船自体が殆ど存在しないのだ。
「あ、ありがとうございます……」
いくつかのドロップ品を買い取ってもらい、当面の資金を得たものの海斗は困り果てていた。
「まぁ何とかなるよな、ユリちゃん」
「お兄ちゃんはコンラートに戻りたいの?」
「そうだよ。ミカ達にも事情を話さないといけないし」
「……でも早くお姉ちゃんを助けないと」
「そそ。だから早くコンラートに行こうね」
ん?
何かユリエスと会話が噛み合ってないな。
「お姉ちゃんの居る場所に転移したんだから、この近くに居るはずなんだけど……」
そうか!
コンラートに居ると勝手に思い込んでいた。
詩織は、この大陸にいるのか。
それなら大丈夫だ。船に乗らなくても良い。
ミカ達やレイチェルに会う事は出来ないが、それも詩織を助け出してから考えれば良い事か。
海斗は商人に教えてもらった最寄りの町へと向かった。
まずは合成でおカネを貯めて、当面の活動資金を作りつつ本格的に詩織を探すのだ。
◆
相変わらず世間は平和だった。
そして高校生が集団で事故に遭ったニュースもポツリポツリと報道されていた。
しかしニュースは次第に人々の関心を集めて行ったのだ。
続報。2人目の生徒覚醒。しかも、最初に覚醒した男子生徒と、何故か事故と無関係ながらに意識不明になっていた女子生徒の妹も同時に覚醒。
続報。事故に遭遇した高校生が、数日ごとに次々と覚醒。皆、口を揃えて『まるで異世界へ行っていたようだ』と話しているという。
続報。別の病院に運ばれていた生徒も覚醒――。
(エピローグ・完)




