第55話 慢心した人たち
更に一週間が過ぎた。
海斗の心は既に折れ掛かっていた。
思えばこの世界に飛ばされて3年くらい。
確かに楽しい事も色々とあった。転移当初は気持ちに余裕がなく常にいっぱいいっぱいの状態だった。だから初めて魔法が使えた時に楽しいという感覚よりも、これを使って何とか切り抜けなければという気持ちの方が大きかった。
でも良く考えると、昔から憧れていた事ができるようになったのだ。特にゲーム好きの海斗としては。
何故もっと嬉しい気持ちにならないのか。
それは多分、帰還出来ないから。
帰還出来さえすれば、こんな楽しい事はない。大輔のように自由に行き来が出来るなら尚更だ。
何故か大輔は元の世界に戻ってないみたいだが。
既に何百年も生きてるのだから、知り合いももう居なくなっているのだろう。きっと戻っても仕方がないのだ。
でも海斗は違う。
せめて家族や友達には自分が生きている事を伝えたい。
最悪、戻る事が出来なかったとしてもスキルか何かで伝えたい。
……!
そうだ。
スキル合成で異世界の人間に対してメッセージを送るようなものを造れるかもしれない。もちろん帰還スキルが一番良いが、伝言だけでも試す価値はある!
そもそも、大輔が教えてくれたスキルが唯一の手段ではないかもしれない。
まだまだチャレンジする価値はあるのだ。
海斗の体に活力が湧いて来た。
そうなると現金なもので、他にもやり残していた事を思い出した。
「レイチェルさん!」
ユリエスだ。
彼女を止めなければならない。
海斗はレイチェルを連れてラスタ遺跡へと向かう事にした。
アンジー達は危険なので、ここに残ってもらった。
「こうしている間にも、ユリエスは誰かに危害を加えるかもしれません。自分の意に反して。一刻も早く止めるべきです」
「本当にその子を止めても良いのだな?」
レイチェルが念を押してくる。
殺してもしまっても良いのかと。
もちろん助けたい。
しかし助ける方法を海斗は知らない。レジスタンスのリーダーからも無理と言われた。レイチェルも知らないようだ。大輔も。
「……彼女はオレに止めてくれと言ったんです。もう殆ど消えかけている僅かな人間の心で」
言葉として発されたものではなかった。
でも何故か伝わったのだ。頭の中に直接語り掛けてくるかのようなイメージだった。
彼女の悲痛な声が頭から離れない。
こんな姿にしてしまったのは海斗の責任だ。この責任は取らなければならない。
「わかった。ならもう、これ以上は何も言うまい」
海斗の表情をみて、レイチェルも覚悟を決めてくれたようだ。
しかしレイチェルと実力が拮抗しているであろうギャロットも、ユリエスどころか守護神にすら勝てなかったのだ。果たして大丈夫なのだろうか。
一抹の不安を抱えながらも遺跡に近づくと、何故か派手な戦闘が行われていた。
「あれは? どういう事でしょう?」
「わからん。とにかく行ってみるしかないな」
相変わらず物怖じしないレイチェルに引っ張られ、遺跡に入る。
そこにはなんと、ユリエスと闘っているレジスタンスのメンバーが居た。
レジスタンスは5名くらいだろうか。リーダーであるラーシャも居る。
不思議な事に宙に浮いたまま高速で移動している。移動しつつ、ユリエスへ強力な攻撃を叩き込んでいるのだ。
その攻撃は非常に激しく強力で、受けるたびにユリエスの体は木っ端みじんに砕け散っていた。だが破壊神となったユリエスは、超再生のスキルで瞬時に元通りの体に修復される。
ユリエスも反撃しているが、レジスタンスの姿はまるで小型の戦闘機のように縦横無尽に飛び回り、破壊神の鉄槌を躱している。
彼らの戦いは終わりが無いように見えた。
「ストップ! 一旦引くよ!!」
ラーシャの掛け声とともに戦いに休止がもたらさせる。
「何が起こってるんだ……」
海斗は思わず口にしていた。
「わからんな。だが奴らの使っているのはまるで『跳躍』スキルのようだ」
「……!」
「実際に見た事はないんだが、あのように空を飛ぶ事が出来たと聞く。しかし、あれ程まで高速移動が出来るとは聞いていないんだがな……」
やはり別のスキルか、などと呟いているのでレイチェルにも分からないのだろう。
もし本当に跳躍スキルだとしたら願ってもない事だ。
今現在でも手に入れる手段があるという事なのだから。
ラーシャ達はユリエスの元を離れると、海斗の居る場所へと移動してきた。
当然の事ながら接近は把握されていたのだろう。
「やあ海斗、おかえり。で、そちらはレイチェルか。何か用かな?」
「ラーシャさんこそ、一体なんでユリエスと闘っていたんです?」
「フフ……単なるトレーニングだよ」
トレーニング?
おかしな事を言う。
「そんな事より、海斗。お前が壁を崩してくれたお陰で良いものを手に入れる事ができたぞ。礼を言おう」
「良い物? 禁呪かな?」
「そうだ。正確には禁呪の一部だけどな。先ほど使っていた『飛龍』も、その一つだ」
まぁそんな事だろうと思った。
遺跡に来た当初は、レジスタンスのメンバーも守護神や破壊神を恐れて隠れていたのだ。それが今や、トレーニング対象となっている。
おそらく強力なスキルを手に入れ、使い勝手を試すためにユリエス相手に戦っていたのだろう。
例の空を飛ぶスキルは飛龍と言うのか。跳躍でないのが非常に残念だ。
「あれ? そういえばジェイコブは??」
「知らん。というか派手にドンパチやったから、どこかに吹き飛んだのではないかな。まぁ残っていた所で既にもう原型を留めてないだろう」
「……」
ラーシャはまるで虫けらのように言った。
確かにジェイコブは決して褒められた人物ではない。むしろ犯罪者と見てもよい。
だがそれでも一人の人間である。
決してその辺りに落ちているゴミではないのだ。なのにたかがトレーニングの為にその身を破壊し、ほんの少しも心を痛めていない。
これがレジスタンスのリーダーなのか。
いや、その前に本当にアンジーの母親なのか。
「我々はこれより帝国に向かう。ここで得た手がかりによると、帝国内に更なる禁呪が残されているらしい。もっとも帝国の奴らも場所を把握しているはずだ。どうだ海斗。手伝わないか?」
海斗の疑問を他所にラーシャが勝手に話しを進めている。
「手伝う? もうこれだけの力があるなら必要ないのでは?」
「確かに帝国の奴らは驚異ではない。先日も狩人達とともに幹部の人間を葬ってやった」
何でもない事のように彼女は言った。
狩人はレイチェルでも気を抜けない相手だ。それを複数人倒したのであれば実力は折り紙付きであろう。
「ならどうして?」
「ここのように、また封印された壁があると厄介だからな。残念ながらお前のスキルのような物については未だ手に入れておらん」
空間切削の事か。
確かにあれがないと遺跡の壁を掘り抜くのは大変そうだった。
だが今の海斗にとってはユリエスのほうが大切だ。まずは彼女をなんとかしなければならない。
そう言って断った。
「そうか。残念だな」
「申し訳ありません」
「いや、いいんだ。しかし折角だからトレーニングの最後の仕上げを手伝ってもらうとしよう。ちょうど良い相手が居る事だしな」
ラーシャの視線はレイチェルを向いている。
どういう事だ?
彼女と闘うという事なのか?
「断る!」
レイチェルが瞬時に回答する。
「いいや、拒否はさせない。それに、お前も見たいはずだ。古代禁呪の威力を!!」
それが掛け声となり、レジスタンスのメンバーが戦闘態勢に入る。
「狂ったか!!」
「安心しなさい。死んでしまってもちゃんと生き返らせてあげるわよ」
「……禁呪に心を奪われた未熟者めが」
確かにラーシャは狂ってしまったかのようだ。
まるで別人である。
海斗は「離れろ」というレイチェルの指示により大きく距離をとった。先ほどのユリエスとの戦闘を見る限り、かなり広範囲にわたって影響が及ぶことは必至だ。
幕開けは、爆発だった。
飛龍スキルにより高速移動するメンバー達から、次々と黒い何かが撒かれている。
まるで爆撃機から雨の様に大量に爆弾を落とされているみたいだ。
先ほどはこれでユリエスの体が粉々に粉砕されていた。
しかしレイチェルが身にまとっているバリアはびくともしない。それを見てレジスタンスのメンバー達も無駄と分かったのか白兵戦に切り替えて来た。
と言っても飛龍で一気に距離を詰め、ムチのようなもので薙ぎ払いつつ走り抜けるといったヒット・アンド・アウェイな方法だ。6名で次々と攻撃してくるから、やられた側はたまった物では無い。
そう海斗が思ったのもつかの間。
五月雨のように攻撃してくる中の一人を選び、レイチェルはいとも簡単にカウンターで剣を叩き込んだのだ。
「口ほどにも無い。よくこれで狩人を倒せたものだな」
切り付けられた男は、僅か一撃で瀕死の重体だ。本気を出した彼女は本当にすごい。
いや、もしかすると未だ本気ではないのかもしれない。
底が知れない人である。
他のメンバが慌てて治癒術を掛ける。あの様子だと回復するまでに結構な時間が掛かるだろう。
「さすがね、レイチェル。先の戦いで負けたのは芝居だったのかしら」
「まさか。国の存亡が掛かっている戦いで手を抜くはずはあるまい。間違いなく奴は強かった。今のお前たちは、単に強力なスキルを手に入れただけの素人集団に過ぎん。慢心するでない」
「あらあら、手厳しいお言葉ね。でも、これを見ても同じ事が言えるかしら」
ラーシャの言葉と同時に光の球がレイチェルに襲い掛かる。
その球は、覆面の兵が使っていた雷光に似ていた。
大きさと色が異なるから別の技ではあるようだが、レイチェルが逃げる動きに合わせて追尾するところはそっくりだ。
「あはは。それが狩人を倒した技よ。納得してくれたかしら?」
「フッ、こんな子供騙しを」
「強がるんじゃないよ! アンタはもう逃げられないんだよ」
その言葉通り、どこまでも彼女を追っていく。
素早く移動してから急に方向転換、という方法でも無駄のようだ。完全に攻撃対象の軌跡をトレースしている。
「レイチェルさん!!」
海斗は叫んだ。
空間障壁で防ぐ事ができるかもしれない。
または、空間回帰を使えば、あの球から逃げる事が可能なはずだ。
彼女なら分かっているとは思うが念のため、その意思を伝えておきたい。必要なら指示してくれと。
しかし彼女は首を横に振った。
使うなという事だ。
再度、レジスタンスのメンバー達が飛龍を使いレイチェルに攻撃を仕掛ける。
ただでさえ光の球に追われてる中で更なる追撃は厳しいところではないだろうか。それでも彼女は平然としている。
いや、あれは何か詠唱しているようだ。
海斗の知る限り、今まで彼女は殆ど詠唱の無いスキルばかり利用していた。おそらく実力が高い分、強力なスキルを使う必要が無かったのだろう。
裏を返せば、今は強力なスキルに頼らざるを得ないという状況なのか。
レイチェルが地面に剣を突き刺した。
そこを起点にして四方八方に地割れが走る。地割れは遠く離れた海斗の場所まで伸びて来た。これは間違いなく、強大な何かが起こるはずだ。
レイチェルの周りに竜巻が発生し、天高く伸びて行く。そしてレジスタンスのメンバーはおろか、光の球さえも竜巻に巻き込まれてゆく。彼らは必死で飛龍を使って外に逃れようとあがいているものの、完全に制御不能な状態に陥っているようだ。
やがて竜巻は更に天高く昇り、雲を突き抜けて海斗の視界から消えて行った。
辺りに静けさが戻る。
台風一過とでも言うべきか。
海斗は恐る恐る、レイチェルの元へと戻った。
「レイチェルさん、彼らは……?」
「心配するな。あれ位でどうにかなる連中ではあるまい。まぁ、少し遠い所まで飛んでいったかもしれんがな」
先ほどのスキルは特に体を傷つけるような物ではないらしい。
確かに古代禁呪を手に入れた彼らであれば、どこに飛ばされた所で命に別状はないだろう。
「それよりも海斗、アレのほうが厄介だぞ」
レイチェルが指差す先にはユリエスが居た。
戦闘に導かれてやって来たのか。
それとも単に破壊神として人間を手あたり次第探し出して攻撃していこうとしているのか。




